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駆け足で移動したヒメキは直ぐに少し大き目のビルでも建設できそうな空き地に辿りつく。風木市のて開拓区は、文字通り開拓している土地。つまりは発展途上の町だ。少し、賑やかな場所から離れれば、こう言った場所はよくある。
そして、そこでウィヌスと彼女の追っていた男たちを発見する。あろうことか男たちは鬼気とした様子でウィヌスを取り囲んでいたが幸いにも彼女はまだ一切手を上げられてないみたいだ。
ヒメキは幼い頃から自身が嫌われ者、更には人目惹く幼馴染と過ごしていたお陰で、荒事は人並み以上には慣れていた。だから、正義のヒーローのように男たちを全員倒して解決、とはいかなくても、彼女を助けてここから逃げ出すぐらいは必ずしてみせる気持ちでいた。
だが、その思いは次の瞬間、あっという間に消える。
「は?」
ヒメキは思わず情けない声を出していた。目の光景を疑った。
ウィヌスを取り囲んでいた男たちの体が、まるでポップコーンの袋が膨れ上がるかのように肥大化し、その皮膚はまるで特殊メイクがはがれたかのように違う姿が出て来た。特殊メイクとの違いは、メイクが剥がれたら人間ではなく、化け物だった。
そう化け物だ。あれを人間と「呼称していいものではないと、すぐにヒメキは理解した。
全員、腹が大きく出ている大柄の人型で、衣服はぼろ布のような腰布しかなく、露出している肌は鉄のような鉛色。その丸太のような筋肉隆々の腕にナイフのような爪はそれだけで凶器だ。口から出ている泥と腐った生物が入り混じったような口臭は離れたヒメキの鼻も不愉快にさせる。血のように紅い瞳はまっすぐと取り囲んでいるウィヌスに向けられているのだろう。
一見で恐ろしい存在であることが解る。腰を抜かしたり、ヒメキのように呆然したりするはずだ。
だが、ウィヌスは変わらず静かに佇んでいた。そこに脅えや、虚勢など一切感じない。碧眼の瞳はまっずぐと異形を見据えていた。
異形が動く。それより先にウィヌスが動いた。いつの間にか彼女は手に何かを持っていた。それがなんであるか、直ぐにはヒメキには解らなかった。ただ、それを握るウィヌスの手の隙間から黄金の光がチラつき、そこから月明かりで照らし出された白い何かが伸びていた。
ヒュン と、白い光は空気を切り裂いた。次の瞬間、異形の一体の右肩から左腰の端まで、一の線が生まれ、そこから油のような血が流れる。そこで、ヒメキはウィヌスが持つ物は刃物だと認識する。当然、武器と呼ばれるほどの物騒な位の品だ。そして次の瞬間にはまるで初めからいなかったかのようにその巨体は断末魔をあげながら消えていった。
一体だけなら、行き過ぎた見間違いだと苦しい言い訳をできたのかもしれない。
だが、残る異形たちはそうさせてくれない。残り五体。真っ先に仲間を殺されたことに怒り狂ったのか、残りの異形たちは全員ウィヌスに突っ込んだ。まるでダンプカーのようで、確実に圧殺される。
危ない! とヒメキは心の中で叫んだ! 声は出なかった。出る前に自体は進行していった。
彼女の眼光が五体の異形を捉える。一瞬だが、異形たちが止まったように見えた。それは彼女の眼光に恐怖したか、はたまた別の要因か。
そして、ウィヌスは逃げるのではなく、その場で駒のように回転した。だが、その回転の勢いは駒と例えるには余りにも陳腐過ぎる。強いて表現するなら竜巻。全てをなぎ倒す暴力。まるで虫が火に飛びこむかのように、突っ込んだ異形、あるいはその動きを見越して彼女の行動だったのか、どちらにせよ、五体の異形はそれぞれ体に斬撃を受け、そのまま最初の一体どうように霧になって消え去った。
全て一撃。しかも最後は五体まとめてだ。これほどワンサイドゲームなど実際のゲームなら爽快かつまらないかの二択に感想が別れるだろう。
だが、これは間違いなく現実。ヒメキに自身の目の前で起きた現象。否定することは、いまだそこに立つ彼女が許さない。
そして、ウィヌスは初めから知っていたのか、あるいは今気づいたのか、呆然と立ち尽くすヒメキに先ほど異形たちに向けた刃物を向けた。
向けられたことで直視し、ウィヌスが持つ凶器、それはRPGにも出てきそうな西洋の剣とようやく認識できた。黄金の柄には細かい装飾が施されている。実際、戦うための武器ではなく、儀礼用、あるいは玩具にも見えなくはないかもしれないが、身幅のある白々と輝く刀身の諸刃は斬るための鋭さがある。
なにより、その剣に強烈な存在感があった。実際の大きさより巨大に感じる。
その剣を少女は右腕だけで持ち、ヒメキに突き向けていた。大きさは大剣と呼ばれるほどでもないのが、一メートルほどはありそうだ。
それを軽々しく片手だけで持てるのは、少なくとも一般的な女子ではない。もっとも、そんな剣を所有している時点で男女問わず普通とはかけ離れているのだろう。
「まさか、そちらから仕掛けるとは思いもよりませんでしたよ」
ヒメキの耳に凛とした声が響く。
そこで自分が危ない状況であることを認識する。
「う、ウィヌス……リュミエール、さん?」
情けない声でもようやく漏れ出たのは彼女の名前だった。
「名前、覚えていたのですか・・・・・・。まぁ、今日やってきた留学生の名前を覚えていても不思議ではありませんけど……」
ウィヌスは凛とした冷ややかな声で言いながら、あからさまな敵意をヒメキに向けていた。
「えっと、とりあえず、怪我はない?」
彼女の敵意、自分に突き向けられている剣に動揺しながらも、ヒメキは間抜けにも尋ねた。
「していませんよ。残念でしたね。見ていたようですけど貴方が仕向けた魔物たちなのでは、私には指一本触れることはできません」
その言葉で益々混乱した。
「え? 俺が仕向けた?」
「数を増やせばどうになかなると思われたのは癪でしたね。まぁ、人に化けさせていたことに関してはそれなりに対処したのでしょうけど、見破られていたのならどんな芸も意味がない」
「待てっ! 話がわからないぞっ!」
どうやらウィヌスは自分があの異形の親玉だと勘違いしているようだが、なぜそんな考えに至るのかヒメキには皆目不可能だった。
「とぼける気ですか? 私の秘められた僅かな敵意に気づき、私を消そうとしたのは紛れもない事実でしょう? それを虚言で濁すとはどこまで性根が腐っているのですか?」
「とぼけるも何も、こっちはなんだかわからないんだって! あと、たぶん敵意は全然、秘められてなかったと思うぞ!?」
「そちらがそのような態度を問うなら、もはや問答をする必要はないでしょう」
「きっと、まだ必要――」
ヒメキの言葉は続かなかった。
彼女の自分に向ける敵意が、殺意が膨れ上がるのを解った。気のせいではことは、経験と自分に向けられた剣が誤魔化してくれない。
「我が名はウィヌス・リュミエール。我が刃は断罪、我が刃は正義、全ての悪を滅し、常闇を切り裂く、永劫の光! 我が聖剣で貴様を倒す!」
漫画やアニメなどで言いそうな言葉を真面目に語り、刃物を振り回すのはかなり頭が危ない人間に今も時代なら思えるだろう。
だが、ヒメキにはウィヌスがそのような人物には見えない。放たれた言葉に重みを感じる。今まで住んできた国が違うとはいえ、とても、同じ歳には見えない。
全身を射抜かれたような眼光、体から滲み出ているのは覇気とうものだろうか? 押しつぶされそうな感覚がヒメキを襲った。
だが、状況はヒメキへ悠長に困惑している暇すら与えなかった。
突風。
ヒメキがまず、最初に感じたのはそれだった。ウィヌスは突き向けた剣を、一度引いから両手に持ち替え、瞬きの間に数メートル離れたヒメキとの距離を一足で無くし、上段から叩き落す様に剣を振り落とした。
その一連の動作は全て一瞬のこと。漫画のような動きと例えるよりも、まるでもの凄い早送りしているような動きと説明したほうが想像しやすい。そして、その一閃をうけた人間はどうなるかなど伝えるまでもないだろう。
だが、刃を振り落とされたヒメキの体は無事だった。
別にウィヌスが寸前のところで止めたわけでも、体が触れるか触れないかのギリギリの距離で振り落としたわけでもなく、ヒメキ自身の明確な意思と行動で回避したわけでもなかった。
情けない話、ヒメキはウィヌスが剣を振り落とす一瞬前に、彼女の変質した威圧感に畏縮し、無意識に一歩下がって、怖気づいて尻を地面に落としてしまっていた。
しかし、そうならなければ、ヒメキの体が二つになっていたのは事実だろう。
間違いなく、彼女は自分を殺そうとした。
剣戟が生み出した突風の後に、自分が斬られようとした事実にヒメキは純粋に寒気した。体中から冷や汗が出る。これまで、何度か危ない目にあったが、明確に命の危険を感じたのは、ヒメキの人生において、自分で憶えている限りでは、これが初めてである。そして、その危険は再びヒメキを襲う。
ウィヌスはすでに次の行動に移っていた。振り落とされた剣の軌跡は、そのまま草でも薙ぎ取るかのように、地面に座るヒメキに向かっていた。
今度こそ、絶命の瞬間とヒメキは感じた。
そのせいか、本来は捉えることができないだろう剣の太刀筋がハッキリと解る。気のせいである証拠に自分はまだ動けない。世界が、全て遅くなっているような気分だ。あるいは自分は既に死んでいる可能性だってある。そして、今は死ぬ前に見た光景を再生している、でなければこの状況は説明できないだろう。このまま、あるいはあのままでは自分が助かる見込みなんてない。
白刃は自分の首に向かってくる。逃れることはできない。確実に自分は死ぬ。
嫌だ。
それは当然芽生える気持ちだ。
死ぬのは嫌だ。死ぬわけにはいかない。死んでたまるか。死ぬなんてごめんだ。死ねない。死なない。まだ死にたくない。死にたくない。死にたくはない。死を拒絶する。嫌だ。死ねない。嫌だ。駄目だ。まだ。いまは。死ねない。駄目だ。絶対に。死ぬのは。終わるだけは。溢れだす生への執着。頑固たる死への拒否。それは、人間なら持っていてもおかしくない感情だ。
だが、現実は自分が幾ら拒んでも、抗う術がないまま無情に時間は動いていく。一刻一刻と、何もしなければ命がそぎ落とされていくのだ。それでこその、現実だ。
だが、そんなものは認められない。
「くそおおおおおおおおおお!」
「!」
ガキン! バキン!
ヒメキが吠えた。何かの金属音。それに怖じ気ついたのか、ウィヌスの剣が一瞬、止まったかのように見えたのは、ヒメキの願望が生み出した錯覚だったのか、停滞したかのように見えた白刃は真っ直ぐとヒメキの首を捉えており、その剣筋は止まららない。
バン! と、何かがはじけるような音がした。
視界は白く染まり、突然停電したかのようにすぐ暗くなった。
体全体が熱い。耳鳴りがした。
自分は斬られた。