エピローグ
約1週間後。
ザレクとの一件を片づけたミズキとリアはというと、街の中心や露店街からは少し外れたところにある小さな古い店にいた。
「いらっしゃいませ~! 商談代行屋へようこそ~!1」
中からは元気で可愛らしい少女の声が聞こえてくるこの店の名は、”商談代行屋”。
自分達で物を作って売るのではなく、依頼人の代わりに交渉や商談、商品の販売などを行うサービスを提供している。
商品を仕入れたり作ったりするための資金が無かったための苦肉の策ではあったが、ミズキが元の世界で培った営業スキルや知識、交渉能力などを存分に生かせるという観点からすれば決して悪い案ではなかった。
だが、
「なぁリア。お前毎朝ビラ配りに行く前にその客が来たときの挨拶練習やってるけど、意味なくね? 店開いてから客一人も来てねぇじゃん」
店を開いて既に数日経つが、未だ客はゼロ。まさに“閑古鳥が鳴いています状態”が続いていた。
「何言ってるんですか! 毎日ビラ配りまくってるんですから、そろそろいつお客さんが来てもおかしくないんですよ!? その時のために練習しておくのは当然じゃないですか!」
「ほ~、まぁ別に俺はどっちでもいいんだけど」
「というよりミズキさんの方こそ挨拶の練習しておいた方がいいんじゃないですか!? 毎日毎日ソファの上でだらしなくゴロゴロしているだけじゃないですか! 私がビラ配りに行ってる間にお客さんが来ることもあるんですよ!? いきなりお客さんが来てちゃんと接客できるんですか!?」
「心配すんな。俺は実戦派だ。いざとなったらちゃんとできる」
「私、こんな心もとない『心配すんな』は生まれて初めてですよ……」
今日もいつも通りソファに寝そべり怠けまくっている店長をムーっと頬を膨らまし腰に手を当てながら注意する店員の少女。
その姿はまるで休日の昼間っから家でゴロゴロしている父親を注意する娘のようだ。
開店以来未だ客が来ないのは店の立地が悪いのもあるが、このダメ店長のやる気の無さが原因の一端であることは誰の目にも明らかだった。
「そもそも毎日働いてるの、私だけじゃないですか! ミズキさんもたまにはビラ配りとか客引きとか手伝ってくださいよ!! この物件もザレクさんの口利きでタダで譲ってもらいましたけど、毎日生活してるだけでお金はかかってるんですからね!? このままじゃ一生借金返せませんよ!?」
「いやいや、そんな多少頑張ったところで完済できる額じゃねぇだろ? 返済期限も無いみたいだし、無理せずゆっくり少しずつ返済してく感じでいいんじゃね?」
借金総額800万バリス……この気の遠くなるような金額は元々怠け癖のあるミズキのやる気をなくすのには十分過ぎる額だった。
「いや、それでもこのままじゃ借金減らすどころか日に日に増えていくばっかりで――」
「それに俺の仕事は依頼人が来てからだろ? 依頼人を連れてくるのはお前の仕事……あんだすたん?」
「何なんでしょう、この男。喋っているだけで自然と拳に力が入ってきました」
確かに元はと言えば自分の借金が原因だということは重々承知している。それどころか、借金がある上に被差別的な存在である自分を受け入れてくれたことには大きな感謝の念を抱いている。
だが、それを踏まえても、ここ最近の目の前の男の態度は看過できるものではなかった。
それでも、なんとか言い聞かせようと奮闘するリアだったが、このふざけ口調の絵にかいたようなダメ男にまるで応じる様子はなし。そんな残念な雇い主の姿に少女のイライラは遂に限界に達し、
「こうなれば実力行使あるのみです」
「まぁそんな感じだから今日もビラ配りはお前一人で――うわっ!」
「ほら、グチグチ言ってないでさっさとビラ配り行きますよ?」
「ちょっ! 待てって! 首締まってる! 首締まってるって!! ちょっとリアさん!?」
ミズキを強引にソファから引きずりおろしてそのまま首根っこを掴むとそのまま出入り口の方へ。
即右ストレートを食らわされなかっただけでも、ミズキは幸運だと思うべきだろう。
「問答無用です。働かざる者食うべからず。働かないなら今日はごはん抜きにしますからね」
「はぁ!? お前何雇われの身の分際で偉そうに! 何勝手に決めて――」
「いいですね?」
「……はい」
立ち止まり、振り返りざまに力いっぱい握られた右拳、そして赤く光る鋭い眼光を目にしたミズキには、最早『はい』以外の返事は許されていなかった。
「分かればいいんですよ、分かれば!」
「あぁ……俺のマッタリスローライフが……」
従順になった店長の姿に満足げなリアに引きずられながら、遠ざかっていくソファに力なく手を伸ばす。
しかし、その光景は第三者から見ると、おそらく楽しそうで、微笑ましく見えたことだろう。
魔力ゼロ、特別な武器も能力もなし、体力も最低ランクでヤル気もなし。その上多額の借金まで背負い 金もなし。そんなナイナイ尽くしの異世界生活。
そんな中でミズキが唯一手に入れたものは、それは仲間だった。
ミズキにとっても、そしてリアにとっても人生で初めてできた仲間という存在。
だからだろう。互いに決して口には出さないが、気の遠くなるような額の借金があったり、くだらないことでいがみ合ったり、迷惑を被ったり、イライラさせられたりしつつも、二人がどこか楽しげに見えるのは……。
「さぁ、今日こそお客さんを見つけますよ!!」
「あぁ、今すぐ日本に帰りてぇ……」
口ではそんな心にもない愚痴をこぼしつつ、黒崎ミズキは生まれ故郷である日本から遠く離れたこの異世界で、初めてできた仲間と共に新たな“営業マン生活”をスタートさせた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
とりあえずここで一旦完結とします。
感想などいただければ嬉しいです。
続きは気が向いたら第2章、第3章という形で執筆していく予定ですので、
よろしくお願いいたします。