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試食販売始めました!

「いらっしゃいませー。いらっしゃいませー」

 店の前に出て元気よく声を上げるリア。一方ミズキは店番をリアに任せてせっせとリンゴの皮むき&カット作業を担当。

「よし、できた!――おいリア……じゃなくてリアル!」

「リアで合ってますよ! わざわざ言い直してまで間違えなくていいですから!――って、もうこんなに切り終わったんですか!?」

 皿の上には一口サイズに綺麗に切り揃えられたリンゴが山盛り。ミズキはブツブツと愚痴をこぼしながらも、ものの10分足らずで準備し終えて見せた。

「早い……ていうか、ミズキさんって意外と器用なんですね」

「まぁ、比較基準がお前でいいならこの世に不器用な人間なんて数人しかいないだろうけどな」

「私世界屈指レベルの不器用なんですか!? 逆に残りの数人がどんな人なのか知りたいですよ!」

 実はこの男、元の世界に居た頃食品関係の会社でも営業をしていた経験があり、見かけによらずこういった作業は割とできる方なのだ。

 だが、リアにとって重要なのはそんなのことではなく。

「まぁいいです。――それよりさっき言ってた試食販売、でしたっけ? この一口サイズのリンゴを配るだけで本当に売れるようになるんですか?」

 一番はその試食販売とやらでリアカーに積まれた大量のリンゴが完売できるほど売れるのかどうか。“試食販売”というものを見たことのない少女は怪訝な目を向け問いかけた。

 が、それに対してミズキは多くは語らず。

「まぁ、さすがにこれだけで完売まではできないとは思うが普通に売るだけよりは数倍売れるはずだ。それに他にもいろいろ手は考えてあるし。――ま、とりあえず見とけって。俺が“販売の仕方”ってもんを見せてやるよ」

 『黙って見てろ』と言ってフッと余裕の笑みを見せると、試食用のリンゴが盛られた皿を片手に店の前へ。

「さぁ、皆様。リンゴ販売です! 本日は特別に無料の試食もありますよ!! さぁ是非お立ち寄り下さい!」

 そして、爽やかな笑顔を浮かべ、明るく良く通る声で行き交う人々への呼び込みを開始。

「え、あれってミズキさんですよね? 見た目そっくりな双子の弟とかじゃないですよね?」

 何度も何度も目をこすり見直すが目の前に広がっている光景は決して彼女の見間違いではなかった。

 彼女がつい自らの目を疑ってしまったのも無理はない。さっきまで濁った目で口を開く度に憎まれ口を叩いていた男が目の前で一瞬にして爽やか好青年へと変わったのだから。

 しかし、本当に驚くのはここからだった。

 『無料で試食』という聞き慣れないワードを聞いて、一人、また一人と店の前で立ち止まっていくのを黒崎ミズキは逃さない。

「こちらのリンゴ、甘くて美味しいですよ!――そこのお嬢ちゃん、よかったら一つ食べてみないかい?」

 そう言って、店の前を通りかかった親子の子供の方に一口サイズのリンゴが乗った皿を差し出して優しく笑いかけた。

「これ、食べてもいいの?」

 と、お母さんの手を握ったまま、遠慮がちに訊ねる。

「ああ、勿論!どうぞ!」

 少女に笑顔で答え、もう一度皿を差し出すミズキ。

 そんなミズキに警戒心を和らげたのか、少女は嬉しそうに手を伸ばす。

「やったぁ!!」

「こら、ジェシカ! ちゃんとお礼言いなさい!」

「お兄さん、ありがとう!!」

「どういたしまして」

 美味しそうに頬張りながら満面の笑みで愛らしくお礼を言う少女の頭を撫でて笑顔を返すミズキ。

「いや、本当にあの人は誰なんですか?」

 普段の彼を知っている者からすれば、この微笑ましい光景は冗談にしか思えなかった。が、

「すみません。いただいちゃって」

「ママ! このりんごおいしいよ!!」

「もう。この子ったら……」

「はははっ。お子さんも喜んでいただけたみたいでよかったです」

「ありがとうございます。――このりんご、1個いただけますか?」

「いえ、さっきのはあくまで無料試食なので食べたからといって無理に買っていただかなくてもいいんですよ?」

「いえ、この子も気に入ったみたいですし、せっかくなので」

「そうですか。それじゃあ、はい! 1個110バリスになります」

「はい。ありがとうございます」

 リアがミズキの変わり様を気にしているうちにさっそく販売に成功。さらに、

「ねぇねぇ、僕にも頂戴!」

「私もリンゴ食べたい!」

近くで見ていた他の子供達も次々に駆け寄ってきて、

「すみません、この子にもいただいていいですか?」

「兄ちゃん、うちの子にも食わせてやってくれ」

 それに伴い、保護者達も続々集まってきた。

「ええ。勿論大丈夫ですよ。――はい、どうぞ」

「「ありがとう、お兄ちゃん!!」」

 差し出されたリンゴを『美味しい』と喜んで頬張る子供たち。

 そして、そんな様子を見てまた別の客が店の前で足を止めて寄ってくる。

「良かったらお父さんお母さんもいかがですか?」

「じゃあ、一つだけ……」

「悪いな、兄ちゃん」

 そんな状況を見てミズキは心の中でニヤリと笑みをこぼすと、子供だけでなく、その親や集まってきた他の大人にもどんどん試食を勧め、

「すみません、このりんご、2個もらえる?」

「ウチは3個頼む」

「こっちは2個だ」

気付けば店の前には多くの客が集まり、りんごはどんどん売れていく。

「うそ……。ただ一切れ試食配ってるだけのはずなのに……、もしかしたらピークの時間帯よりも売れてるかも……」

 そんな光景を目の当たりにしたリアは、目をパチクリさせて驚きの声をもらすしかなかった。

 しかし、当のミズキにとっては別に驚くようなことは何もやっていない。なぜなら、元の世界でこのようなことは散々経験してきたし、目にしてきているのだから。

 “試食販売”によって客の注目を集め、本来興味を持っていなかった客を引きこみ販売を促す。――現代日本のスーパーマーケットや百貨店などでは当たり前のように行なわれているこの手法。

 元営業マンである黒崎ミズキにとって、この程度のマーケティング活動はほんの基礎的な知識だ。

 しかし、その基礎的な知識でさえ、この異世界では画期的な発想になり得る。ミズキはそれを思い知った。

(あー、営業やってて良かった。これで少しは楽して稼げるか?――それにしても、まさか営業知識が異世界でも役立つとはな。人生分からんもんだ)

 と、そんなことを心の中で苦笑交じりに呟きつつ

「りんご2個ください!」

「お兄さん、りんご食べてもいい?」

「はいよ」

次々やってくる客からの注文を営業スマイルモードでせっせと捌いていき。

(さて、この後はっと……)

 同時に次の策について思案しながらニヤリと笑みを湛えながら周りを見渡し始めた。

 そしてその傍らでは、

「信じられません……」

 小さな水色の髪の少女はこの予想だにしなかった大繁盛に、驚きのあまり未だ茫然としていた。

(黒崎ミズキさん……、もしかしてあの人、実はかなり凄い人なんじゃ……)

 彼女のミズキに対する見方はこの短時間の間に大きく変わっていた。がしかし、

「おい、リアカー! 何ボーっとしてんだ! 暇ならさっさとこっち手伝えよ!」

 それも一瞬。

「だ、だから私の名前はリアだって言ってるじゃないですか!!ここにいる子供達でも2回言えば覚えられますよ!! もう、せっかく見直してたのに……。」

 リアはムッとしながらミズキの下へと駆けつけると、

「よし、それじゃあ、あとは頼んだ」

「……へ?」

肩をポンと叩かれ、言外にバトンタッチを告げられた。

「俺は別にやることがあるから」

「え!? い、いやいや! いきなりそんなこと言われても――」

「しばらくしたら戻るから」

 リアの言葉などロクに聞きもせず、ミズキはリアカーに詰まれたリンゴを数個手に持ちそのまま去って行く。

 だが、そんなことなど客にとっては関係なし。

「ちょっ、ミズキさ――」

「ちょっと! 早くしておくれよ!」

「おい、俺、まだお釣りもらってないんだけど……」

「す、すみません! 只今――」

 対応を急かされ軽くパニックになりながらも一生懸命対応するリア。

「じゃ、頑張れよ」

「いや、『頑張れよ』じゃなくて!――え、嘘でしょ!? ミズキさん!? ミズキさん!?!?」

 無情にも少女の悲痛な呼びかけに応じる声は聞こえてこなかった。




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