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2話 オアシス




 突然だが、俺は今一人暮らしをしている。

 俺が通っている青葉学園は、俺の実家の隣の県にある。確実に実家から通えないことがわかっていたので、両親に土下座をしてまで一人暮らしをお願いしたのだった。

 最近設立され女子の制服が可愛らしいことで有名な青葉学園だが、別に俺はどうしてもそこに行きたいわけじゃなかった。同じ中学校のヤツらが絶対に来なさそうな高校を選んだまでだ。実は結構なトラウマ持ちの俺からしたら、県内の高校に通うのはどうにも我慢できなかった。


 というわけで学園から二駅のところのマンションで一人暮らしをしている俺だが、無論楽なことばかりではない。

 まず家のことは全て自分でやらなくてはならない。掃除洗濯炊事等々、実家にいた時は母さんが全部していたことをしなければならない。始めた当初から薄々予想はしていたが、それなりの重労働である。こういう時母さんの偉大さが身に染みて感じた。

 そしてもう一つ、これが一番重要なことだがお金のことだ。無論学費や家賃などは払ってくれるのだが、食費や遊ぶためのお金は自分で稼がなくてはならない。さすがに両親もそこまで恩情をかける気はないし、俺もそこまでの施しを受ける気もなかった。両親には散々迷惑かけたしな。

 だから俺は学校終わりや休日を返上してバイトをしているのだ。今日も学校が終わってから直でバイト先まで向かっている。

 場所は俺の自宅の最寄り駅から二駅離れたところにある、とある「コンセプト」を元にして経営しているカフェだ。俺はそこでホールを担当している。

 店の裏口から入り軽く先輩に挨拶したあと、俺は男子更衣室に向かい店の制服に着替える。ここの服装や身だしなみは独特だから、早めに来て準備しなければならないのだ。


「お、増井君。今日も早いね~」

「あ、島田さん。おはようございます」


 着替えている最中に、たまたま男子更衣室にやってきた若々しい男性が俺に話しかけてきた。それを脊髄反射の要領で、俺は返事した。

 この人はこのカフェの店長を務める島田さん、まだ三十にも満たないのにこの店をちょっとした有名店にまで成長させた若手経営者だった。十歳以上歳下の俺に対しても気さくになって話したり相談してくれたりして、俺としてもいい印象を持った人だ。


「増井君、最近お客さんにも好評だよ! まだ働いて一年くらいなのに、もうウチのエース筆頭だ」

「ありがとうございます。自分をよく思ってくださるお客様が一人でも増えていただくだけで、光栄なことです」

「はははッ! 謙虚なところは変わらないなぁ~まぁそこが増井君のチャームポイントかもね。今日もよろしくね!」

「はい」


 軽く店長と談笑し再び男子更衣室が一人になった時点で、俺は着替えを再開した。お店から直々に支給された制服を身に纏い、髪も滅多に使わないワックスで整え、店に出る準備は整った。


そう……誰がどう見てもわかる、執事の姿に!


 誤解がないよう、一応バイト先の詳しい説明も入れておこう。

 俺が働いているのは「スイート&ビター」という店名の、メイド&執事カフェだ。このお店はお客様の要望に合わせ、メイドか執事のどちらかに接客してもらうという、結構独特なカフェだ。

 この辺りにそういう類いの店が一切なく、どちらの層にも受け入れられるような店を立ち上げたいという店長のコンセプトの元で出来たのだ。結果その戦略が見事ハマり、結構な人気を誇るお店へと成長した。

 そしてそのお店の中で俺はホール、つまり執事を担当しているのだ。中学時代はバスケ部で身長も高く多少身体が引き締まっており、顔立ちもそれなりに良いということで、店長に拾ってもらったのだった。

 バイトの合格通知をもらった時は、飛びあがるくらいに喜んだものだ。時給の高さや立地、シフトの融通の利きの良さなど、良いところはたくさんある。だがそれ以上に嬉しかったのは、この労働環境だった。





 あ、言い忘れてました。自分、まぁまぁなメイドオタクであります。





 あの完璧とも言えるデザインの服、そしてご主人様のために献身的にご奉仕をするその姿……中学のころに魅せられて以来、俺は相当重度のメイドオタクになったのだ。

 日頃からメイド系のラノベやギャルゲーなど買ったり、着ることもないのにメイド服を買ったりと、そのレベルは一部から病気とも言われそうだ。だがそのことを誇りとしか思っていない俺にとっては、周りがなんて言おうが構わない。好きという気持ちを、裏切ることは出来ないからな。

 ちなみにこの趣味のことは、壮馬と赤羽さんも知っている。まぁ壮馬の場合はバレたって言う方が正解だが。赤羽さんも壮馬で耐性がついているせいか、特に何も言ってこなかった。それはそれで非常に有難いけどな。


 そしてこの「スイート&ビター」は、合法的にメイドと一緒に仕事が出来る神環境であった。客としてでしか見ることが出来なかったメイドを、やろうと思えば毎日見られるのだ。俺にとってはオアシスでしかない。だからこそ今でも高いモチベーションで働いているのだ。

 だがもちろん、メイドの見過ぎで自分の仕事を疎かにしたことはない。高い給料をもらっている以上、その対価として労働力を払うのは当然のことだ。この店で働くにあたって、一から執事の勉強をしたくらいだしな……執事の勉強ってなんだよ。


 だから今日も、しっかりとその責務を果たすとしよう。ちょうど出勤時間にもなったしな。

 とはいっても直々にご指名が来るまでこれと言ってやることはないんだが……店長の言う通り、俺はここの稼ぎ頭だ。一分も経たないうちにご指名が入る。

 改めて身だしなみを確認、更に顔を一回叩き「執事モード」に入る。そしてご指名を受けたテーブルに向かい、今日の仕事が始まる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」





 「執事モード」を終え、ドッと疲れが押し寄せた俺は更衣室でぐったりしていた。「執事モード」に入っているときは未だ慣れぬ恥ずかしさから、接客時の記憶はあんまりない。だから詳しく説明を求められても困るのだ。とりあえずお店の稼ぎ頭になるくらい頑張ってると思ってくれればそれでいい。

 時刻は既に二十二時近くになり、他の従業員の方たちもチラホラと帰り始めている。同じ高校生の知り合いがいない俺は、大学生の男の先輩と軽くしゃべるくらいで会話する相手がいないのである。まぁ毎日メイド姿の先輩方を見られるので、俺としては眼福であるが。もちろん顔には出さない、さすがに仕事しづらくなったら困るし。

 俺も学校の制服に着替えてさっさと飯を食おうとしているところに、再び更衣室にやってきた店長と遭遇する。


「あ、島田さん。お疲れ様です」

「おぉ、増井君。今日もよかったよ! また今度もよろしくね!」

「はい!」


 こうして店長に褒められると、俺もここで働いてよかったなと感じる。

 確かに恥ずかしさはあるものの、こうして人から認められることは素直に嬉しいものだ。執事の才能がある……と言えば本業の方に叱られるが、こういったところが俺の天職かもな。


「あぁそうだ。増井君、コレあげるよ」

「あ、ありがとうございます……これは」


 すると店長は懐からとあるものを取り出し、俺に手渡した。店長からのご厚意に甘え、素直に受け取ったのだが……これは紙切れ? いや、でもこのデザインは……


「宝くじ……ですか?」

「あぁ、なんとなくいっぱい買っちゃって……せっかくだから、みんなにもほんの少しの幸せをお裾分けだ」

「ありがとうございます! 当たるといいですね!」

「ま、当たらないとは思うけどね。でも自分から動かなきゃ、何も始まらないしね」

「そうですね……とにかく、ありがとうございました!」


 こういった店長からの差し入れはたまにある。大抵はジュースやお菓子などだが、どちらにせよ一人暮らしの俺からしたら何をもらっても有難いのだ。


 高い時給、優しい店長に、メイドさんと働ける神環境……俺が働く「スイート&ビター」は、これ以上にないくらいにいい職場だ。

 店長からもらった差し入れを大事に鞄にしまい、俺は店長に挨拶したのち帰宅した。課題とかもしなきゃいけないし、やはり俺って苦学生だよな。

 店長からもらった宝くじで、少しでも生活費の足しになればいいな……宝くじをまともに買ったことない俺は、そんな薄い希望しか抱いていなかったのだった。





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