早起きは三文の徳――つまり、寝坊すると……
翌早朝。空を見上げれば雲一つない青空が広がっており、心地よく暖かな日差しが差し込んでいて、行楽なんかにピッタリの天候となった本日。
「ストップストップストップ~!! マジで無理! 頼むからもう少しスピード緩めろってぇ!!!」
「何をバカな事を言ってるんですか! このままだと露店街のピーク時間に間に合いません!! むしろもっとスピードを上げないといけないくらいですよ!!」
一人の少女は青年と荷物を乗せたリアカーを引きながらデコボコとした道を勢いよく駆けていた。
「アホか! こんな悪道でこれ以上スピード上げたら……うぷっ。ヤバい酔ってきた……」
「もうっ! そんなに言うならミズキさんもリアカーから降りて走ってくださいよ! まぁ、このペースに合わせて走れるなら、の話ですけどね!!」
間違いなく時速40キロ近くは出ているだろう。かれこれ既に10分以上、汗だくになり、リアカーを引きながら男子短距離のオリンピック選手並の速度で駆けるリアと、リアカーの中でそのスピードに伴う揺れに耐えかねグロッキー状態のミズキ。
なぜ二人がこんな状況になっているのか? それは今から15分程前までさかのぼる。
※※※※
「ん、ん~……もう朝ですか……」
昨夜考え事をしていて遅くまで寝つけなかったリアは重い体にムチ打ちなんとか起き上がった。
「……ミズキさんの方はまだ寝てるみたいですね」
そして、未だ隣で爆睡中の青年を一瞥し、眠い目をこすりながら何気なく近くに置いておいた自分の時計を確認してみると、
「……え?」
彼女は時計の針の位置に自分の目を疑った。
「え、えーっと……現在時刻が6時半。露店街の朝のピークが大体7時。そして、ここから露店街までの時間は……!!」
この馬小屋から露店街までは片道約1時間。しっかりと口に出して確認したそのタイムスケジュールは崩壊寸前のものとなっていた。
「ちょっとミズキさん!! 何呑気に寝てるんですか!! 早く起きてください!!」
本日のタイムリミットは午後2時。それまでに残りの在庫を売り切り、売上金を納めなければならず、移動時間も考えれば販売に使える時間は13時くらいまでであろう。
かきいれ時である朝のピークでどれだけ売れるか――それはノルマ達成のための一つの鍵。遅れていいわけがない。
「ミズキさん!! ミズキさん!!!」
「んあ? なんだ?」
「『なんだ?』じゃないですよ! 遅刻ですよ、遅刻!! このままだと朝の売れ時に間に合わないんですよ!! これ見てください!!」
「なんだよそんなに慌てて――って、6時半!?」
無理矢理起こされ気だるそうにしていたミズキだったが、顔の前に差し出された時計を見た瞬間、バッと目を見開いた。
「何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ! 俺朝は弱いし目覚まし時計が無いと起きれない派だから、ちゃんと起こしてくれって言ったじゃん!!」
「そんなこと聞いてませんし、恥ずかしながら私だって今起きたところなんですよ!! いいからすぐに準備して出発しますよ!!」
「ヒヒーン」
「お、おう! 荷物はほとんどリアカーに乗せたままだし、すぐに出発――」
「ヒヒーンヒヒ――」
「「うるせぇ(さいです)!!」」
「ヒッ!」
自分達のせいで起こしてしまった馬に一喝。完全な八つ当たりである。
「よし、とにかく急ぐぞ!!」
「はい!」
「!! おう、お前ら。どうしたんだ? 朝っぱらからそんなに急いで――」
「すまんオッサン!」
「おじさん、お世話になりました!!」
「おわっ!――ったく、気をつけろよ~」
二人は馬小屋の持ち主を押しのけ、勢いよく飛び出していった。
「普通に走っても間に合いません! リアカーは私が引くのでミズキさんは全力疾走でついてきてください!!」
「おう。今日はやけに物分りがいいじゃねぇか。お前も学習して――」
「いいから早く!!」
「お、おう!」
ピークまでおよそ30分。当然片道1時間かかる道のりを普通に歩いていても間に合うはずがない。体力に自信のあるリアが全ての荷物を持ち、ミズキは身軽の状態で全力疾走。
だがしかし……
「はぁ……はぁ……もう無理……もうダメだ……」
「え!? もうですか!?」
冒険者ギルドで受付のお姉さんにお墨付きをもらったミズキの体力ではいつまでも全力疾走を続けるのは不可能。出発から1分も経たないうちに彼の体力は底を尽きた。
「まだ出発してから1キロも走ってないですよ!? 何でそんなにヘロヘロなんですか!?」
「逆に聞くが……ゴホッゴホッ!……何でお前はそんなに平気……なん――」
「ああもう!! こんなやり取りしている時間が勿体ないです!! もういいのでリアカーに乗ってください!!」
「……え?」
「もう、だから!!」
リアは一旦その場にリアカーを停めると、膝に手を付いて立ち止まるミズキの方へとズカズカ近づいていき、
「うおっ!」
「ほら! さっさと乗り込んでください!!」
ミズキの襟首を掴み上げると、そのままリアカーの方へと戻っていき、
「ちょちょちょっ! お前何して――ごはっ!」
「はい! 絶対にリンゴは踏まないでくださいよ!!」
そのままリアカーの中へと放り込み、自分はリアカーを引くためスタンバイ。
そして、数秒瞑目し呼吸を整えると、次に見開いた彼女の目は赤く光っていた。
「よし――それじゃあ行きますよ。荷物を潰さず、振り落とされないようにしてくださいね」
「え? いや、だから――うおぉぉ!!」
困惑するミズキの言葉は完全スルー。そのまま全速力で再び走り出す。
「ちょ、危ない危ない危ない! ちょっとリアさん!? もう少しスピードを――」
「あまりしゃべらない方がいいですよ。舌噛みますから」
何分経っても、石に乗り上げても、カーブに差し掛かってもスピードが落ちることはなく。
「大丈夫です! あとほんの数十分の我慢ですから!!」
「もう……既に……大丈夫じゃないんですが……」
そして数十分後……。
「ハァ、ハァ……間に合いました……」
「……マジで死ぬ」
リアの驚異的な走りにより二人は無事稼ぎ時のタイミングに間に合った。ただ、
「ミズキさん……さすがに私も限界なので……店の準備お願いします……」
「アホか……俺もお前の無茶な運転のせいで、とっくに限界突破――うぷっ!」
ここまで荷物+ミズキが乗ったリアカーを引き人間離れした全力疾走で何十キロも走りまくったリアは勿論、運ばれていただけのミズキも“リアカー酔い”のためグロッキー状態。
「いらっしゃいいらっしゃい!」
「おじさん、これいくら?」
「奥さん! ちょっとうちの商品見てってよ!」
「あら、今日はいつもより安いわね!」
周囲は客で満ち溢れ、周りの店も稼ぎ時のタイミングに気合の入った呼び込みをしている中その場にへたり込むリアとミズキ。
せっかく絶望的な状況から売り時の時間帯に間に合ったのだ。ここでダウンしている場合じゃない!――そんな想いから先に立ち上がったのはリアの方だった。
「……はぁ……仕方ありません。何とか私が準備しますので、あとはお願いしますよ……」
「……おう、任せろ」
「こんな弱弱しくて頼りない『任せろ』初めて聞きましたよ……」
(まぁこんな人でもいざ販売を始めたら頼りになるのは昨日1日で十分分かりましたし、ミズキさんには販売の方で頑張ってもらいましょう……)
未だグロッキー状態が続くミズキにため息をつきながら、フラフラとした足取りで露店の準備をし始めた。
(確か残りの在庫は150個くらい。売り時にも間に合いましたし、ミズキさん考案の“試食販売”を使えば余裕で午前中に売り切れそうですね)
ノルマ達成を確信するリア。しかし……
ゴトッ
「……え?」
ふと聞こえてきた声と目に飛び込んできた光景に少女は思わず手に持っていたリンゴを落としてしまった。だが、それも無理はない。
「いらっしゃい! 甘いトマトの試食やってるよ!!」
「ウチの店はバナナだ! さぁ一度味見してみてくれ!!」
そんなリアの視線の先、向かいの野菜・果物屋では、昨日自分達が始めた“試食販売”が行われていたのだから。




