プロローグ~一流の営業スキルと多額の借金を持つろくでなし――それが黒崎ミズキ~
「――お買い上げありがとうございます!」
数日後。同じ喫茶店の同じ席で商談する二人の男。
その席に座るうちの片方はここ数日間毎日同じ。もう片方の顔だけが日替わりとなっていた。
「おう! これで今度こそサリーを落としてやるぜ!!」
そして、ここ数日毎日この同じ席で日替わりの男と商談している青年――黒崎ミズキは今日も先日ギルダに売った“パーフェクト・ディフェンダー”の販売に成功していた。
「ええ。頑張ってください。僕も陰ながら応援してますので」
この街ではやり手の商人でも月に数個売れば上出来とも言われるこのレアアイテムを、前日までの数日間で既に4つ売っていたこの青年は、席を立ち、営業スマイルでついさっき5つ目を買ってくれた客を見送った。
そして、客の背中が完全に見えなくなったのを確認すると、さっと席に座り直し、
「ふぅ……。やっぱ最初の契約相手……ギルダだったっけ? 値引きする代わりに出した条件が予想以上に効いてるな」
ギルダに1万円もの値引きをする代わりにミズキが出した条件、それは――『割引する代わりに何人か、あなたの知り合いでこの商品に興味がありそうな方の情報、教えてもらえませんか?』というもの。
別に紹介した相手に商品を買わせなければいけないというものではない。ただ、”買うかもしれない人”の情報をミズキに教えるだけだ。
しかし、ミズキにとってはそれだけで十分。
「顧客の情報が事前に分かればそれだけで商談の成功率は飛躍的に上がるからな。その情報を労力なしで得られるんなら1万の割引くらい安いもんだぜ」
その後は貰った情報を駆使しながら臨んだ商談は大した苦労もなく連戦連勝。
現代日本では詐欺集団なんかが金を払って不正に売買する程の価値があるのが顧客情報というもの。そんな強力なアイテムが1万程度でくれたのだから、ギルダには感謝してもしきれないだろう。
実際に当初の計画では半月くらいかかると思っていたアニーとの契約が本日をもって完了しているのだから、その効果は実に覿面だった。
「これで依頼主との契約も無事クリア。売り上げの半分を貰う契約だからっと……うちの取り分は11万強か。今回はまぁまぁの稼ぎだったな」
周りの客からの白い視線など気にも留めず、本性をさらけ出し、ニヤニヤしながら今回の稼ぎを指折り勘定する男が一人。商談していた時の爽やかな笑顔はどこへやら。悪代官のような笑みを湛えていた。
「よし、金も入ったことだし、アイツがいないうちにパーッと行くか!」
上機嫌で鼻歌混じりにミズキはメニューを開いた。
「うーん。ボリューム重視でいくか、はたまた高級食材重視でいくか……悩みどころだな」
普段は食べることのできない肉料理メインにメニューを吟味し、
「よし、決めた! ここは質・量共に妥協無し! 今日は豪勢に行くぜ!!――すみませ~ん、店員さん!!」
元気一杯に店員に向かって手を挙げた。
「はい、お待たせいたしました。ご注文をどうぞ?」
だが、しかし……
「じゃあ、この羊肉のステーキを2人前と、シチュー、それから――」
「すみません、店員さん。その注文、全てキャンセルでお願いします」
ミズキの注文が店員に通ることはなかった。
店員、ミズキ共に同時に突如現れた声の主の方を振り向くと、そこには一人の小さな少女が腰に手を当て立っていた。
見た目から年齢は12、13歳といったところだろうか。透き通るような長めの銀髪に白い肌、そして、ツリ気味の大きな瞳に白い長めのワンピースという清楚な服装。そして何より150センチも無いくらいの小柄な体型。そんな彼女を一言で評価するとしたら“真面目で小さな美少女”という言葉が妥当だろう。
「え? あ、あの……、お客様?」
「ん? なんだリアか。そんな目くじら立ててどうした?」
「『どうした?』じゃないですよ! 何稼いだお金で一人だけ贅沢しようとしてるんですか!!」
「何だよ、お前も欲しいなら素直にそう言えよ。ちゃんとお前にも一口わけてやるから」
「そういうことじゃないですから! ていうか、何で一口だけなんですか! そもそもそのお金は私の物でもあるんですからね!!」
「……え?」
「いや、『え?』じゃなくて! 何『初耳です』みたいな顔してるんですか!」
実はこのしっかり者の少女、ミズキの店で働く唯一の店員。
「大体借金まみれのウチに、この店でまともなメニューを注文できるだけの経済的な余裕があるとでも思ってるんですか!?」
「まぁまぁ、そう固いこと言うなって。ほら、よく言うだろ? “腹が減っては戦はできぬ”って」
「なるほど。ということは、ボディーガード役も担ってる私の方が食べるべきですね。ミズキさんはどうせ戦なんてしないんですからお腹減らしたままでも大丈夫ですよ」
この漫才のような言い合いも二人にとっては日常茶飯事。だが、
「あ、あの……、お客様……?」
当然ながらこの女性店員はそんなことなど知る由もなく。注文を待つべきか、それとも放置して下がっていいものか、迷ってオロオロ。と、そこへ……、
「おいおい聞き捨てならねぇな。何が『ボディーガード役も担ってる』だって? “ボディーガード役”の出番なんて店開いて以来一度もないんだが? 雑用係の間違いだろ?」
「少なくともミズキさんよりは毎日仕事してますよ! そもそもボディーガード役としての出番が無いのはミズキさんが――」
「おい、お前ら一体誰の許可得てこの店で騒いでんだ?」
「て、店長!!」
「「!! マスター!!」」
振り返ると、そこには顔に大きな傷のある強面の大男が立っていた。
「ほら、お前もこのバカ共の相手はいいから他のお客さんのところ行ってくれ」
「は、はい!」
強面店主の登場により、ようやくこの場から解放された女店員はほっとした表情を浮かべると、深く一礼してその場を去って行った。
「ったく、お前らは。毎日毎日ロクな注文せずにうちの店を商談場所に使いやがって。その上うちのウエイトレスの仕事邪魔してんじゃねぇよ。妨害料金取るぞ、この野郎」
ちなみにこの強面店主とミズキ達二人も顔なじみ。二人にとってこの店主は“毎日廃棄寸前の食材を無料で提供してくれる、なんだかんだで面倒見の良いおじさん”だ。
「いやぁ、うちの雑用係が迷惑かけたみたいですまんな」
「ちょっと、何シレッと私だけのせいにしてるんですか」
「まぁまぁ、落ち着けって。今日の“マスターから貰った食材を店まで運ぶ係“は俺がやってやるからさ」
「おい、何どさくさに紛れて今日もうちの食材貰う前提で話してんだよ。この物乞い野郎が」
「またまたぁ~。そんなこと言って、本当は嬉しいくせに~」
「よし、決めた! 今日は絶対やらん! 何がどれだけ残ろうともお前なんかに恵んでやるもんなんてねぇ!」
「すみません調子に乗っておりました。どうか卑しいワタクシめにも御慈悲を……」
「チッ! 次生意気なことほざきやがったらマジで恵んでやらねぇからな」
「ま、マスター、もしかして私も――」
「勿論リアさんの分は別だぜ? 当然だろ?」
「さすがマスター! うちのダメ店主とは器の大きさが違います!!」
「そうだろう。そうだろう。リアちゃん、このバカのところが嫌になったらいつでもウチの店に来ていいんだぞ?」
「ありがとうございます!」
「おい、何差別してんだ。この怪力ロリ――」
「よし、余った食材は全部リアちゃんに渡すことにしよう」
「すみません。ちょっと口が勝手に動いてしまいまして。どうかその広いお心でご容赦を!!」
と、そんないつものようなやり取りを、強面店主が調子に乗ったミズキの土下座で一旦締め、
「まぁいい。これ以上客を待たせるわけにもいかんしな。――黒崎、今日はお前に客だ」
うしろのカウンター席の方を親指で指した。
「は? 俺に客? 依頼人か? ったく、今日はもう働きたくないってのに。勘弁して――」
「ほら、あそこだ」
「「!!」」
ミズキは面倒臭げに、リアは自身には関係ないと思いつつ何気なく、店主の指差した先に目を向け……、そこにいた人物に二人揃って目を見開き言葉を失った。
「よう。黒崎の旦那とリア。久し振りだな」
「「ざ、ザレク(さん)」
カウンター席の一角からミズキとリアに不敵な笑みを投げかける、店主にも負けず劣らずのガタイを持つ男・ザレク。ミズキとリアはこの男のことを嫌という程知っていた。
「……いいか、リア? お前がアイツを引きつけてる間に俺はこの場から退避。お前もアイツを気絶させ次第退避して店の外で合流する――この作戦でいくぞ?」
「了解です。それにしても、こんな場面で全く迷うことなく堂々と年下の女子を残して自分だけ先に逃げようと決断できる男なんてミズキさんくらいじゃないですか? 逆に尊敬しますよ」
「おいおい、やめろよ。お前が俺を褒めるなんて、明日は雪でも降りそうだな」
「安心してください。100%皮肉なので。明日はきっと快晴ですよ」
そんなやり取りを小声でしながら臨戦態勢に入る二人。
しかし、このガタイの良い男がこれから二人にしようとしていることは別に悪いことではないし、それは二人とて重々承知。むしろどちらが正しいかと問われれば、大体の人間がザレクを支持するであろう。
「旦那。毎回毎回俺を攻撃しようとすんのやめてくれません? 俺はただ借金を返してもらいに来てるだけだ。アンタらがここ最近かなり稼いでるって話を聞いてやって来ただけなんすよ」
「チッ、無駄な情報通め」
「まったく耳ざといですね」
借金返済の催促にやってきたザレクとそれを実力行使の強行突破で逃れようとしているミズキとリア。 ミズキ達の方が間違っているのは火を見るよりも明らかだった。故に、
「よし、リア! 作戦開始だ!!」
「はい!!」
「おい、黒崎。言っとくが、俺は返せねぇわけでもねぇのに借りた金を返そうとしねぇような不義理な奴にタダで食い物恵んでやる程甘い男じゃねぇぞ?」
「「なっ!」」
事情を知っていてまともな人間は大抵ザレクの味方。この店の店主とて例外ではなかった。
「当然だろうが。返せる余裕がねぇならまだしも、返せる余裕があるのに返そうとしねぇ奴の味方なんてできるわけねぇだろ」
「くっ! ザレク、テメェ、マスターを買収しやがったな」
「旦那が前回実力行使で借金踏み倒そうとしてきたからだろ!――ほら、今月分の3万、さっさと出してくだせぇよ」
「ミズキさん、もう観念しましょう……」
「ぐっ……!!」
結局ミズキは渋々ザレクに3万バリスを手渡した。しかし、
「確かに3万バリス。残り817万もこの調子で返済頼むますぜ?」
ザレクから最初に借金したのが約1か月前。無利息という条件にも関わらず、生活苦から当初800万だったミズキ達の借金残は減るどころかむしろ増えてきており、未だ800万バリス以上。
この調子では一生かかっても完済できないのは誰に目にも明らかだった。
「ほ、ほら、ミズキさん! 頑張って借金完済目指しましょう!!」
「くそぅ……。なんで俺がこんな目に……」
そんな絶望的でお先真っ暗な現実に頭を抱えながら、ミズキはつい1カ月程前の出来事を思い起こしていた。――そう。彼が“初めてこの世界にやってきた日”であり、“隣で気まずそうにしながら必死にミズキを励ましている少女と初めて会った日”のことを……。