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22話 誇れるご主人様へ



 一言で言えば風見さんは今、完全に錯乱状態だ。俺の服を掴む風見さんの手は小刻みに震え、さっきから続く謝罪の言葉も止まる様子はない。背中を掴まれているため顔は全く見えないが、相当悲惨な状態なのはほぼ間違いないだろう。


「かざっ……⁉」


 俺はすぐに後ろを向き、風見さんをなだめようとした。だが「大丈夫⁉」という言葉を吐く前に、俺は固まってしまった。

 風見さんの表情自体は、スーパーで見たものとさほど変わらない。だが顔が引くくらい真っ青なのだ。状況が状況でなければ、体調を疑うレベルにだ。

 それを見た瞬間、風見さんの精神崩壊の危機が目の前まで差し掛かっていると錯覚した。もちろん俺は何の専門家でもないから確かなことは言えないが……今の風見さんからは、そう思わせても仕方ない状態なのだ。

 とにかく風見さんを落ち着かせないと、話はそれからだ。その手段は……ええい、迷ってる暇はない!


「風見さん!」

「ッ⁉」


 俺は風見さんの背中に腕を回すと、そのまま風見さんのことを抱き寄せた。「ごめんなさい」が止まらない風見さんを軽く胸に押し付け、しゃべりにくそうにさせる。思惑は当たり、風見さんの謎謝罪が止まった。


「落ち着いて……そんなに謝られても、現状は変わらない」

「……」


 我ながら少しトゲのある言い方だったが、俺も完璧に言葉を選べるほどの余裕はなかった。そのせいか今度は一言もしゃべらなくなってしまった風見さん。ただあのままの状態だとワンチャン外に声が聞こえてしまう可能性もあったから、そう考えるとマシではある。


 だが少し経つと、落ち着いた風見さんは俺から離れた。その時風見さんは、どこか覚悟を決めたかのような表情をしていた。だが俺は風見さんが何を決心したのか分かった気がした……そしてその行動の無謀さにも。


「私……漆原と話してくる」

「え……ちょっ⁉」


 俺の返答を聞くこともなく、風見さんは俺の横をすり抜けていく。一瞬思考が止まってしまったが、俺はすぐに外に出ようとする風見さんの腕を掴んだ。


「……離してよ」

「漆原と対面して、何を話す……いや、何か話せるのか? それを聞くまで俺はこの手を離さない」


 いつも明るい風見さんとはかけ離れ、非常に冷めた声で俺を突き離そうとする。これで嫌われても構わないかのように。

 だが俺は、例えどんな考えがあろうがこの手を離すつもりはない……さっきから震えが止まらない、風見さんの手を。


 そして風見さんは……図星を突かれたのかは知らないが、必死になって堪えていた涙があふれ出てきた。


「……怖い、怖いよ。いくら相手がどうしようもないクズでも……脳裏にこびりついたあの時の記憶は、未だ消えることはない。多分これからもずっと……」

「なら……」

「でも! それ以上に! 本来何も関係ないはずの増井君を巻き込んでいることが! 何よりも嫌なの! 苦痛なの!」


 周りにも憚らない大声で、風見さんは泣き叫ぶ。非道な現実に耐えられず泣きわめく、ただの女の子のように。

 その勢いに押され、俺も少し言葉が止まる。


「これ以上増井君に迷惑をかけるくらいなら……私一人でなんとかした方がいい」

「でもそんなこと……」

「わかってる……私には何もできない。せいぜいアイツに捕まって、少しの間奴隷のように扱われる。そして今度こそ……私は壊れるかもね。でも……」


 再び風見さんの顔が俺の方を向き、いつものような笑顔を浮かべようとしていた。だが顔中引きつっていて、無理に笑っているようにしか見えなかった。


「本当はこういう運命だったんだよ。私は可哀そうな子……この地獄のような運命も受け入れて過ごすしか、できないんだよ……」


 その言葉と共に、風見さんは崩れ落ちた。そのままかすかに泣きながら、身体を小刻みに震えさせるだけだった。本当はこんな言葉すら、吐きたくなかっただろうに。


 そしてそんな風見さんの光景を目の当たりにした俺は……様々な考えによって頭を埋め尽くされた。そして流れる風見さんの涙を目にし、俺はふとこう思った。


(俺は一体、何をしてるんだ……?)


 俺がしたかったのは、こんな風に同じ悲しみを風見さんに背負わせることではない。断じて違う。俺はただ……風見さんに普通の女の子としての生活を与えたかっただけなのだ。

 きっかけはどうであれ、過程はどうであれ、ここ数日の風見さんは普通の女の子らしい幸せを味わっていたのだ。そしてこれからも、その幸せが当たり前のようになっていくはずだ。



 俺はこんな悲しい姿の風見さんを見たかったわけじゃない……周りを照らすくらい明るい、風見さんの笑った顔が見たいだけなんだ。



 それに誓ったではないか……風見さんの笑顔を守るって。そのために、俺は出来ることをするだけだ。



「……風見さんは一つ、大きな勘違いをしてるよ」

「え……?」


 突然真面目なトーンで話し始める俺に、風見さんは若干戸惑っているようだ。だが俺は気にすることなく、言葉を連ねていく。


「俺が風見さんに対して迷惑だなんて思ったこと、一回もないよ。そもそも本当にそう思っているのなら、最初から救いの手なんて差し伸べていない」

「で、でも、今まさに迷惑を……」

「それは俺も風見さんも関係ない。漆原が勝手に暴走しているだけだからな……風見さんはアイツを父と思ったこと、ないんだろ?」

「……うん。アイツはクズだし血のつながりもない……赤の他人」

「そ、赤の他人。知らんヤツが勝手に突っかかってきて、俺たちはただスゲー迷惑してるだけ。風見さんが悪く思う必要は何もない」


 そもそも風見さんは何も悪いことなんてしていない。ただ普通の女の子の生活を送っているだけ、自分を責める理由なんてどこにもないのだ。


「それに風見さん……大事なこと、忘れてない?」

「え?」


 その言葉と同時に、俺は風見さんの頭に手を置いた。特に意味なんてない……ただ風見さんの頭を撫でたかっただけだ。





「風見さんは俺のメイドで、俺は風見さんのご主人様だ。主人がメイドを守るなんて……当然のことだろ?」





 さも当たり前かのように、俺は風見さんに言い放った。かつてないほど真面目な表情でだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。俺は一人のメイドオタクとして、一人のメイドさんを守るだけなんだ。それが例え、風見さんじゃなくても変わりはないだろう。

 そういうと非常に聞こえが悪いかもしれない。だが正常な精神状態でない風見さんにとっては、むしろこっちの方がいいだろう。


「……そうだね。増井君は私のご主人様だもんね」


 俺の言葉が響いたのか、風見さんに少しだけ笑顔が戻った。涙も完全に止まり、迷いも消えているように思える。

 目の前にいるのは過去に囚われたままの風見さんではない……メイドという変わった境遇ながらも、普通の女の子として生きる風見明日香さんだ。


「ねぇ増井君……増井君のメイドとしてご主人様に一つ、お願いしていい?」

「おう、何でも言ってくれ」


 メイドがご主人様にお願いだなんて……などというマジレスなんてどうでもいい。俺はメイドオタクだ、決してそういうロールプレイがしたいわけじゃない……ただメイドさんを愛でたいだけなんだ。


 遠慮がなくなった風見さんは俺の前に立ち上がり、至近距離まで迫ってくる。あと数センチ動けば接触してしまいそうな距離だが、俺はうろたえない。風見さんが覚悟を決めたように、俺も覚悟を決めているからな。


「私を……私を脅かす者全てから、守って。これからも、増井君のメイドでいられるために」

「任せろ」


 風見さんのお願いに、俺はただ一言そう答えた。これ以上俺たちに言葉のやり取りは必要ない、そう錯覚するくらいに。


 何も難しいことではない……俺は闘う。あらゆる脅威から、俺の大切(風見さん)を守るために。





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