8
斬られた。
異形を一撃で葬り去る剣戟に自分はやられたのだ。もしも無事ならば常人の節理から離れていよう。
だからこそ、自分は死んだのだとヒメキは思った。
……。
…………。
……………………?
なにも感じなかた。
既にここは死後の世界か?
そこに自分という存在が確かにいる。自分を認識できる自分がいる。だが、なにか奇妙だ。
本当に自分は死んだのか? いや、そもそも、死んだのか?
よく聞こえないが耳には微かに静けさを感じた。夜風の音。更に耳を澄ませば、遠い街の音も聞こえる。
――。
そこで自分は眼を閉じているのだと気づいた。ゆっくりと眼を開くと、最初に白い煙のようなものが見えた。
――――
更にその先、数メートル離れた場所で剣を構えるウィヌスを見つけた。彼女は相変わらず物凄い威圧を放っていたが、わずかに動揺しているように見えた。
「――ぃ」
斬られた感覚がないのに気づくと同時に、自分が誰かに呼びかけられながら体を揺すられているのにも気づいた。揺するといっても、自分の体を気遣ってくれてか激しくはなく、服越しから感じる軟らかな感触は震えていた。
「ヒメキっ!?」
よく知っている少女、黎の顔を瞳に写した。途端、完全に全ての機能を取り戻した。自分を揺すりながら呼び続けていた彼女は今にも泣き出しそうな顔だった。
「黎……」
ヒメキが名前を呼ぶと、黎は一瞬両目を見開き、ヒメキの体に抱きついた。
幼馴染とはいえ、この年代の異性にしてはスキンシップが多いが、此処まで体を密着させることが最近はなかった。突然抱きつかれたことと、体に伝わる暖かくて軟らかな感触とシャンプーと思しき甘い匂いに動揺するが、小刻みに震えているのに気づき、申し訳なくなった。
ああ、心配をかけてしまったようだ。
どう声をかけるかヒメキは迷っていると、すっと黎がヒメキの体から離れ、彼の前に背を向けて立った。
ヒメキからは後姿だけで表情はわからないが、黎が怒っているのだけはわかった。
そして、その矛先が、ウィヌスに向いているのも……。
「予想外、ですね」
緊迫した空気の中、声を出したのはウィヌスだった。
「誑かされる被害者だと思ったのですが、どうやらお仲間でしたか……」
相変わらず、ウィヌスが言っていることがヒメキには訳が解らなかった。
なにより、ここに黎がいるのもわからないし、自分がなぜ助かったのかも解らない。解らないことばかりで困惑していたが、隣に立つ少女は違った。
「貴方がどこの誰で、なんでそんなことを言っているかわからないけど―」
黎もウィヌスの言動を理解してはいなかった。だが、ヒメキと違い、そこに動揺も困惑も、人を簡単に殺せる凶器を持つ人間に対しての恐怖すらなかった。
「――、ヒメキに手を出したのだけは絶対に許さないからっ!」
ぞくりっと、ヒメキの頬から汗が流れた。
憤怒。まるで燃え上がる炎のようだった。ヒメキは黎が怒る姿を何度も見たことあるが、ここまで昂ぶっているのを見るのは初めてだった。先ほどの黎、いや、そもそも、彼女は自分が知っている彼女なのかと一瞬でも疑ってしまった。
「……」
ウィヌスはしばらくヒメキたちを見据えると、その場を離れた。
それは、まさに疾走だ。先ほどの動きと同様、その動きは常人を逸している。くるっと体を反転し、その脚が地面を蹴ると、あっと言う間に異国の少女は、ビルの合間にある暗闇へと、その姿を消した。
しかし、ヒメキが驚いたのは、そこまでの動きが可能で、武器を持つ彼女が、先ほどまでヒメキを襲っていたにも関わらず、その場を去ったことだ。
まさか、怒っている黎に怖気ついたのか? それは考えられない。確かに、黎は普通の人間よりも多くのことをこなし、怒りを露わにしている姿も、付き合いの長いヒメキも感じるぐらい刺々しかった。
だが、所詮は普通の少女。
あれほどの実力を持つ人間が、簡単に怖気づく理由など見つけようがない。
とにかく、その場はとりあえず収まった。危機は去った。そう、ヒメキは思った。
だが、黎は違った。
「逃がさない」
その一言、その瞬間、今度こそ、ヒメキは信じられないようなものを見た。
白。光。
白い、雪よりも白く、どこまでも白い、この世でどんなものより美しいと魅惑させるほどの美しい白い、そんな光の翼。
それが、黎の背中に突如として現れた。生えたのではなく、まるで初めから存在していたかのように現れた。それも、二枚一対ではなく、六枚三対の翼だ。
白い翼は本物とは違い、発光しており、まるで何かのイルミネーションのようだ。
白い光の六翼を持った黎の姿はまるで、いや、まさに天使だった。
「あとで、ちゃんと説明するから……」
黎はヒメキのほうに首だけ振り向いて無機質に呟いた。
その顔は隠していたものを見せてしまった、そんな悲しげな貌だ。だが、それは彼女か前を向けたときには消えていた。
風が舞い起こる。黎が飛翔したのだ。左右に佇んでいたコンクリートの壁を光の羽根を撒き散らせながらすり抜け、一気に星一つない上空にその身を運んだ。
ヒメキは知らないが、黎の背中に現れた翼は数メータほどだ。仮に人間に翼があったとして、実際に空に飛ぶためには一二メータないし、四十メータほどの翼幅が必要なのだ。文字通り桁が違う。しかも、それはハングライダーの大きさに相当し、この種の翼は上昇気流と滑空を受けて滑翔するしかできない。つまりは自らの力だけで飛ぶことはできないのだ。そういった意味でも、黎が飛び立つことはありえないものである。
飛翔した黎は、ウィヌスが行った方角に飛んだ。その速度を過剰表現するなら、ジェット機のようだ。対するウィヌスが疾走した速さを例えるなら、過剰表現として二輪バイクぐらいだろう。これはこれですごいのだが、この二つを比べたとき、どちらが優れているかは言うまでもない。
二人の接触はすぐだろう。
ヒメキはしばらく呆然としていた。
剣を持った転校生が突然襲い掛かり、次は幼馴染に翼が現れ、空を飛んだ。
本当に現実離れした、そんな非日常だ。
ここまで色々なころがあったら、もう家に帰って寝て、全てを忘れたいと思う人間は少なくないだろう。全ては悪夢だと放棄する人間も少なくない。むしろ、そう思うのが正常な人間かもしれない。
だが、ヒメキはそういうわけにはいかなかった。
頭の中で警報もなっていた。危険だと、これ以上関わるなと頭で警鐘が鳴る。
絶対に引き返せないほどの現実がまっていると、理由がないが、確信があった。
いまなら、なかったことができる。何気ない顔で家に帰れば、明日には悪い夢だったと思って、いつも通りの日常が返ってくるかもしれない。
しかし、気づいたときには彼の足は、二人が消えた方角に向かって走っていた。
あのままでは、危険な事態になる。片や幼馴染、片や今日会ったばかりの転校生。あろうことか、ヒメキと心配は彼女たち両者とも同じだった。
片方にはさっきまで殺されかけたことなど、まるで忘れたかのように、奏日ヒメキは真っ直ぐに彼女たちの身を按じて、全力で走った。
◆
ウィヌス・リュミエールはある使命のためこの国、この風木市にやってきた。
その使命を果たすため、災いの根源たるものを倒す、まさにその瞬間、予想外のことが起こった。ウィヌスの剣がヒメキに届く前に、ヒメキの後方から飛んできたものに彼女の剣は弾かれた。
それは白い光弾。それ自体にはなんら不思議ではない。彼女はそういう世界で生きてきたのだ。あれは恐らく、魔術などの類。今までいた世界で得た知識がそう結論した。
魔術、というものは本や話の中でしか存在していないフィクションだと認識している人間がほとんどだろう。
しかし、ウィヌスはそれが現実にあるものとして認識している。妄想の類ではない。
それを人に話せば、大抵の人間は笑うか失笑したりするだろうが、果たして先ほどの黎が放った光弾を見て同じ台詞を言える人間は何人存在するのだろうか?
|あの少年(、、、、)と一緒にいた少女が魔術師の類とは思わなかった。それが、彼女が予想外だと思ったことだ。魔術師という存在についても、彼女は普通に認識している。
あのまま戦えば、あの場で自分が昏倒させて意識を失っている無関係な人を巻き込む、だから彼女はあの場を離れたのだ。けして、あの女の子に怖気ついたわけではない。
自分を追う気配を感じたときも、追ってきたか、という認識しかなかった。通常ではありえない速度でも、魔術の類でなんらかの移動をしている、という自分の常識で納得していた。
だから、その姿を肉眼で確認して、彼女は本当に驚愕した。
彼女が今いる場所は人気がなく、回りには積み重なれた鉄骨や木材、骨組みだけの建設途中の建物が多くあった。ここ、開拓区は繁華街などもあるが、まだ完成した場所ではない。賑やかな所から離れれば、こういった場所は何個かある。ここは周りの影響を考えてか、工事中に出る騒音で苦情を出さないため昼間にだけ作業をしているのだろう。今は人の気配がまったく感じなかった。
ここなら戦うに申し分ない。そう思って足を止め、空を見上げた。
気配が頭上のほうから感じていたので、相手が空にいることは解っていた。
よって、ウィヌスが黎に驚愕したのは、空にいることではなく、その背中にあるものだった。
雪よりも白い光の六翼、それは知識として知っていた。だが、ありえない。
見るからに相手は人間だ。なら、彼女の正体がなんなのかウィヌスにはわかった。
だからこそ、驚愕し、解せない。
それが|あの少年(、、、、)の味方になるのは彼女の知る世界では信じられない。
「貴女に聞きます。貴女は彼がなにか知っていて彼の味方をするのですか? 貴女はどれほどの此方側の知識をお持ちなのですか?」
空を見上げながらウィヌスは黎に問いただした。相手はなにも事情もわからない素人でまともな反応は返ってこないと、半ば予想した。
なぜなら、彼女の正体がウィヌスの予想通りなら、あの少年(、、、、)の味方になるのは考えられないからである。
しかし、頭上で浮かんでいる黎はふん、と鼻をならした。
「全部よ。たぶん、アンタが聞きたいことの答えはこれで間違いないわ」
更なる衝撃が襲った。彼女の言葉が真実なら、ますます理解できない。
「なぜですか!? 知っていて、なお味方するのですか」
「アンタこそ、なにを知っているのよ! ちゃんと知りもしないくせに、ヒメキを―っ」
ウィヌスに戦慄が走った。最初は星に見えたが、街の明かりのお陰で、星は見えない。
それは、光の玉だ。星の煌くような眩しい光が、空中にいる黎の周囲に出現した。
それも、一つではない。
百はいかないだろうが、数十ほどの光が出現した。感じる質は、ウィヌスの剣を弾いたものと同等だ。
「ヒメキに手を出すのだけは絶対に許さないから」
少女の叫ぶと同時に、数十の光は弾丸になり、ウィヌスに向かって降り落ちた。
頭の中で整理はついてないが、今は戦うしかなさそうだ。
ウィヌスは飛来してくる光弾を剣で弾き、捌ききれないものは体を使い避ける。弾いたときに響き甲高い音と地面に着弾した光の爆音が静寂していた場所を騒がす。
地面に着弾した光が爆発した後には直径一メートルほどのクレータができた。降り落ちる速度も眼で追えないほどではないが速い。
それほどの威力と速度を持つ光弾を、ウィヌスは弾き、避け続ける。それも一つだけではなく、数十の数をだ。地面を削る威力を持つものを弾いても、両手は骨折しない。はたから見ればあの華奢な腕でそうならない想像もつかない。もっとも、ウィヌスは筋力よりも、技術で凌いでいるのだが、それは別の意味で驚異だ。避ける動きも、まるで地面を滑るかのようになめらかで無駄がない。その姿は一種の芸術の域にすらある。
だが、ウィヌスが劣勢であることは変わらない。攻撃の雨は止むことはなく、相手は空にいることには変わらないのだ。
自分も空を飛べればいいのだが、生憎とウィヌスにはそのような力がない。
一瞬、建物の中に入ってやり過ごすことを頭の中に巡らせたが、直ぐに打消す。相手も中に入れば良いが、自分が入った直後、建物ごと生き埋めにされる可能性だってある。
また、相手が消耗するまで持久戦というのも考えたが、その前に騒ぎを気づいた人間がやってくる可能性だってある。ウィヌスは無関係な人間は巻き込みたくはない。仮に人が来なくとも、相手の力は未知数だ。自分の力には自信はあるが、無敵とは思っていない。自分のほうが先に潰れる可能性だってある。
だからと言って、自分が負けるともウィヌスは思ってはいなかった。いや、負けることは思ってはいけない。心で思えば現実でも敗北に繋がる。戦いは始まったばかりだ。好ましくない状況ではあるが、なにも手段がないわけでもないのだ。
ウィヌスは両手で剣に力を込める。それは、握力とは違う力だ。
バッチ と、ウィヌスの剣の刀身に電流が流れる。色は蒼。一つだけ流れた電流は、次の瞬間には無数になり、刀身を包んだ。放電した刃は、周囲にとって新たな蒼色の灯りと稲妻が唸るような騒音を生み出した。
「《疾駆雷鳴》!」
それは魔術に似た、されど魔術とは異なる代物だ。もっとも、黎が放っている光弾すら魔術と呼ぶには正確ではないかもしれないのだ。
つまり、この世界にはそういった類の力が多く存在している。
そして、光弾の雨の僅かな空白、その瞬間にウィヌスは黎に向けて剣を振るった。
当然、その刃は空中にいる黎には届かず、空を切るだけだ。
だが、その瞬間、刀身から蒼色の電撃が放たれた。
まさに、雷が落ちるのではなく、昇った。電撃は真っ直ぐに空中にいる黎に向かう。
「っ!」
黎は一度攻撃を中断し、六枚の翼を羽ばたかせてその場から離れた。蒼色の雷撃は黎がいた空間を突き抜け、暗い空に消えていった。
不発、それはウィヌスにとって予想通りの展開だった。
いまのはウィヌスが持つ最速の遠距離攻撃だった。だが、相手の速さは自分に追いついた時間で把握しており、凄まじいものだと認識していた。更に空中という場所は地上の二倍以上の逃げ場がある。なにより、《疾駆雷鳴》すこし派手であり、いくら音速に近い攻撃でも、対応できる反応や速度といったある一定レベル以上の条件が揃えれば回避されてしまう。もっとも、それら全てを揃えることなど簡単ではないのだが、相手はそれを成し遂げられるだけの能力があった。
だが、それは覚悟していたことだった。勿論、あの一撃で終わればよかったが、回避された瞬間、覚悟は理解になり、次の行動のための布石になる。
ウィヌスは再び蒼色の雷撃を放った。一度、剣がこの放電された状態になれば同じ攻撃が何度も放つことが可能なのが、その雷撃もあっさりと空中でかわされる。
「この―っ!」
再び、黎は自分の周囲に無数の光弾を生み出し、ウィヌスに降り落として応戦した。
しかし、その攻撃は先ほどよりも数が少なく、狙いも精確ではなく、何個か見当外れの場所に落ちていった。
自分に攻撃されて動揺している、幾ら強力な力を持っていても、相手は素人だとウィヌスは判断した。
先ほどから見ていれば、彼女の攻撃手段は光弾のみだ。しかも、ただ遠くから飛ばすだけである。最初は単純明快な標準で、今はそれにズレが生じている。
勝てない相手ではない。ウィヌスはそう思った。
そして、状況が変わった。ウィヌスは先ほどと同じように、再び剣で空を斬り、蒼の雷撃を黎に向かって放った。今度は二発。最初の雷撃よりも、苦労せず実行できた。その
雷撃は又も回避され、再び無数の光弾が襲いかかる。そして、またウィヌスは雷撃を放つ。白と蒼、地上と空の狭間で二色の光が飛び交い、煌めいていた。
一見、お互い避けては撃ち、それの繰り返しという状況だが、黎は気づいているだろうか?
雷撃を避けるごとに、地上に近づいていることに、それが相手の策略だということを……。
今、黎がウィヌスの二十四発目の雷撃をかわしたとき、地上との距離は約九メートル、それは三階建ての建造物ほどの高さだ。これが地上に誘導できる限界の距離。
当然、常人ではその高さで手が届くわけも、跳べば届く距離ではない。更に次の瞬間には、もっと上空へと離れてしまうのだ。
だが、ウィヌスは説明するまでもなく常人でなく、僅かな時間、この距離まで近づけさせただけで十分だった。
ドン! と、地面が爆発した。実際は爆発したのではなく、ウィヌスの逸脱した脚力を持つ脚が地面を蹴り、爆発したかのように見えた。魔力で高めた脚力と、脚裏に溜めた魔力の爆発によって、常識を打ち破るような跳躍したウィヌスと黎の距離はまさに目の鼻の先であり、それはウィヌスの間合いであった。
跳躍と呼ぶより、飛んだと表現するほど凄まじい。自身も空を飛んでいた黎だが、脚のみ、実際は何かしらの力が作用しているだろうが、ここまでの飛んだのは正直、彼女は動揺した。
そう、ここで初めて、ここだけ(、、、、)黎は動じたのだ。
ウィヌスが剣を振るう。地面に脚がついておらず、空中で満足な体勢でもないのにその剣速は一陣に吹く風のように速く、鋭い。
斬りはしない。刃ではなく、刀身を平たくし峰打ちのように打撃を与える。
ウィヌスは彼女を詳しく知らない。いや、彼女がどんな存在かはほとんど理解していたが、なぜ、あの者の味方のようなことをするのかわからない。口ぶりから察するに、彼女もあの少年(、、、、)がどのような存在か理解しているようだ。だからこそ、無力化し、その後でその行動原理を問いただす。
よって、ウィヌスは黎に油断し、侮った。
轟! 最初に感じたのは轟音。次にウィヌスが感じたのは足元からの熱。最後は紅蓮の炎だった。
「!?」
ウィヌスの剣が黎に届くか否かのその時、突如として地面からウィヌスに向かって炎が渦巻く紅蓮の火柱が立った。それも、一つではなく、七つほどだ。
最初の一つは、ウィヌスの剣を阻み、次の二つから六つは、ウィヌスの周囲を囲むようにして立ち上がり、最後は逃げ場もないウィヌスに向かって容赦なく襲い掛かった。
「くぁああがぁあああああああああああ」
下から押し上げてくるような圧迫、全身を焼かれるような熱でウィヌスは絶叫した。時間にして数秒か、はたまた一瞬だったのかウィヌスには解らない。暫らく夜を紅く染めて、スッ と、火柱が消えた。火柱で押し上げられたウィヌスの体は重力でそのまま地面に落ちた。
「――!?」
今度は声にならない。無防備の体勢で地面に叩きつけられた。煙が上がる服から、嫌な音がした。何本か折れたか、あるいは潰れた。先ほどまで焼かれた熱さと、落下した傷が合わさり、体中が締め付けられ、今もなお焼かれているような気分だった。頭部を強く打たなかったのが不幸中の幸いだろうか?
トン と、足音がした。ずっと、空を飛んでいた黎が倒れるウィヌスの目の前に降りてきたのだった。
勝負は決した。冷ややかに見下ろす眼がそう告げていた。
認めたくはないが、ウィヌス自身、それはわかっていた。さきほどまで握っていた剣は数メートル先に突き刺さっている。ウィヌスが墜落したときに離れたのだ。そのまま剣を持ち、地面にぶつかる時に体に刺さるよりはいいかもしれないが、これ以上、不幸中の幸いだったと思うのは楽観的過ぎる。事態は悪いことに変わりはないのだから。
ウィヌスの体が万全なら、すぐに駆け出して剣を握ることは可能だが、今は立ち上がることすら満足にできない状態だ。
なにより、仮に今、自分が万全だとしても、在りえない話だが、ゲームのように再度最初から戦うことになっても、自分は彼女には勝てないと思う。
あのとき、見当外れの場所へ落ちた何個かの光弾は、はずしたのではなく、わざと地面に当てたのだと知った。
それらは全て、あの火柱のための準備だろう。
自分がいた世界では魔術というものがあり、それらは基本的に何の前触れもなく起こせるものではない。もしも、地面に火柱を起こす魔術があったとして、それが生まれる前の一瞬前には魔方陣が発生したり、力が集まったりするものだ。
そういった前段階の現象を感知すれば、その攻撃を防ぐ、回避する、わかっていても無理なものものあるだろうが、あの火柱が一瞬前に感知することができれば何かしらの対応はできただろう。
だが、あの火柱にはそれがなかった。おそらく、ウィヌスが考えるに、はずしたかのように見えた攻撃が準備で、タイミングを計らって地面に潜ませていた。
火柱はウィヌスが知る魔術でないにしろ、それに類ずるものがあり、あれだけの威力のものを個人で行える能力、そして、あの速さにここまで至る用意の周到さ。
ウィヌスは自分を世界一強いと過信してはいない。だが、それでも自分の力には積み重なれた努力と経験で自信があった。それが過ぎた驕りになり、現状を招いた。
だが、見っとも無く言い訳をするなら、勝てるはずがないのだ。
「炎に六翼、貴女は――」
力のない瞳で、ウィヌスは黎を見上げた。
その背中の白い六枚の翼は美しく、改めて確認すると、彼女自身も美しかった。
「――《神に似た者》の《再臨者》、ですか?」