やはり黒崎ミズキにとって一番の得意分野は商談である
コイントスゲームのイベントを始めてから1時間弱。
「売り切れ、売り切れ~! リンゴ完売で~す!!」
1時間限定というタイムリミットを待つことなく、ミズキによって完売が宣言された。
「あら、もう売り切れちゃったの? 早いわね~」
「え~! 僕もう一回コイントスやりたかったのに~」
客達は口々に惜しむ声を残しつつ、別の店へと散っていき、
「すみません、また宜しくお願いします」
そんな客達に頭を下げながら見送りを終えたリアは、店の片づけをしているミズキの下へと向かった。
「ミズキさん、それでさっき言ってた“この後の商談”ってのはどうするんですか? 完売したのはいいですけど、このままじゃ私達の儲けは勿論、ザレクさんへの上納金すら払えませんよ?」
在庫を完売させて二人に残ったものは赤字。赤字の額だけ見れば大した額ではないものの、あと数時間後に支払わなければならない上納金が不足しているというのは由々しき事態。なぜなら上納金が支払えないということは借金をすることと同じなのだから……。
「さっきも言いましたけど、ザレクさんはいくら少額とはいえ上納金の不足に目を瞑ってくれるような人じゃないですし、噂によると奴隷として売られることもあるらしいんですよ!? 嫌ですよ、私! 奴隷として売られるのなんて!!」
「分かってる、分かってるって」
誤魔化しなど許すまいという勢いで詰め寄ってくるリアを諌めるミズキ。
「まぁ落ち着けって。ほら、お前も疲れたろ? 難しい話は少し休憩してからでも――」
「いいわけないでしょうが! 自分が売られるかもしれない精神状態で休憩なんてしてられるとでも思ってるんですか!?」
が、このままでは最悪自分の身も保証されていないという状況で落ち着いていられる程リアの神経は太くはなく。
「ったく、しょうがねぇな。ちゃんと考えはあるって言ってんだろ? ――ほら、そのリアカーの中見てみろよ」
ミズキはやれやれといった態度で面倒臭そうにリアカーの方を指差した。すると、
「リアカーの中って、何も入って――て、ちょっとミズキさん!? 何ですかこれは!?」
その中を覗いた瞬間、リアはそこに入っていた物に驚愕。
「さっき確かに完売って言いましたよね!? 何でここにまだ残ってるんですか!?」
中に入っていたのは数十個はあろうかというリンゴ。それは本来であればそこにあるはずの無い物だった。
「どうするんですか、これ!! 改めて売ろうにももうお客さんはいないですし、このままじゃ――」
「だから心配すんなって。もう売り先は決めてある」
「……え?」
そんな中、激しく動揺し続けるリアにミズキは自信満々に言って見せ、
「ほら、いるだろ? さっきから俺達の方めちゃくちゃ睨んでるオッサンが」
客の対応をしながらも、その合間合間にこちらを睨み続けている向かいの店の店主の方へと視線を向けた。
「え? もしかして残ったリンゴを売る相手って……」
「ああ、あの果物屋のオッサンに一つ残らず売りつける。――それも俺達の取り分もしっかり残るくらいの値段でな」
そう言ったミズキの顔は悪徳商人のような悪い笑みが浮かんでいた。
「さぁ、商談の時間だ」
商談という一番の得意分野を前にして、彼は臨戦態勢に。そして、意外な商談相手に戸惑うリアを引き連れ、向かいの果物屋へと向かって行った。