ノルマ達成!そして、二人は帰路につく
「よし、それじゃあまずは昨日と今日俺達がやってた“試食販売”と“イベント販売”について一から説明しますよ」
「すまんが宜しくたのむ」
果物屋との商談がまとまり、売れ残りのリンゴと代金の受け渡しを終えたミズキは、契約通り現代日本の販売促進の方法を伝授し始めた。
(あ~面倒くせ。さっさとザレクとかいうオッサンに売上の報告して取り分受け取りてぇんだけど)
心の中では面倒だと嘆きつつもそこは営業マン。いくら彼が普段怠惰で面倒臭がりなダメ人間であっても、約束したこと……契約したことを反故にするという営業マンとしての禁忌を侵すことなど決してなく。
「まず試食販売についてだが――」
具体的なやり方、期待できる効果、注意すべきこと、アレンジの仕方等々……ミズキによる説明はかなり丁寧で分かりやすいものになっていた。
「ホント仕事の時と普段とじゃ完全に別人ですよね……。逆に感心しますよ」
普段の面倒臭がりで屁理屈ばかり言っている優しさの欠片もないダメ男の姿を見ているリアは、そのあまりの変わり様を呆れ顔で小さく皮肉っている。
「他の販売方法にも言えることだが一番の目的は客の注目を集めることで――」
だが、仕事モードに入っているミズキはそんな小言など右から左。結局この後、ミズキによる“現代日本の販売促進活動講座”は1時間以上にもわたって続けられた。
※※※※
「――まぁ、俺から教えられることはこんなところですね。何か質問とかありますか?」
「いやぁ、質問といっても……」
一通りミズキからの説明が終わり質問を求められた果物屋だったが、どうやら説明を聞くだけで精一杯だったようでまだまだ理解しきれていない様子。
(おいおい、ここで『もう一回最初から説明してくれ』なんて言われても時間的に無理だぞ? かといって中世ヨーロッパくらいの文明レベルしかないこの世界で『後で分からないことが出てきたら携帯に連絡ください』なんて不可能だし。ていうか、そもそもまだ俺住所不定だし……)
メモしていた用紙を見直しながら聞くべきことを考えている男を前にし、決して表情には出さずとも、時間を気にして焦るミズキ。
ここからザレクの待つ店までは約30分で、約束の時間までは残り1時間弱。まだ多少時間に余裕はあるものの、今からもう一度ゆっくり解説している程の猶予はない。
(多分手段を選ばなけりゃここから10分くらいで到着できるんだろうが、もうあの地獄の暴走リアカーの世話にはなりたくないし……)
一瞬、『また今朝みたいにリアカーに乗って、それをリアに全速力で引いてもらえば……』という考えが頭を過ったものの、隣にいるリアの顔を見た瞬間、あのジェットコースターなど鼻で笑ってしまうレベルの絶叫アトラクションの乗り心地を思い出してしまい即却下。
(チッ、仕方ない。約束の時間に遅れて変なイチャモン付けられたら本末転倒だしな)
心の中で大きなため息をこぼしたミズキは、
「大丈夫ですよ。一気にいろいろ説明したので一度ご自分の中でじっくり復習してみてください。もし分からないことがあれば、明日またここに来ますのでその時にでも」
(面倒だが仕方ない。日本で営業やってた時も一応アフターサービスはあったしな……)
仕方なく、明日もう一度この場所で再講義を行うと申し出た。
「明日も? いいのか?」
「ええ、勿論」
「すまんな。助かるよ」
(チッ、手間のかかるオッサンだぜ! しゃあない。この際今後のために少しでも恩を売っとくか)
「それじゃあこれ、リンゴ買い取りの代金な。一応確認してくれ」
「――はい。大丈夫です」
「ありがとうな。いろいろ勉強になったよ」
「いえいえ。それではまた明日ということで」
「おう! また頼むよ」
心の中では毒づきつつも、最後まで爽やかな営業スマイルは崩さず。最初の敵意剥き出しの目はどこへやら。満足げな顔の果物屋に見送られてミズキとリアは去って行った。
※※※※
――そして、露店街を出てしばらく……。
「おい、さっさと報告に行かねぇと約束の時間に間に合わねぇぞ?」
先を歩くミズキはやれやれといった調子で振り返り、後方を歩くリアに向かって呼び掛ける。
この男、確かに言っていることはごもっともなのだが……
「ミズキさん? あなたは何回同じことを言わせるつもりですか?」
「あ? なんだよそんなにイライラして。腹でも壊したか? ダメだぞ、腹減ったからってそこら辺に生えてるよく分からん草食ったら」
「違いますよ! 確かにお腹は空きましたけど!!」
「じゃあどうしたんだよ? 言いたいことはちゃんと口に出して言わないと――」
「昨日も今朝も言いましたよ! 何私一人に荷物全部運ばせてるんですか!!」
昨日と今朝に引き続き、またしても荷物一式を乗せたリアカーを一人で引いているリアはほぼ手ぶらで先を歩くミズキに猛抗議。
「え? お前が運びたいからじゃねぇの? いや、何か自然にお前が全部荷物持ってるから」
「運びたいわけないでしょうが! 今だってミズキさんが荷物全部ほったらかしで勝手に先に歩きだしちゃったから仕方なく私が運んでるだけで――」
が、しかし、
「なぁリア。助け合いって大切だと思わないか?」
猛抗議が続く中、突然真面目な顔で質問を投げかけるミズキ。
「え?ま、まぁ、確かに大切だと思いますけど……」
「そうだよなぁ。助け合い、大切だよなぁ」
そんな急な話題に戸惑いつつも答えるリアに、ミズキは『うんうん』とわざとらしく大きく頷きながら同調し、
「――ところで俺は、お前のトラブルに巻き込まれたにも関わらず、大した不満も漏らさずせっせと働き、あの大量のリンゴを実質1日で売り切るという偉業を成し遂げたわけなんだが……どう思う?」
そして、ニタニタしながら大げさな口調で問いかける。
「う、そ、それは……巻き込んだのは申し訳なかったですし、売り切っていただいたことには本当に感謝してますけど……」
「そうかそうか。なるほどなるほど。それならその感謝の気持ちを行動に移してみよう。――とりあえずは荷物運びから――」
「あ~もう!分かりましたよ!このまま私一人で運べばいいんでしょ!? 運べば!!」
結局、そんな下らない茶番劇に嫌気がさしたリアは、半ばやけくそ気味にこの話題を終わらせた。
「いやぁ、助かるよ。やっぱり助け合いっていいものだな」
「……この男、本当に最低ですね」
どの口が言うのか……。
リアがジト目を向けた先には、自分よりも年下の女の子の弱みにつけ込み、正論過ぎる屁理屈をこねて言い負かし、満足気になっている男が一人いた。
(さっきまでの仕事モードに騙されてつい忘れていました。この人が口だけは達者な紳士とは対極に位置するクズ人間だったってことを……)
これこそが黒崎ミズキの本性。この男にこれ以上何を言っても無駄だ――そう改めて思い知らされたリアは思わず頭を抱えて大きなため息をこぼした。
「ほら、さっさと行くぞ!」
「はいはい……」
再び誇らしげに前を歩くミズキとその後ろを呆れつつリアカーを引くリア。
しかし、
(でも、こんなやり取りもこれで最後なんですよね……。そして私は……)
これで最後だと思うと不意に名残惜しく感じてしまい、ミズキの背中を見つめるリアは寂しげな笑みを浮かべていた。