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『不幸は続く』という言葉は真実だったらしい……。

「なんだ、こら! やんのか!?」

「上等じゃねぇかよ!!」

 右を見れば昼間から酔った鎧を身にまとった屈強な冒険者らしき男達が剣を交えて取っ組み合いをしていて、

「あら、このネックレス素敵だわ!」

「お、姉ちゃん、お目が高いね! 実はそれ、昨日仕入れたばかりなんだが、隣の国じゃ大人気って話しだ! どうだい? 姉ちゃんなら可愛いから安くしとくぜ?」

「あら、嬉しい」

 左を見れば、大きな尖った耳を持つ美少女エルフがアクセサリー店で買い物している。

 ビジネススーツ姿に手にはビジネスバックという現代日本ではありふれた、しかしこの場では浮きまくりの格好の青年・黒崎ミズキ。

 当初はいきなり見覚えのない場所に動揺していた彼だったが、時間の経過とともに徐々に落ち着きを取り戻し、その格好のせいで自らが周囲から奇異の目にさらされていることに気付くと、とりあえず迅速にその場を退避。今はこうしてスーツの上着を脱いで腕に抱え、ネクタイも外して道の端の方から目立たないように辺り一帯を見渡しているわけなのだが……、

「うん。これ、どう見てもどう考えても異世界って奴だよな……」

 何度見ても、360度どこを見てもそこにはミズキが良く知る風景は広がっておらず。鎧、エルフ、馬車、魔法使い、冒険者等々、むしろ漫画やアニメの中で馴染み深い景色が広がっていた。

「おいおい、俺をこんなところに飛ばしてくれた奴は何考えてんだ? 異世界召喚とかって、相場は高校生だろ? 俺、今年で24歳だぞ?」

 漫画やアニメでは最近よく見かける“異世界転移”やら“異世界召喚”。

 しかし、まさかそれを社会人にもなってから経験するとは……。

「いや、異世界物も最近マンネリ化しつつあるから、斬新さを狙って『ちょっとサラリーマンでも送ってみるか!』っていう気持ちになっちゃったのは分かるよ? でもこれ、明らかに人選ミスだからね? 同じサラリーマンでももっと他に良い人居たでしょうよ!」

 360度広がる100%ファンタジーな世界を見渡しながら、一人でぶつぶつとまだ見ぬ自分をこの場に送り込んだ人物へ抗議するミズキ。だが一方で、

「でもまぁ、これはこれでよしとするか。丁度元の世界にもうんざりしてたところだったしな」

 納得できかねるところはあれど、考えようによってはこの状況、恋人も友達もろくにおらず、元の世界で会社をクビになったばかりの黒崎ミズキにとしては『それほど悪くないな』と思い始めていた。というよりすっかり異世界歓迎モードになっていた。

「元の世界で思い残したことなんて特にねぇし、何よりこの異世界の方が楽して稼げそうだしな。というか既に稼ぐ方法も考えてあるし」

 最小限の労力で大金を稼ぎ、あとは適当に遊んで暮らす。願わくば家事全般を進んでやってくれる可愛い彼女やメイドと共に。――異世界でのそんな生活を夢見てニヤリと笑みを浮かべながらそう呟いた彼は、自身のワイシャツの胸ポケットに入っていた“それ”を取り出した。

 スマートフォン――電話でありながらメールや写真、動画、インターネット等など、それ一つであらゆることができる現代人には必須の万能ツール。しかし、どう考えても中世ヨーロッパレベルの科学技術しかなさそうなこの世界には無縁のもの。――そんな物が彼の手には握られていた。

「電波は……まぁそりゃあ圏外だよな」

 画面の右上を確認すると、そこには“圏外”という文字が。

 しかしミズキに落胆した様子はなく。

「異世界ものの漫画とかラノベでありがちなインターネットを使った“知識チートで大活躍!”なんて展開なんて端から期待してないしな。大体ネットが繋がったとしても充電手段も期待できないこの状況下じゃ大して役にも立たんだろ」

 彼が今、スマートフォンに期待する機能は回線が必要なインターネットでも、電話でも、メール機能でもない。というより、スマホの中にある機能を使って何かをしようという発想すらなかった。

 しかし、この元営業マンの男がスマホを利用して大金を稼ごうとしていることは確かで、その方法は至ってシンプルだった。

「多分この世界には無いであろう写真や動画、計算機、ライトetc……。その機能が全てついたこの見たこともない機械。間違いなく相当な額で売れるはずだ」

 おそらくこの世界では唯一無二であろうスマホを金持ちに高額で売りつける――ただそれだけだった。

「ここの連中がどんな価値観を持ってるのかは知らんが、金持ちが珍しい物に興味を持って欲しがるのは万国共通。それに俺の営業トークが加われば……ウシシシ」

 そもそもどんな素人であっても売る相手を間違えなければ高値で売れるであろうこのスマホ。それを元の世界で勤めていた会社でぶっちぎりの成績トップを誇っていた自分が売れば、確実に売値は跳ね上がるはず。――そう考えると笑いが止まらなかった。

「幸いこの世界で使われてるのは日本語っぽいからな。ご都合主義に感謝だ」

 周囲から聞こえてくる会話は全て日本語。言葉が通じて売れる商品もある。性格などは置いておいて、実力だけは自他共に認めるトップセールスに最早障害となる物はなかった。

「あとはこの世界の貨幣価値を覚えて、売り先の目星をつけるだけだ!」

 もう大金はすぐ目の前と言わんばかりに、ミズキはこの世界での自身の輝かしい未来を確信していた。 が、しかし……

「よし、じゃあまずはそこらの店で情報を――」


ピー


「……え?」

 次の瞬間、ミズキのスマホ画面は真っ暗になっていた。

「えっ! ちょっ、ウェイト! ウェイト!! 待てって!! おい!!」

 慌ててスマホの電源ボタンを長押ししたり連打したり、スマホを叩いてみたりと再び起動させるため、あらゆる手段を試みた。が、無情にも彼の手にあるスマホが再び明かりを灯すことはなく……。

「……電池、切れやがった」

 ミズキはガックリとその場に崩れ落ち、スマホは彼の数十センチ前方に転がった。

「――いや、待てよ!?」

 が、しかし、トップセールスマンはいつまでも落ち込まない。

「よく考えたらここは異世界! 魔法もあるみたいだし、もしかしたらスマホを充電できるような魔法があるかも――」

 すぐに前を向き、次にとるべき行動を決めて転がったスマホに手を伸ばす。が……、


キンキンキン


「オラァ!!」

「うおっ!!――あ!」


キン……


 少し離れたところで剣を交えた取っ組み合いをしていた二人の男のうち片方の剣が弾き飛ばされ、天高く舞った。

「「おい! 危ねぇ!! 避けろ!!!」」

 取っ組み合いをしていた鎧姿の冒険者二人が声を合わせて危険を呼び掛ける。

「お、おい! こっちに来るぞ!!」

「キャー!!」

「に、逃げろ!!」

 剣の飛んできた方向にいいた人達はその声に反応し一目散にその場を逃れていき、

「ん? ――え?……!! ちょ、ちょっ、まっ!!」

同じく剣の落下地点付近にいたミズキは両ひざ両手を地面についていたせいで少し反応が遅れたものの、


ザクッ


 まさに間一髪。あと数センチ落下地点がズレていたら、もしくはもう少し反応が遅れていたら、この物語は早々に終わりを告げていたであろう。剣はミズキの項垂れていたすぐ近くに落下したものの、寸前のところで後ろに飛び退いた彼は無傷。

「あ、あぶね――!!」

 思わず全身から冷や汗を流しながらもとりあえず自らの無傷にほっと胸を撫で下ろした。

 が、しかし……、地面に剣の突き刺さった場所を目にしたミズキは思いっきり目を見開いた。

「う、うそだろ……?」

 その視線の先、剣が突き刺さっていたのは厳密に言えば地面ではなく……

「お、俺の、スマホが……」

剣は彼が先程手放してしまった電池切れのスマホに突き刺さっていた。

「おい、テメェら! こんなところで昼間っから剣振りまわしてんじゃねぇよ!!」

「そうよ! 怪我人が出なかったから良かったものの――」

「「す、すみません……」」

 元凶である鎧姿の冒険者二人が街の人達に糾弾されて大きな体を小さくしている中……、

「お、俺の大金が……」

 見たところこの場で唯一の被害者であろう。手軽に大金を稼ぐ手段を失った元トップセールスマンは再びガックリと崩れ落ちていた……。



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