そうだ、冒険者になろう!
「しゃあねぇ。冒険者でもやるか」
“スマホ売却で小金持ち作戦”失敗から数分後。
やはり一流の営業マンは失敗しても切り替えが早いというのは本当らしい。ミズキは別の方法で稼ごうと立ち上がった。
冒険者――戦士、魔法使い、剣士、射手などなど、武器や魔法等を駆使して依頼をこなしたりダンジョンを探索したり野生のモンスターを討伐したりする者達の総称として知られている。
が、当然ながら主に戦闘を通して金を稼ぐこの職業に適しているのは、力が強かったり、圧倒的な剣技を持っていたり、高い魔力を有していたりといった具合に戦闘能力に秀でた者達。間違っても、現代日本の成人男性の中でも貧弱で、武道に秀でているわけでもない青年にお勧めするような職では断じてない。 それはミズキ本人も十分分かっている。
しかし、それでも彼の表情は謎の自信と希望に満ち溢れていた。なぜならば、
「フッ、こういう異世界モノで実は凄い魔法が使えたり、凄まじい魔力を持ってたりするのはお決まりだからな。正直殴り合いの喧嘩なんてしたことねぇし、本来なら痛いのとかマジで御免だが、主人公補正でなんとかなるはずだ」
彼が元の世界で見たことのある漫画やアニメ、ラノベ等に出てくる異世界物の主人公たち。彼らの多くはチート能力を授かり、それを駆使して異世界で大活躍していた。
ならば自分も――彼の謎の自信はこの安直極まりなく何の根拠もない発想が源泉となっていた。
「できれば、たとえチート能力があったとしても怪我とか死の危険性のある冒険者なんかやりたくなかったが、スマホが破壊されてしまった今他に超高額で売れそうな物もないしな」
当初はスマホ以外の持ち物を売って稼ぐ方向を考えたものの、スマホ以外の持ち物で物珍しそうなものとなると、彼が着ているスーツくらい。このスーツを売って金にしようかとも考えたが、どれだけ上手く交渉しても数日分の宿と食事代くらいにしかならないだろうと試算しそれも断念。
そこで次に浮上してきたのが“冒険者”というわけだ。
「もしかしたら俺が持ってるチート能力次第で楽して大金稼げるかもしれんしな。ある程度の大金が稼げたらさっさと辞めちまえばいいし」
別に冒険者として魔王を倒したいとか、名を残したいという想いは一切ない。チート能力を活かして最低限の労力で無理せず稼ぎまくる。そして、ある程度の金が溜まったら、その後は途中で知り合った美少女と働かずにまったりとしたスローライフを送る。――彼が抱くのはそんなろくでなし丸出しな野望だけ。
「フッ、案外冒険者も悪くないな」
成功した未来の自分を想像してニヤつくミズキ。
「ねぇねぇママー。さっきの変な恰好のお兄ちゃん、何か笑ってるよ?」
「こら、ナタリー! アレは見ちゃダメって言ってるでしょ!!」
そんな姿を見られて気味悪がられているとも知らず、
「よし、まずは冒険者ギルドに行って俺の持つチート能力を調べてもらわないとな! さっき聞いた話しだとギルドでステータスの測定もしてくれるらしいから、そこで俺がどんなチート能力を持ってんのか教えてもらおう!!」
彼は上機嫌に冒険者ギルドへと歩き出した。
※※※※
そして、
「う~ん。さっきおっさんの話だとこの辺りのはずなんだが……ん? あれか?」
道行く人々に道順を教えてもらいながら歩くこと10分程度。ミズキは他の店よりも比較的大きな建物の前で立ち止まった。
まだ昼間だというのに少し出入り口から離れた場所からでも微かに聞こえてくる中からの騒々しい声。
そして、そこへ一目で魔法使いだと分かる格好をした女と弓を持った女の二人組が入って行った。
「今店に入って行った二人も冒険者っぽいし、多分この店で問題ないだろ」
この目の前の店が冒険者ギルドであると確信したミズキは大きな扉の前で一旦立ち止まると、
「よし! 行くか!!」
大きく深呼吸をしてから、勢いよく店の扉を開け放った。
「美少女とのまったりスローライフが俺を待ってるぜ!」
(さぁ、俺をこの世界に連れてきた奴は一体どんなプレゼントを用意してくれてんだ? できればこう、美少女とかにモテそうなスタイリッシュでカッコいい奴で頼む。あと頼むから使いこなすために修行が必要な奴とかはご勘弁の方向で)
そして、今まで読んだ漫画やアニメ、ラノベなんかで今の自分自身と同じような境遇にあった主人公達が与えられていた能力を思い浮かべながら、心の中で能力の希望を念じつつ意気揚々と冒険者ギルドの中へと入って行った。
しかし、この時の彼は突然の異世界に浮ついていたのか、完全に失念していた。
彼が知る主人公達はあくまで漫画やアニメの中の人物であったと言うことを……。そして何より、現実というのはそんな甘いものではなく、基本的に厳しいものであるということを……。