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プロローグ~”営業マン”の商談~

「すみません、ギルダさん。お忙しいところお時間いただいて。この街屈指の冒険者のあなたにどうしても紹介させていただきたい商品がありまして」

 翌日。昨日と同じ酒場のとあるテーブルにはミズキとリア、そして昨日アニーと商談をしていた冒険者の大男・ギルダの三人が。

「何? あの変わり様! あの男ちゃんと礼儀正しくできるんじゃん!!」

 そして、それを少し離れた席で窺っているのは女商人のアニー。

 自分と話していた時とはまるで別人で、礼儀正しく爽やかな笑顔を向ける“営業モード”の青年に驚きと抗議の視線を向けている。

 そんな中、肝心の商談の方はというと、

「黒崎だっけ? あのよ、俺もそこまで暇ってわけじゃねぇんだ。悪いが興味ねぇ話だったら即帰らせてもらうからな」

「ええ。勿論それで構いません」

 昨日に引き続いての商談に若干不機嫌を覗かせるギルダに対し、終始爽やかな笑顔で応対するミズキ。 そんな二人のやり取りを安心しきった表情で見ているリア。

「まぁいいわ。“営業の基本”とやらを見せてもらおうじゃない」

 そして、アニーがその様子を窺う中、

「今日ご紹介したい商品というのは、こちらです」

「ん? おい、これって……」

「“パーフェクト・ディフェンダー”です」

 テーブルの真ん中にその商品はコトっと置かれた。

「やっぱりな」

「あれ? もしかして既にご存じでした?」

「ああ。つい昨日別の商人に紹介されたばっかりだよ」

 置かれた商品の名称を聞いたギルダは当然ながらため息。そして、

「その商品についての説明なら昨日散々聞いたが俺には必要ねぇものだ。悪いが最初に言った通り、さっさと帰らせてもらうぜ」

 時間の無駄だと言わんばかりの呆れた表情を浮かべたギルダはすっと席を立った。

 しかし、それを目の当たりにしてもミズキに慌てる様子はまるでなく……。

「なるほど。ということは、そのアイテムが女性へのプレゼントとして今密かに人気だということもご存知ですよね?」

「え?」

 立ち去ろうとする男に向けて余裕たっぷりの笑みを投げかけた。

「あれ? ご存知ありませんでした? この“パーフェクト・ディフェンダー”、今女性冒険者へのプレゼントとして徐々に話題になってきているんですけど……」

「はぁ!? 女性冒険者へのプレゼントだぁ? おいおい。お前こそ知ってんのか? こりゃあどんな攻撃でも一回だけ無効化できるっていうバカ高いアイテムだぞ!? そんなのが何でプレゼント何かに――」

「まぁまぁ、一旦席に座って落ち着きましょう。他のお客さんに迷惑になってしまいますよ? ほら、ちゃんとそこら辺もご説明しますので」

「お、おう」

 そう諭され、ギルダは周りの客からの視線に気まずさを感じながら言われるがまま再び席についた。

 そんな彼に、最早先程までの不機嫌で威圧的な大男の姿はどこにもなかった。

(よし、ここまでは完璧だ)

 それを見て決して表情には出さないが、内心では思わず笑みをこぼすミズキ。

 そう。ギルダが“女性へのプレゼント”というワードに異様な食いつきを見せたのは、何もプレゼントとしての用途を知らなかったからだけではない。女性へのプレゼント――それが今の彼にとって、どんな物よりも最優先で探す必要のあるものだったのだから。

(想像以上の食いつきっぷりだ。どうやら恋人のプレゼント選びに苦戦中って情報は確かだったみたいだな)

 実は昨日、アニーから詳しい話を聞いた後、ミズキとリアはターゲットであるギルダのことを徹底的に調べていた。

 同じパーティーに最近付き合い始めたばかりの恋人がいること。その彼女がもうすぐ誕生日を迎えること。そして、恋人への初めての誕生日プレゼント選びにギルダが苦戦しているということ。等々……。

 ミズキ達はギルダ本人とギルダの周囲のことを可能な限り調べ上げ、使えそうな情報をピックアップした上で今回の商談に臨んでいたのだ。

(営業の基本その①事前に顧客のことを調べ、相手が興味を示しそうな切り口で提案すること。――あとでアニーに伝えてやらないとな)

 このギルダとのやり取りを近くでみているはずのアニーを気遣う余裕を見せつつ、ミズキは商談を進めていく。

「この“パーフェクト・ディフェンダー”効果はさっき仰ってた通りなんですが……、ギルダさん、この高価な使い捨てアイテム、あなたなら一体どんな場面で使います?」

「え? そりゃあ強いモンスターとかと戦っててピンチになった時じゃねぇのか?」

「はい。仰る通り。例えば、ある時森の中で自分達よりも強力なモンスターに出くわしてしまった時。なんとか隙をついて逃げようとするけどなかなかその隙が作れず苦戦。恋人を庇いながら必死に戦うあなた。しかし、それもいつまでもは保たず、遂にあなたは立ち上がれない程のダメージを負ってしまう。そんな中、不意打ちで放たれたモンスターの強力な一撃があなたの恋人を襲う。助けたい! でも庇おうにもあなたは満身創痍で立ち上がることしかできなくて……。その瞬間、あなたは思う! もし彼女の手元にこの“パーフェクト・ディフェンダー”があれば!――ってね」

「な、なるほど……」

「万が一の時、彼女を守るお守りに! 『お前のことは俺が守ってやる! たとえ自分が力尽きようとも、決してお前は傷つけさせない!!』――愛する彼氏からそんな熱いメッセージと共にこのプレゼントを貰ったら……あなたの彼女はどう思いますかね?」

「おう!!」

 ミズキが熱く語り終え問いかけてると、そこにはどんどん目の輝きを増していくギルダの顔があった。

(ぶっちゃけメッセージはちょっと臭いし、使用例も冷静に考えればツッコミどころ満載だが、問題ない。別に俺は嘘を吐いてるわけでもないし、商品を買わせちまえばこっちのもんだ。営業の基本その②相手が少しでも興味を持ったらそこを重点的に攻め立てて相手を一気に引き込む。――これも後からアイツに教えてやるか)

 言うまでもなく、ギルダがロマンチック系のプレゼントを探していたことも、彼の恋人がロマンチックな言葉に弱いことも調査済み。

 ここまで、怖いくらいにミズキの思い通りの展開になっていた。

(これで王手。まぁ、ここまで食いついてくれればあとは詰将棋みたいなもんだ)

「いかがですか、ギルダさん?」

 そして、ミズキは最後の仕上げに取り掛かる。そして、

「兄ちゃん! いいよ、これ! このアイテムをプレゼントにするって案、すげぇいいよ!!」

「そうですか、それは良かったです」

 つい数分前まで徹底拒否の姿勢を貫いていた男の姿はそこにはなかった。

「それでなんだが……。兄ちゃん、このアイテム、いくらなんだ?」

 体を乗り出し小声で価格を尋ねるギルダの顔は真剣そのもの。心なんて読めずとも、彼が『欲しい……!! 頼む! 少しでも安くあってくれ!』と心の中で叫んでいるのは明らかだった。

(ま、そりゃそうなるわな。――さて、アニーの奴からは2割引きまでならって言われてるが……ただ値引きするだけってのは芸がないよな)

「はい、1個5万バリスになります」

「や、やっぱりかぁ……」

 提示したのは昨日アニーが提示した額と全くの同額。

 渋られることは想定済み。ミズキはギルダの反応をしっかり観察しながら金額の落としどころを探っていくことにした。そして……、

「――分かりました。それじゃあ、1個4万5千でどうですか?」

「う~ん……。兄ちゃん、もう一声、なんとかならねぇか?」

「――う~ん。分かりました! じゃあ今回だけは特別ってことで……、4万バリスでいきましょう!」

「よし買った!」

遂に販売が決定。結局最終的には予算内ギリギリの2割引きが落としどころとなった。

「ありがとうございます。それじゃあこちらの契約書にサインを――」

「お、おう。契約書まであんのか」

「ええ。売った後のトラブルはお互い気持ちの良いものではありませんので」

 当初の予算内で“パーフェクト・ディフェンダー”売却契約が成立した。

 だが、ここで終わらないのが“プロの営業マン”の真骨頂。

「あ、ギルダさん。割引したからというわけではないんですが、ちょっと僕からもお願いがありまして……」

「ん? どうしたんだ、兄ちゃん?」

「いえ、別に無理にというわけではないんですが――」

 顔を近づけ、耳元でお願いの内容を伝えるミズキ。

(ただ割引して安く売るだけなら誰でもできる。”一流の営業マン”なら割引した分、しっかり元は取らないとな)

「――おう! それくらいなら全然いいぜ! 任せとけ!!」

「ありがとうございます。そう言って頂けると心強い限りです」

「では、今の取り決めも契約書に書き加えておきますね」

 そして、リアが今の取り決めを契約書に書き加え、ギルダはその内容をしっかり確認した上で快くサイン。

「それでは、これで正式に契約成立ということで」

「おう!」

 笑顔で握手するミズキとギルダ。そして、それを隣でにこやかに見守るリア。

 こうして今回の商談は大成功で幕を閉じた。

 そんな中、

「アイツ、本当に売っちゃった……」

 少し離れた席にいた依頼人である女商人・アニーは、そんな笑い合う3人の様子を目を丸くしながら眺めていた。

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