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眠れない夜

 夜。小屋一面に藁を敷き詰め、並んで横になる二人。

 今日は半日ではあったが露店でリンゴの販売に勤しんだりとかなり忙しい一日だった。

 特にミズキにとっては日本時間の夜に異世界に飛ばされたため、体感時間としては二日分活動していたことになる。異世界という慣れない地で非常に密度の濃い一日を過ごした彼の疲労は既にピーク。床に就いた瞬間に深い眠りについてしまってもおかしくないのだが、

「……寝れないな」

「ええ、寝れないですね」

 かれこれ30分近く。ミズキもリアも全く寝付けずにいた。

「明日、朝早いんだけどな」

「そうですね。早く寝たいんですけどね……」

 ちなみに、残念ながらラブコメ漫画等でよくある“異性がすぐ隣で寝てて、ドキドキして眠れない!!”――なんていうニヤニヤしてしまう展開ではない。

 彼、彼女が眠れない理由、それは……

「ヒヒーン!!」

「だから、さっきからどうしたんだよ! 隣で客が寝てるんだ。頼むから静かにしてくれよ!!」

 隣の小屋から聞こえてくる一人の男の声と一頭の鳴き声。何故か先程からずっと興奮状態が続く馬とそれを必死に宥めようとする馬小屋の主人の声が薄い壁一枚で防音などできるはずもなく、二人の睡眠は妨害されまくっていた。

「おい、お前ちょっとあの馬、力づくで大人しくしてきてくんない? なんなら気絶させてもいいからさ」

「多分そんなことしたら、おじさんから馬の治療費請求されますけど、それでもいいですか?」

「……冗談で言ったんだが、馬を力づくで黙らせること自体はできるんだな」

 二人が馬の調教などという高等技術を持ち合わせているはずもなく、二人にできることと言えば、馬小屋の主人がさっさと馬を黙らせてくれるのを大人しく待つことだけ。

 とはいうものの、スキンヘッドのオヤジが馬を宥め始めてからもう20分以上。早く寝たいけど眠れないし、できることもない。――そんな無駄な時間が続いていた。

「なぁ、もういっそのこと俺を殴って気絶させてくんない? ほら、さっきみたいに思いっきりグーで殴っていいから」

「ちょっと、何一人だけ強硬策使って眠りにつこうとしてるんですか」

「いやいや、お前も思いっきり俺のこと殴れてスッキリできるし、俺は睡眠時間確保できてスッキリできるし、一石二鳥だろ?」

「どこが一石二鳥なんですか。たとえミズキさんを殴ってスッキリしても、その後に待っている一人だけ眠れないというストレスで相殺……いや、むしろマイナスですよ」

と、そんなくだらないやり取りをしている最中も、

「ほら、お前の好きなニンジンやるから! 落ち着けって、な?」

「ヒヒーン! ヒヒーン!!」

隣の小屋は相変わらず。

「マジで日本じゃ考えられん環境だな。俺、今日一日で既に精神的に2~3倍くらい逞しくなった気がするわ」

 そんな状況に嘆息混じりに愚痴をこぼすミズキ。すると、

「日本?」

聞き慣れない単語にリアが反応した。

「んあ? 言ってなかったか? 俺、今日ここに来たばっかりで元は日本ってところに居たんだ。ちなみに“日本”ってのは国名な」

「日本、日本……そんな国聞いたことないんですけど……」

 聞いたことが無いのも当然。何故ならミズキとリアでは文字通り住んでいた世界が違うのだから。

(あれ? そういえば俺が異世界から来たってこと、他人に言ってもいいんだっけ?)

 不意にそんな疑問が頭を過るが、

(まぁいっか。別に禁止されてもないしな。っていうか、俺をここに飛ばしたヤツ、そろそろ出てこいよ!!)

「ああ、まぁ聞いたことないのも仕方ねぇよ。何せ異世界にある国だからな」

「え? 異世界?」

ミズキは迷うことなく、話をしっかり聞くために体を起こしたリアの期待に応えるべく話しはじめた。

「ああ。俺も誰かから説明を受けたわけじゃないから正確には分からんが、俺が元居た世界じゃ魔法やら冒険者やらは一切なかったし、まぁ間違いないだろ」

「え、ちょ、ちょっと待ってください! つまりミズキさんはどこかの遠い国とかではなく、全く別の世界から来たってことですか!?」

「まぁな」

「……」

 何でもないような口調で答えるミズキと突拍子の無い話に理解が追い付かずにいるリア。

「い、いやいやいや! 異世界って、さすがにそれはないでしょう!! もしかして私が騙されやすそうだと思って嘘吐いてますね!? そうはいきませんよ? 私だって――」

「証拠ならこのカバンの中に入ってるから勝手に探ってくれ。多分この世界じゃ見たことない物ばっかり入ってると思うから」

「わっ! ちょっ!!」

 信じようとしないリアの言葉を途中で遮り、ミズキが藁の上に寝転がったまま面倒臭そうに放り投げられたのは彼が日本から持ってきたビジネスバッグ。

「も~何ですか、急に……」

 受け取ったリアはブツブツ文句をこぼしつつも中身を物色。すると、

「……ん? この黒い板みたいなのはなんですか? どうやら壊れているみたいですけど……」

 見たことのない物ばかりが入っているカバンの中から、最初に彼女の目に留まった物はやはりスマートフォンだった。

「ああ。それはスマホって言って、離れている相手と連絡を取ったり、ある程度のことなら一瞬で知りたい情報を入手できる優れものだ。――分かりやすく言うと、念話が博識な奴隷みたいなもんだな」

「た、確かに博識で念話が使える奴隷なんて見たことも聞いたこともないですね……。――ん、これは?」

 次に取り出したものは電卓。特に珍しい機能が付いているわけでもなく、どこの文房具屋でも買えるオーソドックスな物ではあるが、基本暗算かそろばんを使用しているこの世界にはあるはずもない物である。

「それは電卓だ。そこにある数字と記号のボタンを使って自動で数字の計算を行う機械だな」

「へぇ、数字の計算……つまり、私達が使っているそろばんと同じ――」

「まぁ、分かりやすく言うと……う~ん……。え~っと……。そう! とてつもなく暗算が得意な奴隷みたいなもんだ!」

「いや、それそろばんと一緒ですよね? 珍しさを押し出したいのは分かりますけど、わざわざ無理して架空の奴隷を例えに出す必要ないですよね?」

――と、そんな感じでしばらくミズキによる現代日本グッズ解説が続き、

「――なるほど。確かにどれも見たことのない物ばかり。ミズキさんが異世界から来たということも信じるしかなさそうですね」

 数分後。半信半疑だったリアもここまでいろいろと証拠の品を見せられては納得せざるを得ず。

(突然何も分からず、何の準備もなく、知り合いもいないところに飛ばされて……。しかも異世界ということは簡単に帰ることもできないはず……。こんな飄々としてますけど、本当は寂しいに決まってますよね……)

 同時にミズキに対して同情の気持ちを抱いていた。彼女自身、出身地の村から追い出されるような形で誰も知り合いのいないこの地にやってきたという過去があり、知らない土地で孤独に生きていくしかなくなった者同士、とても彼のことを他人事とは思えなかった。

「日本でしたっけ? 早く帰る方法が見つかるといいですね……」

 だがしかし、

「え? 別に、俺はこのまま帰れなくてもいいんだが」

「……え?」

 投げかけた同情の言葉に対して、あっけらかんとした口調で返ってきたそのセリフにリアは思わず言葉を失った。

「い、いやいや! そんなに強がらなくても!! この世界だと何かと不自由みたいですし、それに家族とか友達とか仲間とか恋人とか……元の世界に会いたい人達もたくさんいるでしょう!?」

「会いたい奴? 別にいねぇけど」

「え?」

「親は二人とも既にいないし、友達とか仲間とか恋人なんて最近居た記憶すらないからな」

「……」

「それに働いてたところからは追い出されたばっかだし、正直この世界の方がいいかどうかはまだ分からんが、現状日本に帰りたい気持ちは微塵もないな」

「……」

 次から次へと返ってくる予想外の答えの数々に空いた口が塞がらない状態のリア。だが、

(まだ故郷に会いたい人がいるってところは違うみたいですけど……、なんだが共通点、多いですね)

 両親が既におらず、それまでの居場所を追われ、故郷には帰れる状態になく、見知らぬ土地で孤独に暮らしている――リアはあまりの共通点の多さに驚きを隠せなかった。

(もしかしてミズキさんも何か特別な力を持ってることが原因で仕事場から追い出されたんじゃ……)

「ち、ちなみに、働いてたところを追い出された原因って……聞いてもいいですか?」

 つらい過去をほじくり返すのは良くないと思いつつも、『もしかしたらこの人も……』――そんな想いを抑えられず、遠慮がちに恐る恐る訊ねてみた。

「ああ。別にそんな大した話じゃねぇよ。簡単に言えば、仕事場の奴らとは価値観が合わなかっただけだ」

「価値観、ですか?」

 しかし、ミズキの事情はリア程理不尽なものではなかった。

「別に自慢とかじゃなく、俺は元居た仕事場の中じゃ一番優秀で目に見える結果も残してた。だけど、残念ながらその仕事場……いや、日本って国は“実力”や“結果”より、“助け合い”だとか“空気を読む”だとかを重要視する綺麗ごとばっかりぬかしてる馴れ合い大好きな連中がほとんど。自分で言うのもなんだが俺の性格もこんなんだし、価値観が合わないのなんて当然だろ?」

 ミズキはつい数日前までの記憶を自虐を交えて語った。

「で、でも価値観が違っても追い出されるって――」

 そこまで言いかけてリアはハッとした。

「何言ってんだよ。どこの世界でも人間ってのは大抵の奴が自分と違う人間を敵対視するもんだろ? そんでもって、その相手が自分より弱い立場だったり少数派だと分かれば即排除に動きだす。自分達の正義を勝手に主張して一方的に、当然敵がいなくなるまでな……」

 “自分と違う人間を敵対視する”。“少数派とわかれば排除”。――リアにとっても思い当たる部分が多々あった。

(やっぱりミズキさん、私と似た境遇なんだ……もしかしたらこの人となら……)

 本人の性格、原因、深刻度……いろいろと違いはあれどリアは思った。

 同じような境遇のミズキになら自分の眼について話してもいいのではないか。彼なら眼のことを知っても本当に今まで通り接し、一緒に居てくれるのではないか。と。

「み、ミズキさん。実は……」

 しかし……

「……」

「なんだ? 急に黙り込んで。トイレか?」

「ち、違いますよ!」

 自身の持つ焔眼について説明しようと切り出すも、すんでのところで踏ん切りがつかず、

「んだよ。せっかく心配してやったのに。トイレなら早めに言えよ? いくら馬小屋とはいえ、隣で小便漏らされたら嫌だからな」

「なっ!! 失礼な!! 心配されなくともトイレくらい一人で行けますよ!! というより女の子に対してトイレとか小便とか言わないでくださいよ!!」

「なんだよ、そんな細かいこと気にすんなよ。俺とお前の仲だろ?」

「あの、私達今日知り合ったばっかりなんですけど」

 結局リアは言うべきタイミングを逃してしまった。

「ん? そういえば隣の小屋、静かになったみたいだな」

「そういえば……」

 そして、気付けば二人の就寝を妨害していた騒音問題も既に解決済み。

「よし! じゃあさっさと寝るか!――リア、明日寝坊すんなよ」

「私は朝早い方なので大丈夫ですよ。それより自分が寝坊しないように気を付けてくださいよ?」

 二人は互いに背を向け寝る姿勢に入った。しかし、

(明日、無事にりんごを売り切ったら改めて話そう。でも……)

 自分が秘密を打ち明けた時、果たして隣で寝ている男はどんな反応をするのだろうか?――ついついそんなことが頭を過り、結局リアはこの後夜遅くまで寝つけなかった。



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