19話 情報交換
時は流れ、今日は土曜日。結局漆原についての情報は何も掴むことが出来なかった。毎日ほんの僅かな時間を利用して調べてはいるが、どうにも有益な情報はどこにも転がっていなかった。
この辺りでの不審者等の目撃情報もなく、とりあえずの安全は確保できている。漆原の確保ももちろん大事だが、それ以上に俺は風見さんの精神状態の方が不安である。とにかく彼女の耳には入れないように、常に警戒しないといけないしな。
さすがに漆原が脱走してから三日が経っていることもあり、ネットニュースとかでは少しずつその話題を見ることが増えた。だが捜査の方も難航しているのか、それ以上の情報は出てこなかった。ただ風見さんにその情報を知られる機会が増えただけだ。
テレビは見せられないし、スマホなんてもってのほかだ。必要最低限の操作のみ教え、ネットニュースなどを目にする機会を極端に減らしたくらいだからな。早くなんとかしてほしいものだ。
壮馬や赤羽さんからの連絡も一切なく、こちらからメッセージを送っても反応がない。二人とも相当忙しいのだろう……きっと俺なんかよりも過酷なことをしていそうだし。
とにかく。俺に出来ることは風見さんを守ることだけだ。事件の収拾がつくまで、あらゆる危険から守って見せる!
「……と言いたかったけどな……」
はぁ~と大きくため息をつきながら項垂れる俺。いくらバイト先の裏とはいえ、せっかくの執事服も辛気臭い顔で台無しだった。表に出ればスイッチが入るから問題ないけど。
そう、俺は今普通にバイトに行っていた。急遽そんなことが入ったとはいえ、バイトには向かわなくてはならない。シフトを入れてしまった以上、休むわけにもいかないしな。
とりあえず風見さんには、できるだけ外には出ないように言ってある。本人も勉強するとか言ってたから問題ないとは思うけど……何か突発的な事態が起きたら大変だからな。出来るだけ目に届く範囲で守っていたい。
幸いにももうすぐシフトも終わりだ。特に意味はなかったが、早めにあがれるようにしておいてよかったな。時間的にもあと一人接客したら終わりだろう。
「増井君、呼ばれたよ!」
「はい、ただいま~」
そうこう言ってたら本当に指名された。いつも通り身だしなみの確認と顔を叩き、執事モードに入る。そしてそのまま指名されたテーブルへと向かった。
「おかえりな……なんだ壮馬か」
「なんだって……一応お客さんだよ」
そのテーブルにいたのはなんと壮馬だった。学校以外での壮馬の姿を見たのは久しぶりだな……ホント顔はいいし、捜査のためか目立たない用の私服すらビシッと決めている。もう少しいい服着てたら、モデルのスカウトすら受かりそうである。
「で、どうかしたのか? 壮馬が店まで来るなんて珍しいな」
「あぁ……例の件についての情報交換でもしようと思ってね……バイトはまだかかりそうかい?」
「時間的にはあと少しだけど……ちょっと店長に聞いてくる」
一度テーブルから離れ裏に戻る。壮馬が相手ならわざわざこの恰好でなくとも、普通で問題ない。そしてちゃんと接客っぽいことさえすれば大丈夫だろう。
案の定優しい島田さんはOKを出してくれた。この時間で退勤処理をしないといけないが、まぁ別に構わない。おれも仕事している感じはしないだろうし。
すぐに普段着に着替え、裏に引っ込むと同時に頼まれた注文の品をもって帰ってきた。
「結構早かったじゃないか」
「そうか……まぁいいや。さっさとやること済ませよう」
壮馬の向かい側に座った俺は、早速壮馬が持ちうる情報を聞き出そうとした。情報交換と言っても、こちらから提示する情報はほぼゼロだ。実質壮馬から情報を聞き出すだけになるが許してほしい。一応仕事は果たしているから。
「まず一つ言わせてもらうと……残念ながら漆原は見つけられなかった」
「……壮馬の力を持ってしてもか?」
「そうだな。向こうも常に移動していると思うからね、それらしき目撃情報をキャッチしたあとなんて、もうそこにはいなかったよ」
「目撃情報、あったのかよ……」
「それが漆原という確証はなかったけどね。でも少しでも可能性があるなら、向かわずにはいられないだろ?」
「……だから壮馬、昨日いなかったのかよ」
連絡もなしで学校に来なかったときはどうしたかと思ったぜ。壮馬がいなかったせいで、周りの男子の厳しい視線を一人寂しく受ける羽目になったからな。あんな空間二度と味わいたくねぇ。
「まぁそういうことだ……せっかく現地に向かった僕は、次いでに軽い事情聴取もしたんだが……少し興味深い情報を手に入れた」
「……なんかあったのか?」
「その街にあるとあるスーパーに、荒らしが入ったそうだ」
「荒らしって……事務所荒らし的なヤツか?」
「そう。金庫に入っていた金はもちろん、食料とかも物色したんだろう」
「その金で刃物とか手に入れてたら厄介だな」
「そうだな……もちろんこの荒らしも目撃情報も、漆原の確証はない。でも念のために、更なる警戒は必要だろうね」
いよいよめんどくさくなってきたな。
仮にそれら全てが漆原の場合、何を仕掛けてくるか予想できない危険な状況ということになる。加え漆原の進行方向によっては、俺たちの街に来る可能性だって十分にある。SNSでは何も情報が上がってないとはいえ、到底油断はできない。
「楓馬の方はどうだ? 何かわかったか?」
「……悪い、何もなかった。近辺の不審者の情報もなかったし、ネットも手掛かりなしだ」
「そうか……刑務所付近の街はもう既に厳重態勢を取ってそうだから、調べるならその周辺か……明日も調べに回るか」
「……なんか済まないな。大した役に立てなくて」
「そんなことないさ。楓馬が風見さんを守っているおかげで、僕だって遠出の捜索が出来るんだ。楓馬には感謝してるよ」
「そうか……そう言ってくれるなら、助かる」
壮馬に諭され、少しだけだがホッとした。頼まれた以上何かしらの成果は上げたいと思っていたし、実際に役に立ったと言われ安心したのは否定できない。
まぁだからって、その言葉に甘えることはないけど。事件が解決するまでは任された仕事は全うするんだ。
そう思っていた時、スマホからメッセージが入ったことを知らせる軽快な音が鳴る。俺が連絡する人なんて限られているし、その少ない一人も目の前にいる。となると……
予想は当たっており、そのメッセージは風見さんによるものだった。
『ちょっと足りないものがあるから買い物に行きたいけど……ダメかな?』
そのメッセージに少しだけ困った。今こんな話があった以上、風見さんを不用意に外に出すのは少々危険だ。
だがあまりにも行動に制限もかけていたら、無駄に怪しまれるだけだ。さすがに今度は話題をそらすことは出来ないだろう。そう言うことも考えたら、ここで更に行動を縛るのは愚策かもしれない。
だが一応妥協案を記させてもらおう。
『わかった。俺もバイト終わったから一緒に行こう』
風見さんからのメッセージから時間を空けずに返信した。外に出ることは百歩譲っても、一人はさすがに危険すぎる。もう夕方だ、過保護とも思われるかもしれないが女の子を一人で歩かせるわけにはいかん。
「楓馬、どうかしたのか?」
「あぁ……実はな」
スマホをいじる俺が気になった壮馬に、風見さんのことを伝える。別に隠すようなことでもないし、隠しても意味ないからな。
「……確かに怪しまれるよりマシか。でも気を付けなよ。ここだって完璧な安全地帯じゃないからな」
「わかってるよ、出来るだけ手短に済ませるから」
壮馬にそう言い残した俺は、すぐに席を立ち店から出ていった。あんまりチンタラしてたら、勝手に出ていきそうだ。それに……あまり女性を待たせるのも悪いしな。
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