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20話 圧倒的不穏



「ごめんね。わざわざついてきてもらって……」

「いいよ。こんな時間に女の子を一人で歩かせるわけにもいかないし」


 カートを押しながら申し訳なさそうにする風見さんの表情に、俺も心の中で申し訳ない気持ちになる。だがそれを悟られないように、すまし顔でそれらしい理由を答える。

 超特急で自宅に帰り風見さんを迎えに行った俺は、そのまま二人で近所のスーパーに向かった。俺も普段から利用しているところで、前の家が割と近かった風見さんも格安品を求めよく訪れていたそうだ。


 そんな風見さん、さすがにスーパーということもあり服装はメイド服ではなかった。こげ茶色のニットセーターにチェックのスカートと、今どきの女子高生って感じがした。メイド服以外の知識がそこまでないから、完全に俺の主観ではあるけど。


「それにしても、何が足りなかったんだ?」

「卵とバターがちょっとね。あと次いでにいろいろと見る感じ」

「了解」


 卵とバターは何に使うのだろう……今キッチンに立つのは風見さんだけだから、俺が気にすることでもない。だがもう夕方だというのに急に買い足したいということは、どうしても作りたいものでもあるのかな。気になる……


「何か作るのか?」

「うん、ちょっとお菓子でも作ろうかなって。今までそんなの作る余裕なんてなかったし」

「へぇ~お菓子も作れるんだ」

「作ったことはないけど、多分大丈夫! そこまで難しいものでもないから」


 試しに質問したら、やたら女の子らしい答えが返ってきた。やったことはないが大丈夫と胸を張れる辺り、風見さんの高スペックを再び垣間見えた気がした。

 学年一位を守り続ける好成績、スタミナ以外トップクラスの運動神経、更に分け隔てなく順応できるコミュ力にアイドル顔負けの可愛さを兼ね備えるパーフェクトウーマン。それに加え料理の腕まで完璧ときた。もう風見さんに欠点など存在しないだろう。

 もし俺が、もう少し昔に風見さんと出会っていれば……


(……考えるだけ無駄か)


 いやな妄想が頭をよぎり、俺は無理やり忘れようとした。過去を振り返っても、都合のいい妄想に塗り替えようと……何も変わりはしない。そんなことしても、前には一歩も進めない。わかっていたはずだと言うのに……


「……どうかしたの? 顔険しいけど?」

「えっ、あ、ううん。なんでもない。ちょっとバイトでミスったのを思い出しただけだから」

「そう……ならいいけど」


 あまりよくないことを考えたため、不自然に思われてしまった。いろいろ悟られないよう、苦笑いでごまかそうとする。

 危ない危ない。ただでさえ状況が危ういと言うのに、不用意に嫌なことも思い出したら表情が作れない。

難しいことは考えなくていい。今は風見さんを目から離さないことだけに、全神経を注げばいい。


「それにしても……不思議な感じだよね」

「え……なんか変だった?」


 すると不意に風見さんが、なんでもないかのような言葉を発する。だが俺は風見さんの一つの行動・言葉が気になってしまい、つい聞き返してしまう。もしかしたら独り言だったかもしれなかったのに。


「あぁ、増井君に言ったんじゃ……いや、あながち間違ってもないかも」

「えぇ……」

「もちろん悪い意味じゃないよ。前に買い出しに出た時もそうだったけど……こうして増井君とどこかに出かけるだなんて、入学したときには思いもしなかったから」

「それは……そうかもか」


 初めて一緒に帰ったときも、同じようなことを言ってた気がする。

バイトで多忙な上に、自分の恥ずかしい現状を誰にも知られたくなかった風見さん。それゆえに、学校以外での交流はほぼないに等しい。娯楽系に触れられなかったのもあるが、誰かと何かしたという経験もなかったことだろう。


「……そんな風見さんの貴重な初体験を、俺が独り占めしてるんだな……」

「ふふん! どう、嬉しいでしょ!」

「はいはい、嬉しい嬉しい」

「もう~雑に扱わないで~」


 あまり慣れないことをしたせいで、少し照れる風見さん。だが実際、雑に扱うフリでもしないとこっちもその可愛さにやられてしまいそうだった。まぁ俺の場合は、脳内でメイド服に変わっているせいでもあるが。


 そんな感じで買い物が進んでいき、必要なものはだいたい確保出来た。あとはお会計してもらって帰るだけだ。

 だが時間的にタイムセールをしてるせいもあってか、少しだけレジが混んでいる気がする。一番空いているところに行っても、少し時間がかかりそうだ。


「……先に外で待ってる? 私、済ませておくから」

「え? いや別に一緒でも……」

「いいからいいから! ご主人様でしょ!」

「ちょ、そのワードは……はぁ、わかった。先出てるから……」


 もはや脅しともいえるワードを口にされ、俺はどうすることも出来ず風見さんの提案を受け入れることにした。確かに間違ってはいないが……出来れば外では言ってほしくなかった。そのたびに心臓が跳ね上がるような思いをしなきゃならんしな。

 だがいくら待っててと言われても、風見さんから目を離すわけにはいかない。外で待つわけにもいかないので、お店の入り口付近で待つことにした。ここならギリギリ風見さんも見えるしな。


 さて風見さんも近くにいないから、急に静かになったかのような感覚に襲われる。最近の生活における、風見さんの存在の大きさを実感した瞬間だ。


「……漆原のことでも調べるか」


 せっかく風見さんもいないので、スマホでSNSアプリを立ち上げる。時間的には限られているが、それなりのことは調べられるだろう。まぁどうせまた何も出ないんだろうけど……

 そんな軽い気持ちでスマホを眺めていたら……衝撃的なニュースが流れ込む。


「……は? 嘘だろ⁉」


 俺もそのニュースを見た時、周りに憚らず大声を出してしまう。もしかしたら風見さんにも聞こえてしまったかもしれないが、それすら気にならないくらいの衝撃だった。


 そのニュースの内容を平たく説明すると、漆原らしき人間の目撃情報だった。あくまでらしきだから、その信憑性は保証できない。もちろんそれだけなら、壮馬とかに報告して終わりだっただろう。



 だがその漆原が目撃されたのが……この街から比較的近所だということを除けばだ。



(ヤバいヤバいヤバいッ!)


 次は声に出なかったが、内心は爆発的に焦っていた。一番恐れていた事態が、今現実に反映されているからだ。今こうしているだけでも、下手したら命の危険にさらされる可能性は高い。可及的速やかに自宅に帰る以外、安全な道はない。

 とにかくこの情報を壮馬たちに送り次第、風見さんを連れて避難しなければならない。幸いまだレジに到達してないから、すぐ逃げられる……!


 そう思っていた時、やたら周りが騒がしくなっていた。スマホの画面に集中するがあまり、それに気づくのに少し時間がかかった。

 俺はすぐに周りを見渡したが……その原因はすぐにわかった。俺がいる入り口付近に、完全に怪しいヤツがいるのだ。黒いフード付きのパーカーを着込み、その顔はフードのせいでよく見えない。全体的にひょろっとしていて、足元もおぼつかない感じ。

 一見ただの不審者にしか見えないが……かすかに見える口元に既視感があった。俺の勘違いでなければ……



 ドサッ!



 その瞬間、背後から何かが落ちる音がした。それと同時に、俺は最悪の事態を察した。

 ゆっくりと後ろを振り向くと……そこには買い物袋を床に落とし、恐怖に震える風見さんがいた。まだ付き合いは短いが……彼女のそんな姿は見たことがなかった。

 そして震える風見さんの口から、その名が告げられる。






「うる……しばら……」






 これで確信に変わった……突然現れた不審者が、俺たちが探していた脱走犯、漆原達也だということが。





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