客はお得で真新しいものに集まる習性がある
チリン――パン!
親指で宙に放ったコインは高く舞い上がり、数回回転した後落下をはじめ、手の甲へ。
「――さぁ、裏表どっちだ?」
左手の甲を右手で包み込むような形でコインを隠しながら、ミズキは小さな少年に問いかけ、
「う~ん……表!!」
その問いに少年は少し悩んだ後、自信あり気な口調ではっきり答えた。
「本当に表でいいのか?」
「うん! 大丈夫!!」
その答えを聞いたミズキがゆっくり、ゆっくりと右手をずらしていくと、少年をはじめ周囲は若干の緊張感に包まれて……
「――バンッ! 正解は表だー!!」
「やったぁ!!!」
「おぉ!!」
「やったな、坊主!!」
周りの客達も注目する中露わになったコイン。そして、その結果に飛び跳ねながら喜ぶ少年と歓声を上げる周りの客達。
30分ほど前、1時間限定の特別イベントとして始まった“コイントスゲーム”は大盛り上がり。結果は客が勝ったりミズキが勝ったりという状況で、当初リアが指摘した通り利益はまるで出ていないものの、おかげで売り上げは絶好調。そろそろ在庫の終わりが見えようかというところまできていた。
「はい、コイントスゲーム参加希望の方はこちらに並んでくださいー! 最後尾はこちらになります!!」
(売れ行きは絶好調でこのままいけば在庫を売り切るのも時間の問題ですけど……ミズキさんの勝率は6割くらい。やはりこのままいけば昨日の利益以上の赤字が出るのは間違いありません)
そんな中、列の整理と客の誘導をしながらも心配そうに状況を見守るリア。
「――コインは表! 大当たりだ!!」
「やったぁ!!」
(ああ! また負けた!! これで2連敗ですよ!?)
「――残念、コインは裏だ!」
「クソーッ!」
(よかったぁ……。今度はミズキさんの勝ち……)
口には出さずともミズキが勝てばほっと安堵し、負ければ思いっきり狼狽え、勝負終わる度に一喜一憂するリア。
「ママー、もう一回もう一回!!」
「もう、仕方ないわねぇ。あと一回だけよ?」
「わかったー!」
「じゃあすみません、もう1個もらえます?」
「はいよ! それじゃあ申し訳ないけど、また列の一番後ろに並んでもらってくれる?――リア、案内頼む!」
「了解です!――こっちの最後尾に並んでくださいね!」
「はーい!」
「すみません、ありがとうございます」
再チャレンジのためもう一度列の最後尾に移動する少年とそのお母さんを笑顔で案内しつつも実際のリアの心中は全く穏やかではない。
(う~、ミズキさんを信じると決めたものの、やっぱり心配ですよ~。あんなに負けて本当に後から取り戻せるんでしょうね~)
『本命はこの後の商談』――そう言ったミズキの言葉を信じることにしたものの、やはり具体的なプランを何も教えてもらっていない状況で100%信じるというのは難しくハラハラドキドキ。
(ホント頼みますよ、ミズキさん……)
祈るような気持ちの籠った眼差しをミズキに向けた。
※※※※
そんな中、ミズキに対してリアとは別の感情の籠った眼差しをずっと向けている人物がもう一人。
「クソッ……また妙な事始めやがって……!! 今日もウチの客根こそぎ持ってくつもりかよ!!」
こげ茶色の髪を短く刈り上げ、口の周りに髭を蓄えた中年の男――ミズキ達の向かいで果物の露店を出している者だった。
「チッ! さっきまでは昨日アイツ等がやってた試食の無料提供で上手くいってたってのに……」
つい30分ほど前までは周りの店同様、昨日ミズキ達が披露した“試食販売”をマネしたことが功を奏し多くの客で賑わっていたこの店も、ミズキによる“コイントスゲーム”イベントが開催されてからというもの、物珍しさに引かれた客達は次々に彼等の店へと行ってしまい、気付けば男の店の客はゼロ。
客を掻っ攫って行った向かいのライバル店、ミズキ達を睨み付けて恨み節をこぼすことしかやることが無くなっていた。
「仕方ねぇ。本当はこのタイミングでやりたくないが、こっちもこの売り時に何もせずボーっとしてるわけにもいかねぇからな」
しばらくじっとミズキ達を睨んでいた男だったが、『このままじゃダメだ』と奮起し再び客を集めるべく立ち上がった。
「いらっしゃいいらっしゃい! 今から野菜と果物値引きするよー!! 売り切れ終了、早い者勝ちだよー!!」
手書きの値札を書き直しながら、男は大声を張り上げた。
「あら、安売り? ちょっと覗いて行こうかしら」
「へぇ、トマトが1個30バリス……なかなか安いわね」
その効果は抜群。向かいの店でコイントスゲームを見学していた客達が次々やって来た。だがしかし、
「野菜と果物安売りですって。奥さん、ちょっとあっちの店覗いてみない?」
「う~ん、私はいいわ。どうせこの子がこの列から動かないだろうし」
「それもそうね。うちの子も並んでるし、あっちはまた今度でいいかしら」
「そうそう。あそこの店、一日に何回か安売りしてるし、多分待ってればまた安売りしてくれるわよ」
ここで店を出し始めてから早数か月。この中年男がこんな風に客を集めるために一日に何回も安売りしていることを知っている者も少なくなく……。『また後でいい』『また今度でいい』と判断されてしまい、思ったようには客足は増えなかった。
さらに、
「おじさん、このバナナ。この前は1本20バリスだったじゃない! 何で今日は1本25バリスなの?」
「え? いや、そりゃあ1本20バリスで売ってたのは閉店間際だったからで――」
「え~じゃあ閉店間際にまた買いに来るわ」
「は!? ちょっ! 分かった分かった! 今回だけ! 特別に1本20バリスにしとくから!!」
「さすが! そうこなくっちゃ!!」
普段から安売りが常習化していることあり、めざとくさらに値切ってくる客もちらほら。
しかし、ミズキ達に奪われた客を取り戻すには最早多少の無茶は避けられず……。
(クソッ! 閉店間際ならともかく売れ時にこんな無茶な安売りしてたらどんどん赤字が膨らんじまうじゃねぇか!!)
安売りに応じなければ客は寄ってこない。しかし安売りに応じれば利益は減る一方――そんな袋小路に追い込まれ、焦りはどんどん増していき、
「クソッ、せめてアイツ等がもっと離れたところに行ってくれりゃあいいのに……」
せめてもの仕返しだと言わんばかりに、ギリッと再び鋭い眼光を大繁盛で忙しなく働くミズキ達の方へと向けることしかできなくなっていた。
だがしかし、
(お、睨んでる睨んでる)
睨み付けられている張本人、黒崎ミズキにとってはこれこそが本当の狙い。
(いいぞいいぞ~。どんどんこっちを意識してくれ。あのオッサンが俺達の方を意識すれば意識するほどこの後の商談がやりやすくなるからな)
『本命はこの後の商談だ』――その言葉の通り、ミズキはその商談相手である向かいの店の店主の計算通りの様子に内心ほくそ笑み。
「おっ、今回は裏――お嬢ちゃんの勝ちだ!」
「やったぁ!! やったぁ!!」
「それじゃあさっき買って貰ったリンゴは全部無料ってことで」
「ありがとうござます。――よかったわね、サーちゃん」
「うん! お兄さん、ありがとう!!」
「いえいえ、それじゃあお気をつけて」
コイントスを当てて無邪気に喜ぶ小さな幼女とその親を笑顔で見送りながら、
(さて、この仕事もいよいよ大詰め。――待ってろよ、オッサン。すぐにアンタのところに行ってやるから)
一瞬向かいの店の店主の方へと視線をやり、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。




