16話 危険な依頼
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「……まぁそういうことだと思ってたよ。わざわざ風見さんを退席させるほどだからね」
「そうよ……わかってるなら、言わせないで」
全て察してるかのような澄ました顔をする壮馬に、赤羽さんは額に手を当てる。俺以上に壮馬と接してきた赤羽さんにとって、壮馬のこの態度は何度も目にしてきたことだろう。
そして壮馬も、多分赤羽さんがわざわざ屋上に来た時点で、ある程度分かっていたことだろう。あまり察し過ぎるのも恐ろしいものだが。
「それにしても今日はなんの依頼なんだ? 少し気が立っているみたいだけど」
「……まぁ、依頼が依頼だからよ。ちょっとくらい気が立っても仕方ないわ」
「……そんなに重要な依頼なのか……」
確かに用事を思い出した直後の赤羽さんは、明らかにイライラしてたご様子だった。生徒会長として他の生徒の模範とするため、常日頃から表情を崩さない赤羽さんにしては珍しいことだ。
壮馬の言う通り、余程重たい案件なのだろう。
「今回の依頼……内容だけ言えば『人の捜索』よ」
「……案外普通だな」
「……なぁ楓馬。僕、嫌な予感がするんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
わざわざ赤羽さんが壮馬に、早急に依頼したいことだ。つまりこの言葉が意味することは……「捜索対象のヤバさ」だ。
「……今回の依頼、その捜索対象は……刑務所から脱走した受刑者よ」
「うわぁ……」
そしてその悪い予感は、見事に的中した。思わず俺はやや呆れ気味の声が漏れ、壮馬も表情は崩さずとも少し困ってそうだ。
よく考えなくてもわかる。一高校生に、脱獄犯の捜索なんて普通頼まないから。これが壮馬相手じゃなければ、冗談と言われ笑い飛ばされるところだ。
「……まぁ今回ばかりは、私も頭を抱えたわ。なんでこんな依頼を持ってきたのかってね」
「じゃあなんで断らなかったんだ?」
「……なんでもお父様のご友人からの直接依頼だそうよ。今までの壮馬の功績を見込んだのでしょうね。のんびりもしていられない案件だろうし」
どうやらどうしても断れない依頼だったそうだ。
そして壮馬は一体どんな領域まで行ってしまったんだ? 赤羽さんの父……つまり理事長の友人クラスの依頼を、一高校生に任せようと考えてるんだぜ? つまりそのくらい、壮馬が探偵として優秀なんだろうな。
実際に壮馬にほぼ監視されている俺が言うんだから間違いないな。
「ふっ……そこまで言われたのなら仕方ない。この一流高校生探偵白金壮馬! その依頼、見事完遂させてみせよう!」
「はいはい、よろしくお願いするわ」
そしてそれを「とても優れた探偵への直接依頼された!」と拡大解釈したであろう壮馬が、大声で自身を奮い立たせながら依頼を了承した。
依頼を引き受けると聞いた赤羽さんは、冷めた様子で壮馬をなだめていた。もう手慣れたものだな。
「……てかそんな極秘の案件、俺も聞いてよかったのかよ? ただの一般人だぞ」
「それに関しては問題ないわ……増井君にも手伝ってもらうから」
「……は?」
ちょっと待ってくれ赤羽さん。そんな極秘な案件だと言うのに、俺も捜索を手伝うって……は?
「いやいやいや⁉ 無理だから! 俺ただの高校生だから!」
「大丈夫よ。増井君には簡単な仕事をしてもらうだけだから。危険も及ばないし、何もなくても一切責任がかからないわ」
「ぐ、具体的には……」
「SNS等での、不審者目撃の情報探しよ。今回の依頼の難易度的に、壮馬もそこまで手を回す暇がないかもしれないから」
「あぁ……そういうことか」
俺への仕事内容を聞いて、少しだけほっとした。確かに責任もかからないし、割と安全な仕事だ。
壮馬の探偵のスキルとして最も高いのは尾行だ。尾行対象の素行調査などを行う際、驚くべき変装術や盗聴器等の機械を使った完璧な尾行を駆使して依頼をこなしている。
だが尾行というのはものすごく根気よく対象を見張っていないといけないものだ。無論その分時間も相当かかるだろう。壮馬も細かい調査まで手が回らないのもなんとなくわかる気はする。
それにしても、だから俺の手も借りるのかよ……
「……一応増井君も探偵部の一人なんだから。忘れないでほしいわ」
「ほぼ幽霊部員だけどな……」
それを言われると断ることも出来ないのが、本当に痛いところだ。
赤羽さんの言う通り、俺は探偵部という部に籍を置いている。もちろん部長は壮馬で、部員も俺以外誰もいない。部として成り立っているのも、赤羽さんのお陰と言っても過言ではない。
ただ交換条件として、赤羽さんが提示する依頼は断れないというのがあるのだが。壮馬が断ることは絶対にないのだが、俺に二次被害が来てるんだよなぁ……まぁ絶対にヤダってわけじゃないけど。
「……それで。肝心の捜索対象はどこの受刑者なんだい?」
「えぇ。詳しい情報はまたあとで送るとして……捜索対象の名前は、漆原達也。過去に暴行で捕まった気性の荒い人間らしいわよ」
淡々と今回の捜索対象の情報を読み上げる赤羽さん……てか、そんな危険なヤツの捜索をしないといけないとかマジすか? 俺はいいとして万が一にも近づかなければならない壮馬は相当危険だろうな……そう思い、一度壮馬の方に視線をやる。
だが壮馬の表情は、予想とは大きく異なっていた。てっきり危険な依頼に少しは難色を見せるかと思ったが……その表情には驚愕という文字が刻まれていた。
「どうかしたのか壮馬? なんか顔変だぞ?」
「……楓馬、あと怜奈。落ち着いて聞いてほしいんだ」
いつもに増して真面目な口調で何かを言おうとする壮馬。
壮馬がこんなにも真剣なときは……きっとふざけなしの重要なことだ。俺も赤羽さんも、次の壮馬の言葉に全神経を注ぐ。
「その漆原達也ってヤツは……風見さんの父親だ」
「……は?」
最初、壮馬が何を言っているのかわからなかった。瞬間的にも思考が死んだのは確かなことだ。赤羽さんもだいたい同じ感じだった。
「ちょっ、壮馬! どういうことだよ⁉」
「どうもこうもない、楓馬も聞いてるはずだ。風見さんの母親を間接的に殺し、風見さんを地獄の日々に追いやった、元凶だ」
「……マジかよ」
実際に言葉にされ、俺自身も衝撃でまともな返答が出来なかった。
話には聞いていた。あの風見さんがどうしようもないクズと表現し、風見さんの心に深い傷を負わせた人間。もはや親と称するのが失礼だ、アイツは人間として完璧に終わっているのだから。
「ちょ、ちょっと! 何二人で話しているの! 私にもわかるように教えなさい!」
するとここで完全にのけ者にされていた赤羽さんが、声を大にし説明を求めた。ごめん普通に忘れてた、あまりにも衝撃的なことだったんだ……
仕方なく俺たちは、赤羽さんに事の顛末を説明した。風見さんの過去から、俺が風見さんをメイドとして雇うことで助けたことまで全てだ。出来れば後半の部分は黙っていたかったが、説明する上では避けて通れなかった。
「……そんなことが、あったのですね。私、風見さんのこと、何も知らないで……」
話を全部聞いたところで、赤羽さんの表情が暗く悲しいものになった。理事長の娘としてこれまで割と普通ではない人生を送っていた彼女も、風見さんの激動の人生の前に心を撃たれたようだ。クールで有名な生徒会長様も、根は素直で優しい人なのだ。
「……だとすると、事は急を要するわね」
「……そうだな。どこの刑務所にいたかはまだわからないが、脱走するからには何か目的があるに違いない。そしてそれがあるとするならば……」
「風見さん、か……」
無論俺たち全員、その脱獄犯について何も知らないしどんな行動をとるかなんて予測がつかない。だがもし、脱走した風見さんの元父が風見さんを探しているとして、本当に風見さんと対面したとなったら……
(風見さんの幸せな日常が……壊される!)
それだけは絶対に阻止しなくてはならない。これは俺が風見さんの主人だからとか、そんなのは関係ない……俺が風見さんを、守りたいんだ。
俺の決意が、絶対的に固まった瞬間だった。
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