リアの過去
時はリアの幼少時代に遡る。
焔眼保持者――感情が昂ぶったりすると赤く光る眼を持つ者。
この眼を持っている者は元々一般的に高い身体能力を有していることがほとんどだが、目が赤く光り、リミッターが解除されるとそれが数倍に跳ね上がると言われており、リミッター解除時の戦闘力は一人で最低でも一般兵士数百人分と言われる程。
そんな異常とも言える戦闘力のせいか、化け物呼ばわりされることが多かった焔眼保持者たちであった が、かつて先代の魔王を倒した勇者が焔眼保持者だったことが明らかになってからは周囲の目も徐々に変わっていき、今では逆に大半の人々からは畏敬の念をもって接せられるようにまでなっていた。
そんな数万人に一人しかいない焔眼持ちとして生を受けた少女、リア=オルグレン。彼女も例外ではなかった。
生まれて間もなくは両親を失い親戚の家に引き取られるなど不幸もあった。が、焔眼保持者であることが判明してからは一変。当然のように村中の人々からの奉仕を享受し、過剰ともいえる程の愛情を受けるなど、村の宝扱い。
一方、彼女自身もそんな村人たちの期待に応えるように、成長するにつれてその才能もどんどん開花させながらすくすくと成長していった。
「う~!!」
「――ぐあっ!」
「やったぁ! 私の勝ち!!」
「イッテぇ~!! これでまだ6歳とか、焔眼は伊達じゃねぇな」
6歳にして村の大人相手に腕相撲で負け知らず。
「おじさん! 私イノシシ捕まえてきたよー!!」
「おお! 大人でも二人以上いないと厳しいってのに一人でイノシシを狩ってくるなんて、さすがは焔眼だな! 凄いぞ!!」
「えへへっ!」
わずか12歳にして一人で、しかも素手でイノシシを討伐して親代わりの親戚を驚かせ、
「お、おい……嘘だろ……? どうしたんだ、それ?」
「聞いてください! 私遂に野生のジャイアントベアーを倒しました!! ムフッ!!」
15歳で国内屈指の上級冒険者がなんとか勝てるレベルの魔物を単独で討伐し、周囲の度肝を抜いて見せた。
「リアちゃん、すごーい!!」
「この子は将来きっと伝説の英雄になるに違いない!」
「強い上に可愛いし、この村の宝だな!!」
大人から子供まで誰もが彼女の功績を讃え、持ち上げた。
が、当然持ち上げる人間もいればその活躍を妬む人間も出てくる。
「チッ、何が焔眼だよ! あんなの只の化け物じゃねぇかよ!!」
「調子に乗りやがって。全部あの眼のお蔭じゃねぇかよ」
「リアちゃんって、なんか私達とは違うよね……」
「あの眼……なんだか怖いわ。化け物みたいじゃない」
別に彼女が彼らに何かしたわけではない。
しかし、同年代の子供達を中心に、その親や兄弟たち等、リアが年を重ねて活躍する度に否定的な意見をこぼす者は増えていく。
(仕方ないですよね……。実際私がやってきたこともこの眼を持ってたおかげですし……。それにこの眼の持ち主だって昔は“化け物”扱いだったみたいですし……)
しかし、この点に関して言えば彼女が特別不幸というわけではない。
元々“化け物”呼ばわりされていた過去があったせいか、今現在でも焔眼を忌み嫌う者も一定数いる。
それに……出る杭は打たれる――現代日本にもそんな言葉があるように、人間は平均より劣っていたり、突出していたり、とにかく“普通”からはみ出た者を特に理由もなく憎んだり敵視しがち。すべての人から好かれる者などそうはいまい。――リアも陰口を叩かれ傷つきながらも、そこはしっかり理解しており、割り切ろうと必死に笑顔を作っていた。
だがしかし……不運なことに彼女の場合、嫌われる相手が悪かった。
「リア=オルグレン……ちょっと変わった目を持ってるってだけでこのジョシュア様を差し置いてチヤホヤされやがって!! 生意気なんだよ!!」
ジョシュア=タール――リアより2歳年上で、この辺り一帯を治める領主の息子。魔力、膂力、知力などなど、どれも平均より少し高いくらいの平凡な実力しかないというのに、それに見合わないプライドの高さを有し、何かある度に親の権力をちらつかせるこの厄介極まりない少年に一方的に敵視されてしまったのだ。
「父上、あのリアとかいう焔眼の女、この街から追放して頂けませんか?」
「ああ、勿論だ。可愛い息子の頼みだ。すぐに取り掛かるとしよう」
「さすが父上! ありがとうございます!!」
この街での絶対的な権力を握る親バカ領主が動き出してからは早かった。
「ねぇねぇ、今日は何して遊びますか?」
「ご、ごめんね! お母さんが今日からリアちゃんとは遊んじゃだめって……」
「すみません! 今日狩ってきたイノシシを買い取ってもらいたいんですが」
「悪いね。今日は閉店でね」
「ちょっとステータスが良いからって調子乗ってんじゃねぇよ!!」
「そんな気味悪い目でこっち見んじゃねぇよ! 呪われるだろうが!!」
リアと仲良くしている者は徴税を倍にする――そんな命令が領主から出されれば、金銭的な余裕などあるはずもない街の人々は逆らうことなどできず。
今まで良くしてくれていた人達は申し訳なさそうにしながらも去っていき、今まで陰口を叩いていた人間は大手を振ってリアをイジメだした。
(ほとんどの人達は好きでこんなことをやっているわけじゃないですし、逆の立場だったら私も同じことをしているのかもしれません……。でも、それでも、なんで私だけ……。私だって好きでこんな眼持って産まれてきたわけじゃないのに!!)
わずか16歳の少女は毎日誰もいないところで涙を流し、必死にそんな状況を耐えていた。
しかし、遂に数か月後には……
「……え?」
「すまん、リア……。ウチもこれ以上の増税には耐えられん……。悪いが出て行ってくれ……」
「ごめんね、リアちゃん……」
それまで増税されながらもなんとかリアの味方をしてくれていた親戚一家も財政的、精神的に限界に達していた。
慣れ親しんだ家や畑は売り払い、古い物置小屋のような場所で寝泊まりし、日帰りで隣街まで働きに出て多少の金を稼いでも何か理由をつけてはそれ以上の税を請求される毎日。引っ越しも許されず、監視の目が厳しく夜逃げも不可能。
(なんで!? 見捨てないで……!! おじさんとおばさんからも見捨てられたら、私……)
「……分かりました」
そんな状況で苦渋の選択をせざるを得なかった親戚夫婦を責めることなどできるはずもなく、自分の気持ちが飛び出すのを必死に抑え込み、
「いえ……。ここまで育ててくれて、たくさん借金してまで私の味方でいてくれて……本当にありがとうございました。――それではお二人とも、どうかお元気で」
「リア……」
「リアちゃん……」
泣いて謝る二人の家族に、リアは必死に泣き出しそうになるのを堪え、精一杯の笑顔で別れを告げた。
(私のせいで二人には随分苦労をかけてしまいました……。この人達にこれ以上迷惑はかけられません!――当然これからも……)
そして、リアは二人に対するせめてもの罪滅ぼしに、領主に頼み込み、親戚夫婦の借金を全て肩代わりしてから一人街を出た。
(次行く場所でも、その次行く場所でも……、この眼がある限り、私はずっと一人なのかな……)
その後、リアが誰かと行動を共にすることは一度もなかった。