21話 逃走劇
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(クソッ……どうしてこうなるんだよ⁉)
今目の前で起きている非道な現実に、俺はイライラが止まらない。遠くもない位置にその元凶がいたとしてもだ。
何故こんなにも、運命というものは非情なのだろうか。わざわざ俺たちがスーパーにいるときに限って、ピンポイントで狙わなくてもいいものを……まるでつけてきたかのように。
「よぉ……ようやく見つけたぞぉ、明日香ぁ~?」
「あ、あぁ……」
風見さんを視界にとらえた漆原は、狂騒的に笑っていた。どういう経緯かは知らないが、風見さんのことを追いかけていたようだ。まぁどんな理由であれ、脱走した事実はぬぐえないが。
周りにいた人たちの反応はそれぞれだが、どれもいいものではなかった。完全にヤバいヤツと見ている人や、ニュースで情報をキャッチし恐怖に震える人など、遠巻きに見ることしかしなかった。
そして風見さんに関しては、漆原の声を直に聞いたせいか完全に座り込んでしまった。まともに言葉をしゃべることも出来ないだろう。
母親を殺したとも言える漆原の事をクズと呼んでいた風見さんがこの反応……口ではどうとでも言えるが、埋め尽くされたおぞましい過去はそう易々と消えたりしない。身体はしっかりと覚えてしまっているのだ。
「おめぇがどこに住んでいるか知らねぇからよぉ~しらみつぶしに探したら、まさか男と一緒だとはなぁ~さぞ良い御身分になったことなんだろうなぁ~」
「……っ」
そんな風見さんのことなど置いてけぼりに、漆原はやや高圧的な態度で風見さんに近づこうとする。俺の前も通過したのだが、まるで気づいてる様子はなかった。対して風見さんは身体がすくんでいて逃げることすらできない。
漆原のことが知られた時点で、風見さんが壊れるのは回避できない。なら俺に出来ることは、少しでも被害を抑えることだ。幸い漆原も相当正気を失っているせいか、すぐ近くの俺の存在に気づいていない。男と一緒なのが分かっていてこれはもう救いようがねぇな……でも状況が状況だ、バカで助かった!
「はぁッ!」
「ガァッ⁉」
漆原の視線が風見さんにしか向いていないのを逆手に、俺は後ろから走り込みそのまま漆原に向かい横からタックルを決め込む。攻撃なんてされると微塵も思っていなかったであろう漆原は躱すことなどできず、近くの壁に激突した。
中学時代バスケ部、しかもパワーが強い系の選手で足腰が強かったのがここで活きてきたな。当時の相手プレイヤーの方が、何十倍も歯ごたえがあっただろう。
「風見さん! 逃げるぞ!」
「えっ、あっ……」
風見さんの返事を聞くよりも前に手を掴み、スーパーを後にした。何も関係ないスーパーの方々には申し訳ないが、これが瞬時に思いつく最善手だった。許してほしい。
スーパーを出て俺たちが向かう先は、もちろん自宅。漆原がどんなことをしてくるかわからない以上、一番安全な自宅に逃げ込むしかない。三階だから窓から入られることもないから、割と安心だ。
交番に向かうという手もあったが、生憎ここからじゃ距離も遠い。精神状態が安定しない風見さんを長時間引きつれることも出来なかったしな。
それなりに距離が離れたところで、俺は電話をかける。もちろん110番……と言いたかったが、このときの俺も相当パニックになっていた。予定外のことが起こり過ぎ、最悪の形となって現実になったのだ。正常な判断力を持っているヤツの方が少ないだろう。
だから俺は無意識的に、一番頼りになるヤツに電話をかけていた。
『どうかしたのか楓……』
「緊急事態だ! 今漆原に追いかけられてる!」
『なんだって⁉』
電話越しに壮馬の驚く声が響く。壮馬が常人のように驚くときは、それほどの事態の時だけだ。
「今自宅に向かってるけど……クソッ、上手いことしゃべれねぇ!」
『わかった、楓馬はそのまま家に逃げてくれ。僕もなんとかする!』
「頼むぞ……!」
いろいろなことを壮馬に任せ、俺は電話を切った。やってることは逃走と親友への連絡くらいだが、それだけあれば十分だ。そのくらい壮馬は出来るヤツなのだから。
あとは家まで全力で逃げるだけなのだが……もちろんあの漆原が追いかけてこないわけがない。さっきスーパーで突き飛ばしたにも関わらず、後ろを振り返れば既に見える位置くらいまで来ていたのだ。
「このガキがァァァ!!!」
その距離はまだ遠く表情までは視認できないが断定できる……漆原、完全にキレてやがる。脱走犯だというのに、あんな声張り上げてもいいのかよ。
だがそんな悠長なことも言っていられない。漆原が脱走してから、日数的にはかなり経過している。そんな長い時間誰の目にも触れられず、ずっと潜伏していたとは考えにくい。おそらくだが、凶器の類いは隠し持っているに違いない。
そう仮定した場合、まず勝ち目なんてない。一秒でも早く家に駆けこみ、壮馬や警察になんとかしてもらうまで待つしか勝ち筋がないのだ。
そのために賢明に逃走を続けた結果、なんとかマンションには到着出来た。ここまでくれば安全……と言うわけでもない。
俺が住んでいるマンションは、めちゃくちゃいいマンションではない。オートロック等もなければエレベーターもない。つまりここから自力で三階まで上がり、自宅に逃げ込まないといけないのだ。
俺はまだスタミナに余裕があるからいいとして、問題は風見さんだ。
「はぁ……はぁ……」
悲惨的なスタミナを持ち漆原によって精神が不安定気味の風見さん。もう走る元気がないのか、完全に息が上がっていた。多分ここで「頑張れ!」等の言葉で元気を奮い立たせるのも限界があるだろう。
だがこうしている間にも、漆原は着実とこっちに来ている……仕方ねぇ。
「風見さん、失礼するよ!」
「へっ、きゃッ!」
俺は風見さんをお姫様抱っこの要領で持ち上げると、そのまま階段を駆け上がった。何がなんだが理解できない様子の風見さんだったが、無理やり動かすにはもうこれしかなかった。
実は初めて風見さんを見つけ家まで避難させたときも、こうしてお姫様抱っこで運んだのだ。風見さんは確実に世間一般の女の子より軽い上に、俺がそこそこの力があったのが功を奏したな。
そのまま自宅の前に着くと、ポケットから鍵を取り出して開錠。風見さんを床に下ろし俺も中に入り、すぐに鍵をかけたのだった。
扉を閉める際に周りを確認したが、ギリギリ漆原には見つからなかったようだ。少し待っても扉を叩かれるような音はしなかった。
だが少なくとも、このマンションに入る姿は見られていたと思う。このまま自宅に閉じこもっていても、状況が収まるというわけではない。漆原がドアを蹴破ってくる可能性だって、僅かであるが残っているのだ。
そうならないためにも、すべきことはした方がいいだろう。完全に遅いが、今からでも警察に電話を……
そう思った時、不意に背後から重みを感じた。正体は言うまでもなく、風見さんだ。
「……どうかしたのか?」
出来るだけ刺激を与えないように、優しく話しかける。今の彼女にとって、何が地雷なのか俺もわからない。かける言葉も慎重になってしまう。
だが俺は失念していた。少し考えればわかることだ……風見さんの精神は、既に崩壊しているということを。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
背中越しに伝えられる謝罪の言葉。だがそこに風見さんの意思が込められているとは、到底思えなかった。
パーフェクト高校生である風見さんの錯乱する姿など、誰も予想できない。でも忘れてはならない……彼女も、か弱い女の子であることを。
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