今の世の中、空気読めない奴って大抵排除されるよね……
「チッ、アイツ等、まさか嘆願書まで出しやがるとは……。普通そこまでやるか?」
夜、人通りの少ない道を愚痴をこぼしながら歩く傷心の20代半ばの青年。このスーツはだらしなく着崩し、目は死んだ魚のように濁っている男の名は黒崎ミズキ。
彼がなぜこうもやさぐれているのか。その答えは今から遡ること、一時間前。
『黒崎、お前はクビだ』
つい一時間前、彼は勤める会社の上司からクビを言い渡されていた。
「あー、マジで納得できん」
しかもその理由が同じ営業所のメンバーから提出された“黒崎ミズキ懲戒処分の嘆願書”。
そんなものが提出された主な原因はただ一つ。黒崎ミズキが他人の仕事を一切手伝わず、先輩社員に対して生意気な態度を取っていたからだということは明白だった。
さらに、元々日中の業務時間中にサボっているところを頻繁に注意されていたことも江影響し、ミズキ以外の全員の署名が書かれた嘆願書を上司が受理するのにそれほど時間はかからなかった。
「何が『彼の協調性のなさと怠けた業務態度は職場全体の士気を下げる』だよ! 自分のやる気低下を他人のせいにしてんじゃねぇっつーの!」
日頃の態度から自業自得だと言われても仕方のない部分は多いにあるが、それでも今まで誰よりも良い成績を残し続け、入社2年目で営業成績は常にトップ。
賛否両論はあるにせよ、『そんな誰より結果を残して会社に貢献している人間をクビにするとかあり得ねぇ!』という彼の主張も分からなくもない。
「営業中のサボりなんて誰でもやってることだし、何ならお前らもやってるだろうが! ていうか、誰よりもちゃんと成績残してんだから文句言われる筋合いもねぇっつーの!!」
ミズキ以外人気はまるでなく、車も通れないような狭い路地で一人ヘイトを吐きまくるミズキ。
「ていうか、どいつもこいつもチームワーク、チームワークうるせぇんだよ! あんなのただの仲良しごっこだろ!? 俺一人の方がよっぽど結果残して会社に貢献してるっつーの。結果も残せず貰う給料だけはクソ高い役立たず共なんかに言われたくねぇよ」
ふと足元に転がっていた空き缶を力一杯蹴り飛ばすと、空き缶は残っていた中身を飛ばしながら数メートル転がっていき、カランカランという音を静かな夜道にむなしく響きわたらせた。
「あーあ。やっぱり仕事とか俺には向いてなかったな。あぁ、マジで真の勝ち組はニートだわ。働いたら負けってのは本当だったんだな……。仕事とか二度としたくねぇ……」
営業成績は毎月トップ。客からの評判もすこぶる良かった。任された仕事はほぼパーフェクトな結果を残してきた。――それでも、日本人が大好きな“協調性”や“空気を読む力”、“勤勉さ”といった要素が欠けているだけで忌み嫌われクビになる。そんな現実に彼本来のダメ人間的な部分が漏らすミズキ。
「あー、いっそ、“別の世界にでも生まれ変わりてぇ”」
別に本気で言ったわけではなかった。特に深い意味はなく、何かを狙ったわけでも、ましてやこれから彼自身の身に起こる展開を期待してのことでは断じてなかった。いわゆる冗談交じりというものに他ならない。
だが……、その言葉を乾いた笑みを浮かべて空を見上げながら呟いた直後、彼――黒崎ミズキの運命は大きく変わった。
「――うわっ!何だ!?」
突然、強烈な光が彼を包んだ。
その強烈な光はしばらく続くと自然に消えていったのだが……、光がおさまった後、そこに黒崎ミズキという人間の姿は一切なかった……。