1話 増井楓馬の日常
新作始めました。
初めての現実恋愛でございます。よろしくお願いします。
授業終了のチャイムが教室に響き、周りが急に騒がしくなる。時刻が昼の十二時半なだけに、待ち望んでいた昼休みを声にして喜ぶ気持ちもわからなくもない。
教室の前に立つ英語教師もそんな生徒を適当に諫めながら、次回の課題だけを伝えると早々に教室を後にする。ここからが本当の学生の時間だと言わんばかりに、購買に走るなり弁当を持ち寄ったりと思い思いの行動に走る。
そして俺、増井楓馬も、健全な男子高校生として同じような行動をとる……と言われるとそうではない。別に特別な事情があるわけでもなく……ただこの英語の授業によって死ぬほど疲れただけだ。元々文系科目は苦手だし、仕方ないけど。
「やぁ楓馬。元気がないね、購買に行かなくてもいいのかい?」
「疲れてるんだよ。どうせわかってるんなら聞くなよな、壮馬」
机でぐたーっとしているところに、前の席に座る俺の親友が話しかけてくる。
コイツの名前は白金壮馬。煌びやかな銀髪に長身で細マッチョ、加えてイケメン。見た目だけは贔屓のつけようがないくらいの完璧超人だ。黙っていれば学年中から壮馬の争奪戦が始まることだろう。
だが圧倒的イケメンな壮馬には、決定的な欠点がある。
「ふふッ、楓馬のことならなんでもわかるよ……昨晩使った成人向けの……」
「ちょっと待てや! なんでそんなもん知ってるんだよ⁉ 怖すぎるわ!」
「このくらいのこと、ちょっと調べればすぐにわかるよ……この一流探偵、白金壮馬の前では!」
「あ~はいはい。もういいよ……」
壮馬の調査癖に諦めるのは、一体これで何回目だろうか?
超がつくイケメンな壮馬が一切モテないどころか、同性の友人が俺しかいない大きな理由。それがこの、探偵癖だ。
壮馬は子どものころから探偵に憧れているみたいで、高校二年になった今でも壮馬の言動は探偵のそれだった。視力も悪くないのに、賢く魅せるために伊達メガネをかけたりとかな。
そして大事なことだが、白金家は探偵事務所などでもなく一般家庭だ。サラリーマンの父、専業主婦の母、一個下で真面目な妹、そして壮馬だ。どうしてこうなってしまったか、本気で問いただしたいレベルだ。
こんな痛い言動をしている壮馬だが、俺はもちろん家族でさえ、その夢を諦めろとはもう誰も言わない。その大きな理由こそが、圧倒的な探偵としての素質だ。
尾行などはもちろん、個人情報の入手や異常なくらいの我慢強さなど、探偵になるために生まれてきたようなヤツだ。今もこうしてどこから入手したかわからない、俺のプライベートさえも簡単に手に入れてしまうくらいだ。そのすごさはもう、拍手を送りたいくらいだ。
「……それ、絶対俺以外にするなよ」
「もちろんさ。これをするのは楓馬と怜奈だけさ」
「……赤羽さんにもかよ。よく殺されないな」
こういった壮馬の言動に、俺はもう呆れるしかないのだ。
そんな俺と壮馬の出会いは一年前、入学してすぐのことだ。名前が楓馬と壮馬で似ていることから仲良くなり、今もなお親友として付き合っている。
探偵じみたことをしていると聞いたときは驚いたが、それでも俺は壮馬から離れることはなかった。その力で俺の過去のことを知ったときも、「探偵はむやみに秘密を漏らさない、これは信条だ」と言ってくれた。それどころか親身になって俺の相談役も引き受けたりしてくれたのだ。これが俺と壮馬の、固い友情の理由だ。
「あ、そうだ楓馬。次の時間の数学だが……」
「ん? あぁ、そういえば課題が出てたな……」
「お願いだ、ノートを見せてくれ」
「……はいよ」
壮馬の顔がガチだった、まるで依頼を聞き受ける探偵のように。そんないつもの恒例行事に、俺は呆れながらも机からノートを取り出した。
幼少期から探偵のスキルを身に着け始めていた壮馬は、理系科目の成績が死んでいた。情勢を知るための社会系と外国人相手と会話するための英語、それとよく本を読むために現代文。この辺の科目は俺より優秀、それどころか学年でもトップクラスの成績を誇る。
だが理系科目になると話は別。まだ生物はギリギリなんとかなるレベルだが、物理は毎度赤点、数学に関してはテストで一桁より上を取ったことがないくらい苦手としている。壮馬曰く、「肌に合わない」みたいだ。
だからいつも数学の課題等は、俺のノートを写して誤魔化している。俺も結構壮馬に世話になっているから、このくらいどうってことないが。
だがここで、ひょいと俺のノートが誰かによって奪われてしまった。まぁそんなことするのは、一人しかいないが。
「——壮馬。貴方増井君に頼りすぎよ。少しは自分でなんとかしなさい」
「やぁ、怜奈じゃないか……後生だ、見逃してくれると助かる」
「ダメよ」
俺のノートを取り上げ会話に入ってきたのは、俺と壮馬の共通の友人である赤羽怜奈だった。
ふわりと綺麗に仕上がったブロンドヘアに、誰もが目を惹く魅惑的なスタイル、更に美形とこちらも言うことなしの美少女。更に言えばこの青葉学園の理事長の娘に加え、二年に上がったばかりなのにもう生徒会長を務め、次いでに学年二位の成績……まさに完璧超人だ。この学園に通っている人間で、知らない人はいないであろう有名人だ。
実は壮馬と赤羽さんは親同士が仲良しの幼馴染で、子どものころから仲は良いみたいだ。学園でも美男美女コンビで、お似合いカップルとして知れ渡っている……ま、本当は付き合ってなんてないけど。
壮馬経由で赤羽さんと知り合うことになったのだが……この話はまた別の機会にしよう。
「俺は別に良いぜ。普段世話になってるからな」
「……はぁ。増井君は壮馬に甘いよね。放っておけばいいのに」
「ま、親友だしな。困ったときはお互い様だ」
「……楓馬。僕は君という親友を持てて、心から幸せだよ」
「はいはい、言ってろ」
これで何度目かの壮馬の感激を、俺は適当になだめる。同性の友達がほぼゼロだった壮馬にとっても、俺の存在は大きいようだ。それはそれで俺も嬉しい限りだ。
「それでなんで隣のクラスの赤羽さんがここに……ということは?」
「えぇ、増井君のお察しの通りよ……壮馬、仕事の話よ。今すぐ来て」
「……了解。怜奈のためならね」
その言葉に壮馬は一瞬で元に戻り、真剣な表情となる。
壮馬の探偵としての能力を高く評価している赤羽さんは、度々こうして壮馬を連れ出し頼み事をするのだ。しかも高校生のボランティアでするようなものではなく、凄くガチな案件だ。
でも壮馬は決して断らない。探偵としての力を買われている赤羽さんには、壮馬自身も感謝していると言っていた。その期待に応えないはずがない。
「ごめん楓馬。今日は一緒にお昼を食べられないようだ」
「いいよ、仕事だろ? 俺に気にせず行ってこい」
「……ありがとう、楓馬。それじゃあ行こうか、怜奈」
「えぇ。壮馬を借りるわ、増井君」
「壮馬は俺のものじゃねぇよ」
そう言って二人は教室を後にした。多分生徒会室で食事をとりながら、仕事の話をするのだろう。
だがそんな事情を知らない周りのクラスメイトたちは、今の光景を見ただけではただのカップルの逢瀬にしか見えないだろう。俺の目には、信頼し合うビジネスパートナーの関係にしか見えないけどな。
さ、残された俺に変な質問が来る前に、俺も昼飯を調達しに行きますか。この時間ならもう空いているだろうし。
鞄からスマホと財布を取り出し、俺は教室を出ようとする。だが出口付近で、ある女子生徒とぶつかりかける。
「きゃッ……あ、ごめんね。増井君」
「あ、大丈夫です」
俺が寸前で気づいたことで、その女子生徒との衝突は免れた。向こうは急いでいたのか、軽く謝ったのち、すぐに教室に入り自分の席に向かっていた。
それにしても、よく俺の名前知ってたな。クラスでも目立たない方なのに……そして俺は向こうの名前を知らない。男子生徒は名前だけ記憶しているが、女子生徒はまるで覚えていない。それこそ覚えているのは赤羽さんくらいだ。
これには別に深い理由はない。女子生徒と話すことがほとんどなく、覚える必要性がないから覚えていないだけだ。学園生活を送る上で、絶対に必要なことでもないので問題ない。
向こう側に何もないのだけを確認し、俺は早々に教室を後にした。
あと2話あがっています