営業活動開始しました
場所を移して詳しい話を聞こうとしたものの、近くに静かに話せそうな場所もなく、かといってどこか店に入るような金も時間もなく、結局道中歩きながらいろいろな話をすることにした二人。
「おーい、えーと……レアだっけ? 早くしないと1日終わっちまうぞ」
人通りの多い街中を歩いていた足を止め、ふと後ろを振り返り、少し遅れ気味に後方をついてきている少女に声をかけるミズキ。
「だから、私の名前はリアですってば! リア=オルグレン!いい加減覚えてください!!」
名前を間違えられ、不満顔で返事する少女・リア。しかし、彼女が不満顔なのは、それだけが原因ではなかった。
「――って、何で私一人でリアカー引いてるんですか!?」
比較的小さな荷物を軽々と片手で持っているだけの青年。
片や、ざっと500個以上はあるであろうリンゴを積んだリアカーを一人仏頂面で引く少女。
「言われてみれば……。お前よくそんな重い物一人で運べるな。悪い。驚き通り越して若干引いてる俺がいるわ」
「運ばせておいて!? ちょっと!何後ずさりしてるんですか!!」
リアのツッコミに街行く人々はビクッと思わず振り返った。
「確かに巻き込んでしまったのは申し訳ないと思ってますけど……、女の子に荷物丸投げして恥ずかしくないんですか? 少しくらい手伝ってくれても良いと思うんですけど!?」
リアは頬を膨らませ、ジト目で糾弾。さらに行き交う通行人たちからも『おい、女の子にあんな重い荷物運ばせてるぞ』『ありゃあ間違いなく鬼畜だな』と、多くの非難の声が囁かれている。
だがしかし、黒崎ミズキという男がこの程度のことで動じるはずがなかった。
「いや、でもお前、俺が巻き込まれる前も一人でそのリアカー押してたんだろ? 実際今も一人で運べてるし。それに何より俺は力仕事が苦手でな。ステータス計で測定してもらったら、筋力なんて1だぜ、1。まぁ、ここは適材適所で行こうぜ」
全く悪びれることなくそう答える。
「そもそも“男は力仕事”っていう発想が古臭いんだよ。今の時代男女平等として判断しないとな」
「何が男女平等ですか! どうせ自分がリアカー押したくないだけでしょうが!」
最初はなんだかんだで助けてくれると言ってくれた恩義と、無関係なのに巻き込んでしまった罪悪感から遠慮がちに振る舞っていたリアだったが、何度も目の前の男の屁理屈を聞かされるうちにすっかりそんな気持ちも失せていた。
「当たり前だ。力仕事は数多くある俺の嫌いなものの一つだからな。嫌いな物は、例え相手が女子供であろうと、押し付けれるなら迷わず押しつける。それが俺の流儀だ」
「こ、この男……想像以上に最低ですね……。ついさっきまでこんな男を“救世主”だと思っていた自分をぶん殴ってやりたいです」
二人が知り合ってから30分程。良いか悪いかは別にして、もうリアに遠慮や負い目はまるでなく、ミズキに対してはありのままの態度で接することができていた。
「ところで、今回のリンゴ販売の件でいろいろと聞きたいことがあるんだが」
「……唐突に真面目な話に入りますね。まぁいいんですけど」
何の脈絡もなく今回の本題へと話題を変えてきたミズキに、リアは思わずため息。
「それで、聞きたいことというのは何ですか?」
「じゃあまずはこの大量にリアカーに積んであるリンゴの相場と普通に売ったとしてどれくらい売れるもんなのか教えてくれ」
「うーん。そうですねぇ」
およそ500個のリンゴ。恐らく普通に売っていても期限内に売り切れないだろうことは誰でも分かる。だが、特別な策を打つにしても“普通”の基準を知らなければ有効な策など考えようもない。
(何をやるにせよ、まずは現状を正確に把握する。――営業の基本中の基本だ)
「ここにあるのは一般的な品種ですし、多分相場は1個100~120バリスくらいじゃないですかね」
「なるほど。それで、このリンゴ、普段だと大体どれくらい売れるもんなんだ?」
「うーん。正直私もそれほど詳しくは無いんですけど……普通に露店で一日売って、大体100個くらいですね。調子がいい時は150個くらいは売れるんでしょうけど」
(俺達が売らなきゃならんのが500個。しかもあのキン肉●ンみたな野郎が言うには価格の下限は100バリスまで。パッと思いついた策もいくつかあるが……さて、どの策を使うか)
「ちなみに、この街じゃリンゴって結構頻繁に食うのか?」
「はい。そのまま食べたり、アップルパイにしたり、ジャムにしたり、ジュースにしたりして週に何回も食べる家庭も多いみたいですよ」
「ほう。他には?」
どの策を使うか決めかねる中、リアからもたらされたリンゴの食べ方に興味を示すミズキは、
「他に、ですか……。うーん、あとは焼きりんごとかですかね。作るの簡単らしいですし、おやつで出てくる家庭も多いみたいですね――って、ミズキさん?」
「なるほどな」
続くリアからの回答を聞いてニヤリと笑った。
「あ! まさかミズキさん! もしかして何かいいアイディアを――」
「ああ。実は昨日見た夢なんだけどな」
「このタイミングで思い出し笑い!?」
「毛という毛が全部抜け落ちたツルツルの犬が俺の枕元を走り回ってたんだが――」
「しかもちょっと気になるじゃないですか!! なんですか、ツルツルの犬って!! 犬の最大のアイデンティティであるモフモフ感を無意識のうちに取り上げないでくださいよ!!」
と、二人がそんなやり取りをしているうちに。
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「今日は小魚が安いぜ~」
「そこのお母さん、ちょっとアクセサリーでも見てかないかい?」
道の両脇にはずらっと露店が。
「ん? もしかしてもう着いたんじゃね?」
「いや、話を反らさないで――て、そうですね。露店街に着いたみたいですね」
二人は目的地である露店街に到着していた。
「へぇ。ここが露店街か。思ってたよりも人が多いな」
「今はお昼過ぎなのでピークの時間ではないですけど、それでもこの国では指折りの大きな露店街ですからね」
ミズキが元いた世界で例えるならば、地元の夏祭りくらいの規模だろうか。野菜や果物、揚げ物やパン等の食品からアクセサリー類の雑貨等、幅広いジャンルの店が並び、どこを見ても活気で満ち溢れていた。
(さて、まずは現場チェックからだな)
そして、先程考えた策がちゃんと使えるか、他にも利用できるものはないのか、と周りをじっくり観察するミズキ。
「ねぇねぇ、ママ。お菓子食べたい」
「もう、ヨシュア! もう5歳でしょ? 少しは我慢しなさい」
「えぇ~」
(母親が多いのと、小さい子供連れが多いみたいだな。それに……)
「ねぇ、ちょっと。このパンもう少し安くならないの?」
「いやいや、お客さん。その食パン1斤300バリスだぜ?十分安いと思うんだがね。」
「そう言わずになんとかならないの?ほら、こっちの奴も一緒に買うからさ」
「うーん…。しょうがねぇな。それなら一斤200バリスにしとくよ」
(なるほど。この世界にもちゃんと値切り交渉の文化はあるらしい。まぁ、当然と言えば当然だが)
値切り交渉――現代日本、特に都会の小売店ではあまり見かけなくなってしまった光景だが、この辺りの露店では当たり前に行なわれていることらしく、街のあちこちで行われている。
(最後の最後で値切りがあるのかないのかではかなり違うからな。逆に値切りのせいで苦労する可能性もあるが……とりあえず、今は使えそうな物はあればあるだけありがたい。――だが、それよりも……)
ミズキは視界の先に果物と野菜を売っている露店を見つけ、ニヤリと笑った。
(よく見える位置に果物と野菜屋……。あっちの方が利用しがいがありそうだ)
「おい、リアカー。場所、この辺にするぞ。準備してくれ。」
「だから、リアですってば! 最早わざとですよね!?」
「あー、分かった分かった。謝るからさっさと準備してくれ。」
「もー! 何なんですか!」
適当にあしらうミズキの態度にむくれながらもリアカーを停めて出店の準備を始めるリア。
「それより、本当に大丈夫なんてすよね? 言っておきますけど今更『無理です』とか、さっきの男……ザレクさんには通用しませんよ?」
「問題ねぇよ。ていうか、既におおよそのプランはもう出来上がってるし、今のところ順調そのものだ」
ミズキは不安の入り混じった声色で問いかけてきた少女に対し、自信たっぷりに笑ってみせた。
「まずは作戦その①試食販売作戦だ!」