ノーを突きつけた二人は、案の定大勢の男に囲まれた
「あ~疲れた。やっと着いたか……。こりゃあ明日は筋肉痛確定だな」
露店街から街中にあるザレクの店へと帰ってきたミズキとリアの二人。
「もう、だらしないですね。たかが数キロ歩いただけですよ? 人に荷物全部押し付けておいて何でそんなに疲れてるんですか」
既にヘロヘロのミズキに対し、ここまで約5キロ程すべての荷物が積まれたリアカーを一人で引いてきたリアは息すら乱れておらず。
「ハッ! お前とは鍛え方が違うんだよ」
「いや、そのセリフ、普通体力無い方が言うべきセリフじゃないと思うんですけど……」
「細かいことは気にするな。そんな細かいことばっかり気にしてるからお前の胸は寂しいまま――」
「ミズキさん? それ以上喋ると顎の骨が砕けることになりますよ?」
「すみません、調子に乗ってました……」
自分の拳をポキポキと鳴らしながら笑うリアの目は全く持って笑ってはおらず、ミズキには素直に謝罪する以外の選択肢は存在しなかった。
「まぁいいです。それより早く報告しないと」
「ああ、そうだったな。それじゃあちゃちゃっと終わらせようぜ」
リンゴ500個完売の報告――ここに来た目的を思い出し早速店の扉に手を伸ばすミズキ。しかし、
「ちょっと待った!」
「ぐへっ!」
リアに襟首を掴まれ強制停止。
「何適当な感じで入ろうとしてるんですか!?」
「は? 別に『完売しました』って報告して事前に言われてた額渡して帰るだけだろ? 何をそんなに――」
「忘れたんですか? 私達がさっき襲われたこと。私言いましたよね? 『多分あれはザレクさんの仕業』だって」
真剣な面持ちで注意するリア。
彼女が懸念しているのは当然この中で待っているであろう男、ザレク。
当然のことではあるが、リアはミズキよりもずっとザレクのことを知っている。
ザレクが自分の思い通りの結果を残すためなら、どんな手段でもとる人間だということを。
「いいですか? 残念ながらザレクさんは完売したからと言って素直に帰してくれるような人ではありません。多分いろいろと難癖をつけてきたり力づくで脅してきたり……とにかく私達がノルマを達成したことを素直に認めてはくれないと思います」
だがしかし、
「だからここは十分に警戒して――」
「悪いけど先行くぞ?」
「!! ちょ、ちょっと!!」
ミズキはリアの話を最後まで聞くことなく勝手に扉に手を掛け、リアはそれを慌てて止める。だが、別に彼も何の考えもなしに入ろうとしたわけではない。
「分かってるよ、そんなこと。でも今の俺達には関係ないだろ?」
「え?」
ザレクが何か企んでいるであろうことはミズキとて百も承知。くるっとこちらを振り返りニヤリ。
「だってこっちには最強のボディーガードがいるんだからな」
「な!? た、確かにそうかもしれませんけど……」
対して、慣れていない上に突然褒められ顔を赤らめリア。
「ま、難癖付けてくるようなら俺が全部論破してやるから気にすんな。その代わり戦闘的なことは全部お前に任せるからな。期待してるぜ♪」
「……もう、知りませんからね!」
ミズキの軽い口調にため息をつきつつもどこか嬉しそうなリア。
「ほら、さっさと行きますよ!」
「はいはい」
ガチャ
そして、二人はリアが先導する形で扉を開き、ザレクの店へと入って行くと、
「すみませーん。契約完了の報告に来ました」
「た、ただいま戻りました!」
「おお、随分ギリギリだったな、お前ら」
中には見るからに高級そうな大きなソファにどっかりと座るザレク。他にはザレクのコレクションと思われる値の張りそうなコレクションがいくつか並んでいるだけ。
てっきり大勢の者をそろえて待ち伏せでもしているのかと思っていた二人は若干拍子抜けしたものの、
(油断しないでくださいよ? もしかしたらどこかに隠れてるだけで後から大勢手下の人達が出てくるかもしれませんから)
(分かってるって)
二人とも決して集中を切らさず。特にリアはしっかり周りを警戒して身構えている。
「おいおい、リア。そんなに警戒しなくても誰もお前らを襲ったりなんかしねぇよ」
「どうですかね?」
「ハッ! まあいい。えーっと、ミズキとか言ったっけ? あのリンゴ、全部売り切ったらしいじゃねぇか」
「ええ、まあ」
(……俺の名前もリンゴを売り切ったことも、本来こいつはまだ知らないはず。それをこうもあからさまにバラしてくるってことは……こりゃあ案の定何か企んでそうだな)
“何かある”――表情には出さずとも、ミズキは心の中で確信した。
「まぁいい。とりあえず、まずはノルマ分の売上金を渡してもらおうか」
ミズキは無言でザレクの下へと歩きだし、ミズキが離れた時に捕まってしまうことを警戒したリアもそれにつき従う。
「どうぞ、言われていたノルマ分です。僕らの取り分はもう抜いてありますから」
「フン、抜け目ない奴め」
ミズキに手渡された金を確認するザレクはそれをざっと数え終えると、懐にしまった。
「OK。ノルマ分、きっちりだ」
リンゴ約500個を約1日で完売――昨日ザレクから出された無理難題は無事完了。
しかし、互いに本題はここからだということは察しており、そんな中最初に切り出したのはザレクの方だった。
「ところで、実は俺もお前ら二人に話があるんだが――お前ら二人、俺の側近として雇ってやる。明日から俺のところで働け」
「「!?」」
大勢で囲まれたり、ノルマ達成にイチャモンを付けられ不当なペナルティを言い渡されたりなどなど……ザレクがこのまますんなりと帰らせてくれないとは思っていた。
だが、このザレクからのオファーは予想外。リアとミズキは思わず目を見開いた。
「おいおい、そんなに驚くことか? 失礼な奴らだな。俺はこう見えて結果を出したヤツはしっかり評価する方なんだぞ?」
一方、そんな二人の様子もザレク側にとっては予想通り。余裕たっぷりに嘲笑う。
「一応お聞きしますけど、ミズキさんだけでなく私も、ですか?」
「ああ、当然だ。そもそも俺はお前のことは前からかなり評価してたんだからな」
わざとなのか、リアの問いに対して胡散臭さ丸出しの口調で答えるザレク。
「報酬についてはまだ考え中だが、二人とも最低でも月に30、いや40万バリスは準備してやろう。それと今現在残っているリアの借金もチャラ。――どうだ? 今現在ほとんど収入の無いお前らにとっては良い話だろ?」
月の最低報酬40万、さらにリアにとっては今までの借金もなかったことに――。
これは、ほぼ大半の人間が不安定な収入でやりくりしているこの世界の中でかなりの高待遇と言えた。
「なるほど。確かにこれは良い話ですね。ですが……」
客観的に見て、リアにとってもミズキにとっても美味しいこのオファー。これを受けた二人の答えは既に決まっていた。
「「この話、お断りさせていただきます」」
別に何か合図を取り合っていたわけではないが、二人は声を揃えてザレクに“NO”を突き付けた。
「……ほう。いいのか、断っても?」
「ああ、勿論」
「はい。そもそも私は今日限りでザレクさんの下を離れるつもりでいますので」
リアにもミズキにも一切迷いは無し。
「アンタの側近なんて微塵も興味ねぇし、そもそも30万だか40万だか知らんが、そんなんで気持ち傾くとでも思ってんの? ぶっちゃけ俺なら最低でもその倍は稼げる自信あるんですけど?」
最早ミズキは敬語も使うことを止め、挑発的な口調で言いたい放題。
だがしかし、
「チッ、がめつい奴らだ。だがお前らの意見なんてどうでもいい。俺が雇うって言ったら雇うんだよ!」
その言葉とは裏腹にザレクは至って冷静。むしろ『これでも計算通り』と言わんばかりの表情。
「――おい、テメェら! 出てこい!!」
大きく吸ってから放たれたその命令に合わせて、
ガチャ
「「!!」」
店の入り口、そして店の奥の方から次々とザレクの部下が現れた。
「別にテメェらの希望なんてどうでもいいんだよ。断るってんなら力づくで契約書にサインさせてやるだけだ」
まさにあっという間の出来事。気づけば二人は20人近くの男達に取り囲まれていた。