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プロローグ~ダメ男と少女は依頼人をゲットした~

「依頼人、来ないですね……」

「ああ、来ないな」

 明くる日。昨日と同じ酒場のテーブル席にて人を待つ、黒髪のろくでなし男・黒崎ミズキと水色の髪と身長150センチにも満たない小柄が特徴の少女・リア=オルグレンの二人組。

「もう10時半過ぎましたね?」

「ああ。正確に言うと今は10時43分。待ち合わせ時間からは既に40分以上経ってるな……」

「一応確認ですけど、待ち合わせ場所、ちゃんとこの店って伝えましたよね?」

「ああ。というより、待ち合わせ場所を伝えた時、お前も一緒にいただろ?」

「ああ、そういえばそうでしたね……」

 今日は仕事の依頼人と会うべく、午前10時にこの店で待ち合わせしたはずなのだが、待てど暮らせど待ち人は現れず。昨日は店主を交えて騒々しくしていた二人だが、今日は二人揃ってテーブルの上の顔を突っ伏し、意気消沈の様子。

「これ、完全にすっぽかされてるやつですよね……?」

「言うな。言葉にしたら本当に来ない気がしてくるだろうが」

「いえ、どっちにしてももう来ないでしょう」

 そもそも不真面目なミズキだけでなく、普段は真面目なリアまでもがこうして覇気を失くしている理由は一つ。――金がない!兎にも角にも金がないのだ!!

「せっかく久し振りに依頼してくれそうな人が見つかったと思ったのに……」

「これでまたしばらくは毎食こふき芋争奪戦確定だな……」

 どれくらい金が無いのかと言えば、今日食べる物すら買えないレベル。今日の仕事の報酬をガッツリあてにしてつい小一時間前まで『今晩は豪勢に行くぞ!』と意気込んでいた二人は最早見る影もなくなっていた。

「とりあえず晩飯はまたマスターに余り物を貰うしかないな」

「あの、ミズキさん。私もう空腹の限界なんですけど」

「心配すんな。お前はまだまだ成長期。限界なんてすぐに突破できるさ」

「いえ、成長期だからこそ食べ物が必要なんですけど」

 極限の空腹状態に加え、期待していた分だけショックも大きく、そんなやり取りをする二人の目は完全に生気が抜けていた。

 そんな中、

「それで、このマジックアイテムの凄いところっていうのが――」

二人の耳に、すぐ後ろの席で話す男女の話す内容が入ってきた。

「後ろの人、商談してますね……」

「ああ、そうだな……。本当なら今頃俺達もああやって商談してはずだったのにな……」

 二人は乾いた笑みを浮かべながら力なく愚痴りつつも、何となくその商談話に耳をそばだてる。

「あ~いや、悪いけど俺にはこの商品は必要ねぇわ」

「いや、そう言わずに! こんなレアアイテム、なかなか手に入らないんだから!」

 必死にお勧めの商品を売り込もうとする女商人と若干迷惑そうにしながら断ろうとしているガタイの良い大男。テーブルの上には骨付きのチキン等いくつかの料理が並んでいるが、どれもすっかり冷めてしまっていて、この商談が長時間行なわれていることを物語っていた。

「こりゃあどう考えても失敗だろうな」

 少し会話を聞き、フッと力なく笑いながら素直な感想をこぼすミズキ。尤も彼でなくともこの男女の会話を聞いた者のほとんどはこの商談の結末が残念なものになるであろうと感じていたであろうことは想像に難くなかったのだが。

 そして案の定、

「いや、だから――」

「わかりました! 私だって一般の冒険者の方々に金銭的な余裕がないことは分かってます。なのでまずはお試しの特別条件ということで……今回に限り、2割引きにします! これでどう――」

 ガタッ

「何回も言ってるが俺にその商品を買うつもりはねぇ。悪いが他を当たってくれ」

「そ、そんなっ! 待って――」

「それじゃあな」

 しつこく売り込もうとしてくる女商人にしびれを切らした大男は、遮るように席を立ち、引き留めようとする彼女にきっぱりNOを突き付け、そのまま立ち去って行った。

 一方、男が去っていく後ろ姿をなす術なく見送る羽目になった女商人はしばらく呆然と立ち尽くした後、

「はぁ……。またダメだったか……」

しょんぼりと席に座り直すとガックリと項垂れた。

「甘い言葉に誘われて売れない商品大量に仕入れて、結局一個も売れないなんて……、やっぱり私、商人には向いてないのかな……」

 一人で目に涙を浮かべて自身の不甲斐なさに打ちひしがれる女商人。

 対して、そんな姿をこっそりと見学していたミズキとリアはバッと顔を上げると、互いに向き合い無言で頷き合った。

 そして、まさに以心伝心。何の合図もなく二人は同時に立ち上がると、


「すみません、その料理、食べないなら貰ってもいいですか?」

「お姉さん、どうやらお困りみたいですね。もしよければ私達が――って、何言ってんですか、ミズキさん!?」

二人揃って女商人に協力を申し出る――ことはなく……。

「は? ていうかお前こそ何やってんだよ。さっきアイコンタクトって『今出てった男の人、結構料理残してますよ? 要らないなら私達が貰いましょう!』って意味じゃなかったのかよ」

「そんなわけないでしょうが! 今のはどう考えても『この女の人、商談が上手くいかなくて困ってますよ!? これ、依頼獲得のチャンスじゃないですか!?』って意味でしょうが!! 他人の残飯恵んでもらうとか、あなたには人間として最低限のプライドもないんですか!!」

 コンビ歴1カ月。まだこの二人にアイコンタクトというコミュニケーションは早かった。

「はっ! 何がプライドだ。いくらプライドがあったって少しも腹の足しにはならねぇんだよ。いいよ、そんなに嫌ならその余ってるチキンは俺が全部貰うから」

「なっ!! ず、ずるいですよ!!」

 そんな醜く、どうでもいい言い争いを初対面の人の前で披露するリアとミズキ。

 そして、

「ねぇ、あなた達。私に何か用? からかいたいだけならまた今度にしてくれる? 私、今そういうの許せるほど気持ちに余裕ないから」

 只でさえ落ち込んでいるというのに、そんな意味のわからない二人組に絡まれて良い気分の人間なんているはずもなく。キッと敵意むき出しの鋭い目つきで二人を睨みつける女商人。

「す、すみません! 私達そんなつもりじゃ――」

 そんな状況に当然ながら慌てて謝罪しようとするリアだったが、

「まぁまぁ。そんなにカリカリすんなって。商談の失敗なんて俺達が取り返してやるからさ」

 黒崎ミズキ――この男には謝るつもり等微塵もない。

「はぁ? 何も知らないくせに無責任なこと――」

「もし俺達が売れなかったら、俺が買い取ってやるよ。――それでいいだろ?」

 だが、それは『黙って俺に任せておけば問題ない』――という自信故。

 人を小馬鹿にしたような態度の彼に怒りを露わに抗議しようとする女商人の言葉を強引に封殺し、彼はニヤリと不敵に笑ってみせた。

 そして、その不敵な笑みはハッタリや悪戯などとは到底思えず。

「――わかった。とりあえず話を聞いてあげるわ」

 結局彼女は逡巡した挙句、『もしかして彼らなら……』と淡い期待を抱き、試しに彼らの話を聞いてみることにしたのであった。

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