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物を売る方法は一つじゃない

「もう二度とリアカーなんかに乗らねぇ……」

 二人とも寝坊という非常事態を乗り越えた代償は大きく、未だ日陰で横たわり苦しむミズキ。車酔い、船酔い、飛行機酔い……、この世界で言えば馬車酔いなんかでダウンする人は少なくないが、この広い世界でも“リアカー酔い”で倒れている者は彼くらいではなかろうか。

「あ~気持ち悪ぃ……」

 と、そこへ、

「み、ミズキさん! 大変です! 大変ですよ!!」

店の開店準備をしていたリアが慌てた様子で駆け寄ってきた。

「ミズキさん、ミズキさん! 起きてください、ミズキさん!!」

「なんだ? 残念ながらこの通り、俺はこのザマだ。店の方を手伝いたいのは山々なんだが、この体調不良の状態で手伝ってもお前の足を引っ張るだけで――」

「もう! ごちゃごちゃ言ってないでさっさと立ってください!!」

「ぐおっ! ちょ、急に動かすなって!」

 抵抗虚しく彼女に無理やり手を引かれ、ふらつきながらも立ち上がったミズキ。

「あれ! あれを見てください!!」

「あ? なんだよもう……」

 そして、気だるそうにリアの指示した方向……向かいの野菜屋の方に目を向けると、それはそれは大盛況。しかし、リアが見せたかったのはそれではなく。

「ママ! このトマトおいしい!!」

「あら、どうしたの? トマトはあまり好きじゃなかったはずなのに」

「だっていつものトマトはおいしくないけど、このトマトはおいしいんだもん!」

「あらそうなの? ――すみません、このトマト3つもらえる?」

「毎度あり!!」

「おじさん! こっちは2つ頂戴!!」

「二つで100バリスね」

「ねぇねぇママ! バナナ買って~」

「もう、しょうがないわね。――すみません、2本もらえる?」

「はいよ!」

 店主が子供達やその親に快く、“無償で試食”を提供し、それをきっかけに客達は次々に商品を買っていく。――それは昨日自分達の店で起きていた光景そのままだった。

「……なるほどな」

「『なるほどな』じゃないですよ! あれ、完全にウチが昨日やってた“試食販売”じゃないですか!! しかも相手はリンゴは勿論、果物と野菜をたくさん扱ってるライバル店ですよ!?」

 別に他の店の売り方を真似してはいけないというルールはないが、まさか昨日の今日で、しかも直接的なライバルとなる“野菜・果物屋”が真似をしてくることなど全く頭になかった。

(幸い向こうのお店もリンゴの試食はしていませんが、リンゴ自体は売っています。ウチと大して価格に差は無いでしょうし……。仮に今から私達が試食販売をしたところで、向こうの店のお客さんがわざわざリンゴだけウチの店に買いに来るなんて期待できません……)

 思ってもみなかった展開に歯噛みするリア。しかし、

「まぁ、昨日俺達があれだけ派手に成功させればマネする奴らも出てくんじゃね? 試食販売なんて大して難しくもねぇし」

 そんな中、隣のミズキは大して驚きもせずに、どうでもよさそうに返事するだけ。

「なっ!? そんな他人事みたいに――」

 そして、それは決して強がりでも、はたまた“リアカー酔い”による吐き気でそれどころではないからでもなかった。

「心配すんな。ちゃんと策は考えてある」

 フッと笑いかけるその表情からは大きな余裕が感じられた。

「え? あ、あるんですか!? 他の作戦!?」

「ったく、『え、あるんですか?』って、そんなもんあるに決まってんだろ。ていうか、まだまだ無数にあるわ」

「え、む、無数ですか?」

「おいおい、俺が何年営業やってきたと思ってんだよ。3年だぞ、3年!」

「いや、3年って言うほど長くないんですけど……」

「バッカ、お前、3年って言ったら、中学生は高校生に、高校生は大学生になっちまうくらいの時間だぞ!? 人生におけるゴールデンウィークと夏休みだぞ!?」

「すみません、“ちゅうがくせい”とか“こうこうせい”とか“ごーるでん……”とかよく分かりませんが、とにかく3年間が長い期間だってことはミズキさんの必死な口調で十分伝わりました」

「まぁいい。とにかく俺が言いたいのはこの程度のことで心配すんなってことだ」

 黒崎ミズキ――リアにとっては昨日出会ったばかりの胡散臭い青年。

 だが、彼女は知っている。当たり前のように年下の女の子に重い荷物を持たせたり、すぐに屁理屈をこねたり、すぐに調子に乗るくせに貧弱だったりと普段はすこぶる頼りにならないが、いざというときには頼りになる存在だということを。

「見せてやるよ。現代日本、“一流の営業”ってやつを」

 そうニヤリと不敵に笑う姿に、気付けばリアの動揺は消え去っていた。



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