10話 女の子の楽しみ
見物人地獄から解放され風見さんにめちゃくちゃ謝ったところで、俺たちはショッピングモールの服屋に入った。店内には色鮮やかな服が並んでおり、ザ・おしゃれ空間というにふさわしいものだった。
そんな空間に突撃したはいいものの、そういった空間に慣れていない俺は完全に浮足立っていた。おしゃれとかそういうものに無頓着なのに加え、実は中学からほとんど身長や体型が変化していない俺。昔妹に選んでもらったものを今も着続けているというくらい、おしゃれに関する感性はないに等しい。
今日だって昔買ってもらった黒のパンツに白のTシャツ、その上に黒のジャケットを羽織る、超無難な服装で仕上がっていた。ファッションに興味ないのは仕方ない、自分の服より着もしないメイド服を買うようなヤツだしな、俺は。
だが男の俺はよくても、女の子の風見さんはそういうわけにはいかない。風見さんだって立派な女子高生だ、ファッションに興味を持ってないわけがない。せっかくあらゆるしがらみから解き放たれたのだ、こういうときくらい楽しんでもらわないと。
「ここが……服屋さん……」
「まるで初めて来たかのような反応……逆に今までよくなんとかなったね」
「うん、まぁ……外出るときは制服着てけばいいし、家なら多少ボロボロの服を着ててもいいでしょ」
「うん、まぁ……風見さんがいいならいいんだけど……」
これがマジだから反応に困る。風見さん宅から荷物を運びだしたとき、落ちてた布切れがまさか服だったって事件が勃発したくらいだ。本当にびっくりしたわ。
でもまぁそんな生活からも今日でおさらばだ。ここで好きな服買ってもらって、思う存分女の子を楽しんでほしい……ま、ウチでは問答無用でメイド服だけどな。
「んじゃお金は渡すから、あとは好きな服買ってきなよ。俺は外で待ってるから……」
財布から三万円を取り出し風見さんに手渡して、俺はその店から離れようとした。さすがにレディースの服を取り扱っているお店に、男の俺がいるのは息が詰まる。今日だってお客が全くいないわけじゃなく、何人かは若い女性も見受けられるからな。さっさと離れるのが吉……
「えっ⁉ ちょっと待ってよ!」
だが離れようとする俺の手を風見さんが掴み、逃げられないように捕まえた。ちょ、また手つないじゃってるから……!
「ど、どうしたんですか? 俺の役目は一旦……」
「そうじゃなくて。そのお恥ずかしながら、私も服とかそういうのよくわからなくて……」
「ま、まぁそうか……」
風見さんの境遇を考えればわかることか。今まで興味がない……正確には興味を示す暇がないものを前に、いきなり選べって言われても困るしな……
「だから増井君が選んでよ、私の服」
「……ふぇ?」
思わず俺らしからぬ声が漏れた。いやしょうがないって、絶対攻略不可能な無理ゲーを押し付けられたようなもんだぞ……!
「え、えっと……俺もファッションとか、そこまで詳しくないんだけど……」
「大丈夫だよ! 絶対的に私よりは詳しいから!」
「うぅ……!」
そう言われてしまうと言い返すこともできない……いったい風見さんがどんなセンスを持っているか、俺は知らないからな。絶対俺の方が下、という確証もない。
それに風見さんの主人として、風見さんを綺麗に見せるのは仕事みたいなものか。
「わかったよ……あんま期待しないでよ……」
「うん! ありがとう増井君!」
「お、おう……!」
風見さんのまぶしい笑顔が俺の心を癒していく。更にメイド服のパワーも加わり、今ここが世界で一番輝く場所となった。俺の独断と偏見だけどな。
というわけで早速二人で店の中に入っていく。端から見るともしかしたらカップルと思われているかもしれない……ことは絶対ないな。風見さんがメイド服を着ているので、絶対どこかのコスプレ集団としか思われてないだろう。
店内を見て風見さんが気に入りそうな服を探してみたのだが……全くどれがいいかとかわからん。レディースはメイド服以外見てこなかった故の大きな弊害……まさかここにきてそんな大ダメージを負うとは。
でもさすがにここで、「わからなかった」とは言えんしな……と思っていた時、俺の視界にあるものが入った。
「これは……」
俺が目を付けたのは、目の前のマネキンがつけていた黒いスカートだ。足元まであるようなロングスカートで、柔らかい素材でできているのか若干フリルのようなものを感じた。
そしてその瞬間、俺の頭にちらついたのはもちろんメイド服……全く、どこに行っても俺は変わんねぇな。
「風見さん、これなんかどう?」
「どれ~? んぅ~私もわかんないや、どれが似合うかとか」
「それもそうか……試着する?」
「そうだね。あ、すいませーん!」
試着のため店員さんを呼び、風見さんはそのまま試着室に向かう。ちなみにトップス系はそのマネキンのものを着ることにした。俺が変な組み合わせのヤツを持ってくるよりマシだろ。
試着室付近で他のお客からの視線を耐えること数分。試着室のカーテンが開き、着替えた風見さんが姿を現す。
「どうかな……似合う?」
「お、おう……」
自身の恰好に自信がない風見さんは、ちょっと困惑した表情を浮かべていた。今の風見さんの恰好はさっき選んだ黒のスカートに加え、白のセーターに黒のライダース系のジャケットと、可愛い系よりも美しい系のように写った。
だが似合わないということは絶対にない。素材がめちゃくちゃいいはずの風見さんだから、どんな服を着ても映える見た目に完成している。決して俺の感性がバグってるとかそんなんではないはずだ。
「うん……似合ってるよ」
「そ、そう……じゃ、じゃあ、とりあえずこれ買ってもいい?」
「お、おう、いいぞ」
お互いかなり照れた状態なまま、一旦会計を済ませることにした。この後も店を回るにあたって、メイド服よりはこっちの方が視線も来ないから過ごしやすいだろう……そう思っていた時期が、俺たちにはありました。
レジにてお金を支払い、値札とかも全部外してもらい他の服を探そうとしたとき。店員さんの何気ない一言が、俺たちの羞恥心を貫いた。
「それにしても、仲がよろしいのですね」
「そ、そうですかね?」
「えぇ……同じような色合いをされてますからね。カップルさんですか?」
「「……え?」」
予想外の一言に、俺と風見さんの声がハモる。そしてそのまま自分たちの服装を確認する。
俺の恰好が、黒のパンツに白のTシャツ、あと黒いジャケット。
風見さんの恰好が、黒のスカートに白のセーター、黒のジャケット。
もはやペアルックと疑われても仕方ないくらいのシンクロ具合だった。その事実に今更気づき、俺も風見さんも顔を赤くする。
「お似合いカップルさんですね。お幸せに~」
含みも全くない清々しい笑顔を向ける店員さんに対し、俺たちは軽くお礼を言いお店を後にするしかなかった。もうあの店は使えないな……
お店を出た後の俺たちの雰囲気は、とてつもないほど気まずいものだった。偶然とはいえペアルック同然のような恰好で歩いているのだ。お互い恥ずかしくて顔すら見ることが出来なかった。
このままだと今後の買い物も気まずいものになっちゃうな……何か気の利いたことを言えれば……
ぐぅ~
その音はまさに千載一遇のチャンスだった。流れを変えるならここしかないと!
でもこの音……どう考えてもお腹が鳴った音だよな。俺そんな腹の虫が鳴る方でもないし、もしかして……
「ッ~~~!!!」
その音の正体は風見さん、更に言えば風見さんのお腹から鳴ったものだった。それを聞かれ、風見さんはリンゴかのように顔が真っ赤だった。
そういえばなんやかんやでもう一時回ってるからな。いろいろあって意識してなかったけど、俺も今更になって空腹を覚えてきた。加え今まで空腹に耐え続ける人生を送っていた風見さんにとって、それはもう仕方ないことだ。
「……ごはんにする?」
「……」
無言のまま、風見さんは首を縦に振った。どうやら欲には忠実のようだ。
とは言ってもこの時間からか……もちろんお店自体はやってるけど、この時間から食べるとなると夜に影響が出そうだからな。それに加え風見さんが食べたそうなものと言ったら……
「ちょっと待ってて」
「わ、わかった……」
風見さんに一言残し、俺はその店に向かった。幸いピークは過ぎていて並ぶことなくそれは買えた。ちゃんとお金も支払い、商品を持って戻ってくる。
「お待たせ。はい、コレ」
「あ、ありがとう。これって……」
「そ、クレープだぞ」
俺が買ってきたのは、近くで売っていたクレープだ。女の子ならこういう甘い系の方が好きかなって思った……最近の女子高生事情なんて知らないけど。
ちなみに俺はイチゴと生クリームが乗ったので、風見さんのはチョコバナナだ。
「これが、あの噂のクレープ……」
「どの噂なの、それ……」
「いただきます、はむ……」
俺の質問に答えることなく、すぐさまクレープを食べ始める風見さん。
だが口にした瞬間、風見さんは固まりゆっくりとこっちを向いた。まさか口に合わなかった……
「ッ~~~!!!!!」
なんてことは一切なかった。
初めて口にするだろうクレープの味に、全身から伝わるくらい感動していた。外だというのも忘れ、飛び跳ねながらその美味しさを表現していた。テレビの食レポも任せられそうだった。
とにかく美味しいものを食べ、さっきまでの気まずい雰囲気も消え去るなど一石二鳥だった。俺自身クレープを買ったのは初めてだったが、頑張って買いに行って良かったな。
今もなお喜び続ける風見さんを眺めながら、俺も腹を満たしたのだった。ここのクレープは普通に美味しかったとだけ補足しておこう。
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