プロローグ~自分より劣ってる奴を見るとなんか安心する時ってあるよね?~
「ちょっと、返品できないってどういうことよ!」
ラムズ街にある小さな酒場。
ガタイの良い駆け出し冒険者達で賑わうこの酒場で、何やら言い争う一組の男女。
しかし、その言い争う内容は男女関係の縺れ……などではなく。
「おいおい、何をそんな都合のいいこと言ってんだよ。確かにあの魔法道具をお前に紹介したのは俺だが、それを最終的に買うって決めたのはお前だろ?」
「た、確かにそうだけど! でも、それはアンタが『この商品は間違いなく売れる!』って言ってたからで――」
「カハッ! お前そんな何の根拠もないこと真に受けてたのかよ!? っていうか、お前も商人ならその商品が本当に売れるか見極められるようになれよ」
「ぐっ」
――それは商人同士のやり取り。
数日前に目の前に座る同業者の男の『この商品はこの街で絶対に売れる! 実際にこの街でも需要が高いことは魔道具専門店に聞けば分かる!!』というような言葉を信じて“パーフェクト・ディフェンダー”という、どんな魔法・物理攻撃でも一度だけ無効化できるという最高級の魔道具を大量に仕入れた女商人。
しかし、残念ながらこの駆け出しの冒険者が集まるラムズ街で、そんな高級品が売れるわけもなく。
「だ、だけど、せめて半分だけでも返品を――」
商人として、相手の言っていることの方が正しい――それは女の方も百も承知のはずだが、それでも『売れ残りの在庫を少しでも減らさなければ』という一心で頼みこむ。
が、しかし、
「ハッ! そんなの知らねぇよ!! 売れるかどうか見極められず、仕入れた商品を売ることもできない無能女がやっていける程、商人ってのは甘くねぇんだよ!」
男はそんな女の言葉に全く耳を貸す気などなく、ガタンと席を立つとそのまま会計を済ませて店を出て行ってしまった。
「そんなの自分でも分かってるわよ……!」
同業者からの正論を受け、女商人は自らの不甲斐なさに唇を噛みしめながら男の背中を見送った。
と、そんな中、
「おいおい、マスター。何でこふき芋一つしかねぇんだよ! こっちは食べ盛りの若者が二人だぞ!? こんなんで満足するとでも思ってんのか!?」
カウンター席の方から、店長にクレームをつける男性客の声が聞こえてきた。
「うるせぇ! タダで飯食わせてやってんだ! ありがたく思いやがれ、この甲斐性なしが!!」
「いやいや、そこはもっと器の大きいところを見せて大盛りのチャーハンでも持ってくるのがお約束ってもんでしょうよ。やれやれ、マスターなら分かってくれてると思ってたんだがな。失望したぜ」
「勝手に失望してろ。大体そういうのは一回だけってのがお決まりだろうが! ていうか、毎日毎日当たり前のようにタダ飯要求しに来る奴に大盛りチャーハンなんて食わせるわけねぇだろうが!!」
見た目の年齢は20代前半と女商人と同じくらいだろうか。背丈は普通でガタイも貧弱。さらにこの世界でも限られた人間しか持っていない魔力は微塵も感じられず……。黒髪・黒目という珍しい外見意外は平平凡凡な青年が何やらこの店の店主と揉めていた。
「そうですよ、ミズキさん。お芋一つでも無償で恵んでくださるマスターさんに文句をいっちゃいけませんよ!?」
もう一人は12、3歳くらいだろうか。ぱっちりとした目と水色の髪が特徴の可愛らしい少女。
会話の内容から察するに、青年とは兄妹などではないらしく、かといって恋人という風にも見えず、二人の関係性は不明。
分かることと言えば、この二人組、どうやら毎日のようにこの店に来てはマスターにタダ飯を要求しているらしいということだけだ。
「お、さすがリアちゃん、わかってるな! このボンクラのところが嫌になったらいつでもウチの店で雇ってやるからな!」
「はい、ありがとうございます!――あむっ」
「ちょっ、おまっ! 何さり気なく一人で芋食ってんだよ! 出せ! 俺の芋をいますぐ吐き出せ!!」
「ひょ、ひょっほ! ひゃめへふははいほ!」
「芋を口に入れたまま喋るな!!」
自分と一回り程年の離れていると思われる小さな女の子と一つの小さな芋を取り合い大騒ぎする青年。
「……今の私もさすがにアレよりはマシよね? どんだけ落ちぶれてもあそこまでにはなりたくないわ……」
酷く落ち込んでいる時に自分より明らかに下の人間を見ると、不思議と頑張ろうと思うことができる。――そんな事例がミズキと呼ばれるろくでなしな青年の姿を見た女商人にも見事に当てはまっていた。