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黒崎ミズキ、異世界で初めての商談

今回少し長めの話になります。

「すみません、ちょっとよろしいですか?」

「……何しに来やがった? 何か用か?」

「どうもはじめまして。向かいの場所で店を出させてもらってました、黒崎ミズキと申します」

「すみません……。同じく向かいの店のリア=オルグレンです」

 仏頂面で出迎える果物屋の中年男に対し、最早嫌味にも感じられる程の爽やかな営業スマイルを披露しながら挨拶するミズキ。

 隣には無理矢理連れてこられ、さらに果物屋の放つ険悪な雰囲気に居心地悪そうなリアが立っている。

「お前ら昨日、今日とかなり繁盛してたみたいだな。まぁ、おかげでうちは散々だったがな」

 敵意を一切隠さず、皮肉たっぷりに喧嘩腰な口調で投げかけ、二人を睨み付ける果物屋。

 だが、果物屋のオヤジがこんな態度を取るのも分からなくはない。

 ミズキ達の登場をきっかけにこの二日間、この男の店の売上は散々。一方で自分が目を覆いたくなるような数字を叩きだしている中、目の前にいる男達は昨日から売上好調。自分の店の客を根こそぎ掻っ攫っていき、今日も景気よく昼前の段階で完売を宣言。こんな状況でとても友好的に接することはできないだろう。

 だがしかし、そんなことなどミズキには全く関係ないものだった。

「いやぁ、実はあなたにお願いがありまして――売れ残ったリンゴ、買っていただけませんか?」

「ちょっ、えぇっ!?」

 爽やかな笑顔を崩すことなく発せられたその言葉を聞き、驚きの声を上げたのは隣にいるリアだった。

(い、いやいや! ミズキさん、あなた空気読めてますか!? こんな険悪な雰囲気の中でこんな悪気のない笑顔で、しかも今日の売れ残り品を売りつけようとするなんて……完全に喧嘩売ってるじゃないですか!?)

 この状況で、しかも今果物屋の店主が一番憎んでいる相手である自分達が、まるで何もなかったかのような態度で『売れ残り品を買ってくれ』――なんて挑発と取られて当たり前。

(ほら、見てくださいよ! このおじさん、さっきりより私達を睨み付ける目が鋭くなっちゃってますよ!? ガンガン殺気が伝わってくるんですけど!? 戦闘力なんて皆無のヒョロ男のくせに、殴りかかられたって知りませんよ!?)

 ミズキの常識はずれで命知らずな言動に、驚愕し呆れるリアだったが、なんだかんだ言っても見捨てることなく、いざという時すぐに止めに入れる態勢に。

 が、そんな彼女の心配は杞憂に終わった。

「――お願いだぁ? おいおい、てめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ? ここまでわざわざ喧嘩売りに来たのか? 殴られたいってなら――」

「何言ってるんですか。僕はただ“商売の話”をしに来ただけですよ」

「――はぁ? 商売の話だぁ?」

「ええ。勿論、あなたにとっても美味しい話です。僕からの些細なお願いを聞いていただければ、この二日間のマイナス分なんてすぐにカバーできますし、今後は今までの何倍もの売り上げ、叩き出せますよ?」

「……」

 "昨日と今日のマイナス分をカバーできる"“今後は今までの何倍もの売り上げを叩き出せる”――その言葉は、それまでミズキ達の話を全く話を聞こうとせず今にも殴り掛からんとしていた店主の動きを止めるには十分だった。

「……ハッ! そんな都合の良いこと言っておいて、結局は自分達の売れ残りをなんとかしたくて必死になってるだけじゃねぇか! だ、大体今日のマイナス分を一日でカバーするってことは、明日一日で二日分の売上を稼ぐってことだぞ? そんなの出来るわけねぇだろ!」

 だが、勿論これで即了承とはいかないことは百も承知。

(まぁ、さすがにそんなに簡単には納得しないか……。このおっさん、見るからに頑固そうだもんな。このまま相手が折れるまで気長に待つこともできるが、それよりこういう相手はには――)

「まぁまぁ。出来るかどうか話を聞いてから判断して頂ければいいので」

(こういう相手にはまず下手に出つつ、プライドを傷つけないように気を付けながら冷静に断る理由を無くしていくのが一番)

「ハッ! 俺はお前の不確かな話に付き合ってやれる程暇じゃね――」

「当然お客さんが来たら話は中断しますし、店が忙しくなったら話が途中でも帰りますし……なんなら忙しくなったら店の手伝いもしますよ?」

「一応僕らもあなたには申し訳ないと思ってるんですよ。いくらこちらにも事情があったとは言ってもそちらの店の売上に大きな影響を出してしまったのは事実なので……。なのでそのお詫びも兼ねてってことで、この美味しい話もあなたに一番最初に持ちかけたんですが……」

「……くっ」

 このまま怒りに任せて目の前の男を殴って追い返すべきか……、一旦冷静になって一度ちゃんと話を聞いてみるべきか……。――ミズキの話を聞くにつれ二つの感情の狭間で葛藤が強くなっていく果物屋店主。

(お~迷ってる迷ってる。ここまでの俺に対する怒りとかプライドとかが邪魔してるが、もうひと押しだな)

「どうです? お話だけでも。当然話を聞いて気に入らなければ即追い返していただいて構いませんし」

「……分かった。ただし話を聞くだけだぞ? ちょっとでも気に入らない部分があったら途中でも帰らせるからな」

「ええ、勿論それで大丈夫です」

(最初に相手が無視出来ない程のメリットをちらつかせ、そこから下手に出つつさり気なく相手から拒む理由を取り除く。そして仕上げに『話だけ』『断ってもいい』っていう言い訳を用意してやる――やっぱり、初対面の相手やこっちを毛嫌いしてるような奴に商談を持ちかける時はこの方法が一番手っ取り早いな)

 “試食販売”や“イベント開催”などなど、販売を促進させるための知識も当然豊富なミズキだが、彼が現代日本の会社で“営業成績№1”の座を欲しいままにしていた一番の理由はこの商談の上手さにあった。とりわけ相手の心を読んでいるかのような駆け引きは誰もが舌を巻く程のものだった。

「それでは早速本題にいきましょうか」

 と、それはさておき早速話は本題へ。

「まずこちらのお願いはさっきも言いましたがここにある売れ残りのリンゴを買っていただくこと」

 そう言って持って来ていたリアカーの中を開示。中にはおおよそ50個程のリンゴが。

「その話なんだが、お前らさっき自分達で『完売です』って言ってたじゃねぇか。それなのに売れ残ってるってのは――」

「勿論わざとです。一般のお客さん相手じゃそれなりの値段でしか売れませんからね。僕らもボランティアで美味しい話を提供するわけじゃないので」

「チッ……」

 フッと笑うミズキに『やっぱりそういうことかよ』と舌打ちする果物屋。

「??」

 一方で二人の会話の意味するところが全く読めず、一人だけ頭の上にクエスチョンマークを浮かべるリア。

「それで、いくらでそのリンゴを買わせるつもりなんだ?」

「そうですねぇ。1個700バリスでどうですか?」

「なっ!? 700バリス!?」

 ミズキの提示した金額に驚きの声を上げたのは果物屋……ではなくリアの方だった。

(え? 1個700バリス!? 私の聞き間違いじゃないですよね!? だって、さっきまで私達同じものを1個120バリスで売ってたんですよ!?)

「1個700って、私達が売ってた価格の……えーっと……うーんっと……」

(えーっと、2倍だと120+120で240だから……えーっと……)

「……6倍弱だな。リア、お前店の会計で計算ミスってねぇだろうな?」

 『うーん、うーん』と唸りながら顎に手を当てて悩み続ける少女の計算音痴っぷりに呆れるミズキ。

「だ、大丈夫ですよ! 多分……」

「まぁいい。ミスってた分はお前の取り分から引いとくからな」

「そんな、非道な!!」

 一方、果物屋はそんな二人のやり取りなど完全スルーで鋭い眼光をミズキに向ける。

「――まぁ安心してください。当然あなたにとっては1個700バリス……いや、確実にそれ以上の見返りがありますから」

「御託はいい。で? その肝心の見返りってのは何なんだ?」

「まぁまぁそう焦らずに。見返りの内容を話す前に一つ確認です」

「あ?」

「あなた、今日どうして昨日僕達がやり始めた“試食販売”、マネしてたんですか?」

「っ!!」

 不意に“パクリ”を指摘され、男の顔には焦りの感情が。

「いえいえ、勘違いしないでください。別に僕はあなたを責めたいわけじゃないんですよ。僕はただ単純に、あなたが僕達の考案した売り方をマネした理由が知りたいだけです」

「そ、そりゃあ……」

 言い辛い答えに言い淀む果物屋。しかし、目の前にいる青年は当然お見通し。

「昨日僕達の店が大繁盛だったのを見て『自分も同じ売り方すれば同じように売れる』って思ったから――じゃないですか?」

「っ!――ああ、その通りだよ! 俺もお前らみたいに客を集めたくてマネした! これで満足か!?」

 見透かされたような口ぶりをされて、恥ずかしさを隠すように乱暴な口調で返すが、ミズキはそんなこと全く気にすることはなく。

「そうですか。それならよかったです――今からお話する見返りがちゃんとあなたが求めているものだということが分かって」

「は? どういう意味――」

「実は、売れ残ったリンゴをこちらの言い値で買って貰う見返り――それは、僕が知っている売り方をいくつか、あなたにお教えするってことなんですよ」

「は?」

 不意に告げられた見返りの内容にきょとんとする果物屋。

「今回僕達が実行した売り方は昨日やった“試食販売”とさっきまでやってた“イベント開催”の二つ。ですが、実をいうと他にもお客さんを集めるための策はいくつもありまして……そのうちの数個を今からあなたに伝授するってことです。あ、勿論僕らがやってた“試食販売”と“イベント開催”も一からしっかり教えますよ」

「は? ちょっと待て! あんな効果覿面の策が他にいくつもあるって!? そんなの信じられるわけ――」

「ありますよ。今回みたいに費用がかかるものからかからない物まで、効果の度合いは大なり小なりありますけど、全部それなりの効果はありますよ」

「ハッ! そんなの信じられるわけ――」

「なんなら今から一つ、お試しでお見せしましょうか?」

「え?」

 全く勿体ぶることなく当然のように言われ、思わず一瞬言葉を失った。

「む、無料で、か?」

「ええ、当然です。そうですねぇ。まぁお試しなんでさっきのような爆発的な効果は無いかもしれませんが……“即食販売”やってみましょうか」

「「そくしょくはんばい?」」

 聞いたことのない単語に聞き返す果物屋とリア。

「ま、説明するより実際にやった方が早いですね。――包丁かナイフ、それから皿ってあります?」

「お、おう」

 ミズキは果物屋からナイフと大き目の皿を受け取ると、リアカーからリンゴを取り出した。

(ミズキさん、今度は何をするつもりなんでしょうか……?)

 果物屋は勿論のこと、聞いたことのない販売方法にリアも興味津々のご様子。二人が注目する中、ミズキは黙々と皮を剥き、くし形に切り分けていく。

「よし、準備オッケーっと」

 切り終えた数個のリンゴを盛った皿を手に持ち、店の前へ。そして、

「さぁ、いらっしゃい、いらっしゃい! 今から販売するこちらの既に皮剥きもカットも済んだ美味しい美味しいリンゴ!! 一切れ20バリスだよ~!!」

「「!!」」

 それをそのまま客に向かって売り出した。

「下処理が終わってるからすぐに食べられるよ~! ――お、どうです、奥さん? お子さんのおやつにどうです?」

「え、何? このまま買って食べられるってこと?」

「ええ、そうです! 一切れだけなら歩きながらでも食べられますよ」

「ママ―! 食べたい~」

「もう、しょうがないわね。1個だけよ?」

「やったー! ママ大好き!!」

「まったく現金な子ね……。――すみません、一切れもらえます?」

「はい、喜んで!」

 売り出してから1分足らず。早くも一切れ販売に成功。さらにこれを皮切りに、

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ~! 今すぐに食べられるリンゴ、いかがですか~?」

「お母さん、あれ食べたい!」

「おばあちゃん、あれ買って~」

試食販売の時ほどの集客力はないものの、親子連れの子供を中心に着々と販売を伸ばしていく。

「即食販売……すぐに食べられるようにして売るってことですか。結構効果あるみたいですね」

 そして売り始めてから15分程度。リアがしっかり効果を見せつけるミズキに感心する傍らで……

「一切れ20バリスって、1個丸ごと買った方が安いじゃねぇかよ」

 1個リンゴを8等分したリンゴが一切れ20バリス。単純計算で言えば1個160バリスと割高にも関わらずコンスタントに売れていく様子に目を剥く果物屋。

「別に割高でもいいんですよ。人間高い買い物をするときは損をしないようにしっかり計算する人が多いですけど、小さな額の時はあまり気にしない人が多いんですよ。何せ人間は大なり小なり面倒臭がり屋ですからね」

(よかったぁ、早い時間帯で売れて!! 効果なかったらどうしようかと思ったわ!!)

「どうです? この方法なら多少準備に手間はかかりますけど、試食販売とかイベントとは違って費用はかかりませんし、多少高めに売っても誰も気にしません。――なかなか使えるでしょ?」

 内心冷や汗をかきながらも、そんな様子は露程も出さず。まだ売りかけの皿を一旦置いて、『これは当然の結果だ』と言わんばかりの表情で二人のところへと戻ってきた。

「まぁ、僕がお教えする売り方、全部が全部効果覿面のものばかりとは限りませんが、使いこなせればほとんどの方法でこれくらいの結果は出せると思いますよ」

「ほとんどの方法で、これくらい……」

 ミズキによる実演は効果覿面。

(まぁ実際見せたがためにダメになることもたまにあるし、口八丁で適当に納得させることもできるが、結局これが一番手っ取り早いんだよな)

 商談相手に対する試食や実演……これに関してはミズキに限らず日本の営業マンなら誰でもやっている商談の常套手段。だが、それ故にしっかりやれば誰に対しても一定の説得力を持たせることができる。

 こういった基本の営業も決して疎かにしないのが黒崎ミズキという男の営業だ。

「どうします? リンゴを買って頂けるなら、ぱっと思いつくだけで5つくらいはこういう売り方を一からお教えしますよ?」

「い、5つ!?」

「ここにあるリンゴを全部買ったところでせいぜい3万5千バリスくらい。今後の勉強料だと思えば安い買い物だと思いますけどね」

「だ、だが3万5千バリスってのはさすがに……」

 決断を促されるも、3万5千バリスというのはここで露店を出している者にとっては大金。答えを迷う果物屋。

 だが、ミズキとて昨日、今日と実際にここで露店を出して商売をした身。こうなることくらい百も承知だった。

「……分かりました。それじゃあ僕から見返りの条件を追加しましょう」

「え?」

「まず、僕達はこの商談が成立したら、僕達は明日からここの場所で露店は出しません」

「つ、つまりお前らと直接競合することはないってことか?」

 明日からは客を取られる心配がない。――この2つ日間、散々客を取られてきた果物屋にとって、この条件はかなり魅力的なことだった。

 しかし、ミズキにとっての切り札はこれではない。

「ええ。そういうことです。――それと、価格がネックということなので、今回だけは特別に1個500バリスに値下げします」

「!!」

 果物屋の男が一番気にしていたリンゴの価格――これを1個あたり200バリス値下げ。

「1個500……つまり全部で2万5千バリスってことか!?」

 案の定男の食いつきはかなりのものとなった。

(冷静に考えれば最初の言い値が高過ぎなだけなんだがな……。値下げってのはこうやるもんなんだよ)

 人間の感覚というのは不思議なもので、一度『この金額だ』と認識してしまえば、いくらその価格が高かろうが納得してしまうもの。

 実際、この再提示された合計2万5千バリスという金額もこの露店街で普通に商売しているだけの人間にとっては十分大金。だが、最初の提示と先程の実演、それからミズキ達の実績によって『この話は3万5千の価値がある』というイメージを植え付けられ、実際に購入するか迷っていた果物屋にとって2万5千バリスというのはかなりのお買い得となっていた。

「勿論、これはあくまで提案なので、断っていただいても大丈夫ですよ。――決定権はあなたにあるんですから」

「……分かった、お前の条件を飲む」

 一番のネックを解消した男に最早断る理由などなく、遂に果物屋は首を縦に振った。

「そうですか。ありがとうございます。――それでは契約成立ってことで」

 そう言ってミズキは笑顔で手を差し出し、

「ああ。その代わりしっかり一から教えてくれよ?」

「ええ、勿論」

果物屋の方も立ち上がりガッチリと握手に応じた。

 そして、その傍らでは……。

(凄い……。本当に全部在庫を売った上で、最終的にこんなに儲けを出すなんて……)

 当初は絶対に不可能だと思っていた“完売”というノルマに加え、しっかり自分達の取り分も稼ぎ出すとは――。

 商談を見事に成功させて果物屋の男と握手を交わすミズキの姿をリアは茫然と眺めていた。

(一緒に居ても楽しいし……。もしこれからもこの人と一緒にこうして商売できれば……)

 時に怠けるこの男を自分が叱りつけ、時にくだらないことで言い争い、時に雑用でこき使われて、そして時にこうして格好よく商談を成立させる姿を眺めて――そんな期待の混じった光景を想像しながら……。

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