美少女と相部屋!――馬小屋で……
「……おい、なんだこれは?」
露店街から歩くこと約30分。ようやく到着した目的地の前で、ミズキは『冗談だろ……?』と言わんばかりの引きつった表情を浮かべながら茫然と立ち尽くしていた。
今日この国……というよりこの世界にやってきたばかりのミズキ。当然ながら今日泊る宿の算段などついているはずもなく。『それなら私に任せてください! 私がタダで泊まれる宿を紹介してあげますよ! 丁度私もそこに泊るつもりですし!!』と自信満々に絶壁のような自身の胸部を叩く少女に案内を頼んだのが運の尽き……。
「いやいや、これどう見ても宿じゃねぇだろ!!」
目の前にある建物はかろうじて屋根はあるものの、広さは1.5畳ほどで一面に藁が敷かれており、扉は下半分までしか閉められないようになっている……そんな部屋がいくつも並んでいた。そう。それは疑う余地もなく、馬小屋だった。
「おい、俺はいつから馬になったんだ!? 見ろ! この華麗なる二足歩行を! 5本ずつしっかりある手の指を!! 体中どこ探しても蹄もたてがみも尻尾もねぇよ!!」
一方、一人目の前の馬小屋に猛抗議するミズキを尻目に、ここまで彼を先導してきたリアはというと、
「おじさん、すみません。今日もここを貸してもらってもいいですか?」
「ったく、毎回毎回。この馬小屋を貸してる俺が言うのもなんだが、こんな小さな女の子が馬小屋で寝泊まりなんて……ホント世も末だな」
「いえいえ! 馬小屋とはいえタダで寝泊まりできてシャワーまでタダで貸してくれる人がいるなんて、まだまだこの世も捨てたもんじゃないですよ!」
「まぁ、シャワーは嬢ちゃんだけ特別だがな。これくらいしなきゃ俺の良心が痛みまくるからな」
この馬小屋の持ち主であるスキンヘッドの男と気さくな感じで挨拶を交わしていた。
「いやいや、何俺を完全無視して常連さん特有の雰囲気醸し出してんだよ! 俺確実に『どっか安い宿知らないか?』って言ったよね!? 断じて『馬小屋紹介してくれない?』とか言ってないよね!?」
「もう、何ですか? 焦らなくても大丈夫ですよ。これから宿屋のおじさんに二人泊れるか聞くところなんですから」
「いや、これのどこが“宿屋”だよ! どう見ても“馬主”だろうが! 何が『私に任せてください』だ! クオリティはともかく、せめて“宿”紹介しろや!!」
当然馬小屋になど泊るつもりのなかったミズキは猛抗議。
「嬢ちゃん、もしかしてコイツも今日ここに泊まるのか?」
「はい。急で申し訳ないんですけど、二部屋空いてませんか?」
「おい! 何勝手に俺も泊る感じで話進めてんだよ!!」
決して裕福だったとは言えずとも、先進国日本でそれなりの生活を送っていたミズキにとって、馬小屋で寝泊まりするなんて耐えがたいことであった。が、
「も~仕方ないじゃないですか。この街の安い宿はいつも露店街が終わる頃にはどこも満室なんですから」
「え?」
「今はお城の修繕とかで街の外からも人が大勢来るので、格安の宿はすぐに埋まっちゃうんですよ。どうしてもちゃんとした宿じゃないと嫌だと言うなら、一泊8千バリスくらいのところならまだ空いてると思いますけど」
「……いえ、大丈夫です」
今あるリンゴの在庫も全て期限内に売り切ったとしても、二人合わせて取り分はざっと2万5千バリス程度。一人当たり1万2千バリスちょっとの収入で、最悪数日乗り切らなくてはならないと考えると1泊8千バリスなどとてもじゃないが払えなかった。
(まぁ仕方ない。明日からは早めに宿を取ればいいし、多分ガッツリ稼げる日も遠くないはず! シャワーも貸してくれるらしいし、野宿よりはまだマシだ。今日一日くらい我慢してやろう!!)
馬小屋での宿泊に納得したミズキ。だが彼、そして彼女にとっての受難はここからだった。
「いやぁ、悪いな嬢ちゃん。残念ながら今日は一部屋しか空いて無くてな」
「「え?」」
他の小屋は全て本来の宿主である馬達で埋まっており、なんと空いているのは一部屋だけ。どちらかが野宿、もしくは二人で一つの小屋を使うしかなかった。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ! ただでさえ狭いこのボロ小屋を二人で使うとか冗談だろ!?」
「そうですよ! こんな狭い小屋でミズキさんと二人きりなんて……激しく身の危険を感じます!!」
胸元を隠し、すっとミズキから距離を取り、ジト目を向けるリア。
「はぁ!? 何勝手にエロい妄想してんだよ? 安心しろ。俺はお前のような慎ましさしかない身体には興味ないから」
「ミズキさん? 一応聞いておきますけど、ここで言う”慎ましい”というのはどういう意味なんですか?」
あっという間に口論を開始する二人。
「まぁまぁ二人とも。落ち着けって。嬢ちゃんも思春期で難しい年頃なのはわかるが、今日のところは兄貴と一緒の小屋で我慢してくれや」
「「いや、俺(私)達兄妹じゃないんですけど」
「え? ってことは、恋人? いや、まぁ今のご時世このくらいの年の差、珍しくはないか」
「「恋人でもねぇ(ありません)から!!」」
「え、お、おう……」
恋人と勘違いされた二人はそれを強く否定。馬小屋のオヤジをたじろがせた。
「おいおい、おっさん。さすがに俺にだって恋人を選ぶ権利くらいあるはずだ!」
「おじさん、世の中には言ってもいい冗談と悪い冗談があるんですよ?」
「あ? お前、何俺の方に問題ありみたいな言い方してんだよ!」
「それはこっちのセリフですよ! ミズキさんの方こそ何で自分に問題が無いと思えるんですか!!」
「まぁまぁ、二人とも。勘違いしたのは悪かったって。でも普通若い男女が二人でいたら兄妹か恋人かと思うだろ?」
「「思わん(いません)!!」」
「す、すまん……」
とても今日知り合ったばかりで、おまけに言い争っている最中とは思えぬ程息ピッタリに否定する二人。
「おいオッサン! 馬小屋で寝泊まりって時点で憂鬱なのに、コイツと共用で一部屋とかありえねぇよ!!」
「それは私のセリフですよ! そんなに文句があるなら隣の小屋で馬と一緒に寝てください!!」
「ま、まぁまぁ……」
「アホか! 馬と一緒って言うならお前の方が適任だろうが!! 体も小さいし馬と一緒でも寝るスペースの確保に困ることはねぇだろ!!」
「し、心外です! 私だってそこまで小柄ではないですよ!!」
「いや、だからお前ら少し落ち着けって……」
何とか宥めようとするオッサンの声など全く届かず、醜い言い争いを繰り広げる二人。
「いいか? 俺の好きなタイプはスタイル抜群で優しくて、俺が働かなくても何も言わずに養ってくれるお姉さんタイプなんだよ! お前なんて圏外もいいとこだっつーの!!」
「なっ! それを言うなら私だって、もっと真面目で優しくて頼りがいのある人がタイプですよ!!」
だが、その言い争いもそう長くは続かなかった。
「ハッ! お前のようなガキを相手にしてくれる男なんて、せいぜいロリコンの変態貴族くらいだよ! そんな妄言吐くならせいぜいその断崖絶壁の胸板を少しくらい膨らませてからに――って、あれ? リアさん? 何で無言で拳ポキポキ鳴らしてんの……?」
「いえ、どうやらミズキさんが私の右ストレートを御所望のようなので」
つい小一時間前の過ちから何も学んでおらず、再びリアにとっての地雷を華麗に踏み抜いたミズキ。そんな哀れな男に、リアは自分の拳を鳴らしながら笑顔でにじり寄る。
「い、いやいや! ほら、冗談だって冗談! イッツァジョーク!!」
「知ってますか? 世の中には言っていい冗談とダメな冗談があるんですよ?」
「い、いやぁ、やっぱり女の子は心の広い子が一番だよなぁ!! 多少の失言は笑って許しちゃう系女子とかマジ最高!!」
「安心してください。今回はちゃんと“理性的に”殴りますから。多分威力もさっきの2~3割くらいですよ」
彼女の自己申告通り、目は全く赤く光っていない。
だが、焔眼の力を使わずともリアの攻撃力はそこらの男性冒険者などより強力。それは彼女が醸し出す空気が物語っており、戦闘なんて全くしたことのないミズキですら直感的に『これはヤバい』と感じており、額からはツーッと冷や汗が。
「ほら、今回は俺が悪かったってことでいいからさ! な? 一旦落ち着こうぜ?」
「私は至って冷静ですよ? それに『俺が悪かったってことでいい』って部分。全然反省の色が見られないんですが?」
「なぁ、お前ら……」
「い、いやいや! それは言葉の綾っていうか、ほら、あれだよ!」
「ミズキさんが全く反省していないということはよくわかりました。それでは――」
「ま、待て! ほら、100バリスあげるから!」
「ちょっと落ち着いて……」
「ほう、なるほどなるほど。私のこの怒りは100バリス程の価値しかないと?」
「くっ!」
この状況を無事に乗り越えるため、怒りの籠った笑みを湛えながら少しずつ近づいてくるリアの怒りを収めようと試みるも全て裏目。
そうこうしているうちにリアはもう目と鼻の先まで来ていて。
「それではミズキさん。歯を食いしばってください!」
リアはニッコリと可愛らしく微笑むと……
「ちょっと待て! まだ心の準備ぐぁはぁっ!!」
本日二度目、リア=オルグレンの右ストレートはかなり力をセーブしたものではあったが、それでもノックアウトとまではいかずとも、ミズキからダウンを奪うくらいには十分過ぎる威力だった。
「ふ~すっきりしました。ミズキさん、これからはちゃんと言葉に注意してくださいよ!――あ、おじさん! 私早速シャワーを借りたいんですが!!」
「お、おう……勝手に使ってくれ」
焔目にならぬように十分気を付けた上で一発お見舞いすることができたリアは満足気に意気揚々とシャワールームへと向かって行った。




