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 ヒメキと黎は病院を出て開拓区へとやってきた。

 上から見れば、迷路のように張り巡らされている歩道には人の波があり、横をみれば、ファーストフードや服、電化製品など様々な店やどこかの会社のビル、あるいは何個かの企業が集まるビルなど多様な建物があり、反対側の道路には多くの車が走っている。それらから全てから生み出される音が合わさって喧騒になり、目を閉じても街の中にいるのだとわかる。空はまだ青く、これから茜色、群青色と色が変わるにつれて学校、塾、仕事帰り、あるいは出勤する人間が増える。最近失踪事件が多いと聞くが、そんなことはお構いなしに今宵も更に賑やかになるだろう。

 ここ、風木市は山と海に挟まれており、その構図は大きく分けて住宅区、開拓区の二つに分かれている。言葉通り山側に存在する住宅区は人が住む場所が多く、反対の海側にある開拓区は繁華街や高層ビル群などが立ち並んでおり、いまも開発が進んでいる。

 住宅区にも地元の人間が営んでいる商店街があり、娯楽をする場所もあるのだが、開拓区のほうが比べるでもなく其の数は多い。買い物や遊ぶなら、こちら側に来る人間がほとんどだ。

 ヒメキたちがいた病院は丁度、開拓区と住宅区の境目に存在し、病院から向かえばどちらも直に到着する。よって、ヒメキたちが開拓区まで来るまでの時間はそんなに長くはなかった。


「やっぱり、病院から行くと、街に着くのはすぐね」


 黎が到着してすぐにそんなことを言った。

 まったく影のないわけではないが、彼女なりにいつもの調子に戻そうとしているようだ。


「そうだなぁ。家からだと、バスとか使って三十分くらいかかるからなぁ」

「正直、普段の買い物は商店街ですましてしまうから、開拓区によることないけど、やっぱり、ここのほうが色々あるわね」


 街についてから、黎は少しずつ楽そう振る舞う。いや、実際に楽しいのであろう。

 それを感じ取ったヒメキは、街に来るのは久しぶりだったのか? ということを思っていた。


「だったら、今から黎が気になっているお店でも行こうぜ。目新しいものがあるかもしれないし、俺が荷物を持つから、い気になるものがあればいっぱい買えばいい」

「私自身はお金持ちでもないし、手持ちもそんなにないから高いものなんて買えないわよ」


 黎の家は裕福ではあるが、倹約家なのか無駄遣いを家族そろってしない。実際、ヒメキも星明家とは長い交流を持つが祝い事の時以外で豪勢な姿を見たことがなかった。


「でも、ウィンドウショッピングも悪くないから、とりあえずそれにしましょう」


 方針が決まり、早速、黎が最初の場所へ向かおうとした瞬間、ふっとヒメキが呟いた。


「ところで、なにか視線を感じないか?」

「まぁ、見られていても不思議ではないわね。人が多いから色んな人がいるんでしょうし、見ている理由も様々でしょうね」

「案外、黎目的のモデルスカウトかもしれないな?」


 ヒメキは冗談めかしでそんなことを言うと、黎は少しげんなりとした。


「何度かされたことあったけど、大抵が怪しいやつだし、たまにちゃんとしたとこのやつもあるけど、興味ないから結局断るからどの道、面倒ね」

「いま、さらっとすごいことを言わなかったか? すごいな! でも、なんで断るんだ? もったいないだろ?」

「だって、売れて人気になって忙しくなったりしたら、こうやって気軽にヒメキと遊べないじゃない・・・・・・」


 自分が売れることはさも前提かのように話すが、その容姿と普段のカリスマ性を考えれば、いき過ぎた驕りではないのがわかる。


「ああ、友達とか家族と一緒にいる時間が減るのは嫌だなぁ……」

「そんな広い意味で言ったわけじゃないのだけど……」

「でも、やっぱり勿体無い。今だって、周りから敵意で思えてくる視線が痛いしな」


 冗談めかしにヒメキがそう言った途端、黎の顔が曇る。


「ごめん」

「何で謝るんだよ? こんな視線今更だ。黎はすごく可愛いから、モデルになたら絶対に人気が出ると思うのだけどなぁ」

「うっ? わ、私はヒメキにだけそう思われたら、それで十分よ……」


 声が徐々に小さくしながら、少し恥ずかしそうに黎はうつむいた。


「ごめん、いま何か言ったか? 車の音で聞こえなかったから、もう一度!」

「わざとでしょう? わざとね! 本当は全部わかっていて、私を弄んでるのでしょう!」


 あまりの朴念仁ぶりに、思はず黎はヒメキの胸倉を掴んだ。


「なんでいきなり怒ってるんだ?」


 ヒメキのその態度がさらに黎の癇に障った。


「これで本当に気づいてないなら、もう強行手段に出るしかないわね」


 怒りで我を忘れた黎は、ヒメキの右腕を思いっきり掴み、強硬手段をとるころにした。


「あれ? いきなり、腕を掴んでどうした? 引っ張らなくても、ちゃんと一緒に行くって!ちょっと、痛い! いったい、いまからどんなところに行くんだ?」


 いきなりの行動に戸惑うヒメキに黎は一言、目的の場所を告げた。


「ホテル」


 ◆


 そして、陽は落ち、人も夕方より増え、夜の静けさとは裏腹に、街は更に賑やかになった。

 その頃、丁度、ヒメキたちは六十階建てのホテルから出たところだった。


「いやぁ、疲れたなぁ」

「……」


 どこか清々しいヒメキに対して、黎はどんよりとしていた。


「ん? どうしたの、黎。まだ、落ち込んでるのか?」

「わかってたわよ。わかっていたわよ。制服を着ていて、明らかに学生だろう若い男女が二人きりでなんて、何処も泊めさしてくれないだろうなんて、ね」

「もしかして、実は楽しくはなかった? それとも俺が疲れたって言ったのを気にした? あれは、そんな意味じゃなくて言ったわけじゃなくて、遊び疲れたとかそんな意味だから、気にしてるなら謝る」

「ううん。違うの、少し、思い出して自虐しただけ。ちゃんと、私も楽しんだわよ」

「そっか、よかった! でも、ビジネスホテルの中に、あんな色々なお店とかあるなんて、すごいなぁ・・・・・・でも、最後に行った喫茶店、最初にデザートを持ってくるのは駄目だな」

「順序ね。実際、あのまま行っても、結局グダグダになりそうだったし、勢いを任せたら駄目よね」

「でも、最初に食べとけば、どろどろのアイスを食べなくてすんだ。まぁ、あれはあれで美味しかったけど……」


 偶然にも話が繋がったので、彼女の言葉が独り言だったことを少年は気づかなかった。


「さてと、いまからどうする? ご飯もここで食べたし、夜になったから帰るか?」

「明日も学校があるけど、まだ少し遊んでても、いいんじゃないかしら?」

「なにかしたいことあるのか?」


 ヒメキにそう尋ねられると、黎は少し困った。別にまだ遊び足りないというわけでも、やり残したことがあるわけでもない。

 黎はただヒメキと一緒に入れたらそれだけで満足だ。だが、それをヒメキが察することができるなら、物心ついた頃から今まで彼女は苦労もしなかっただろうし、関係だって進展していたかもしれない。


「ゲームセンターでもいかない?」


 結局は手頃な場所を適当に提案した。


「あれ? 黎ってゲームセンターとあまり好きじゃなかったよな?」


 こういうところはちゃんと理解しているのが、黎には嬉しかったり悲しかったりした。

 黎は普段あまりゲームセンターなどいかないし、そもそもゲームをしない。騒がしく、狭苦しい場所も苦手なので、人が多いあの空間にいるのは嫌だ。


「たまにはいいかなって思ったのよ。ほら、行きましょう」


 買い物などは先ほどのホテル内にあるショッピングモールで十分した。食事もそこでしたし、あとはそんな場所で遊ぶくらいしか選択肢が思いつかない。

 黎が先行して、記憶を頼りに近くにあるゲームセンターに向かおうとしたが、ヒメキの顔が少しうかなかった。


「どうかした? ゲームセンターとか嫌?」

「違うけど……最近さ、失踪事件とか多いじゃないか?」

「ああ、確かに多いわね。 今朝もニュースでしていたよね」

「そんな物騒だし、この時間、ゲームセンターとかって、物騒な人とかいないかな、ってちょっとなぁ」

「私が不良にからまれるのとか心配してくれてるの?」


 ほぼ、そうなんだろうと確信を持って黎は尋ねた。奏日ヒメキという人間は自分よりも他人を気にかける人間だ。

 そうたとえ、多くの人間から嫌われていても、自分を嫌っている人すら気にかけるのだ。

 ヒメキが首を縦に振るうと、黎はやっぱり、と思い、自分のことを思ってくれて嬉しかった。


「まぁ、そんなときはヒメキが守ってくれるでしょう?」

「当たり前だ」


 半分茶化すような言葉だったのだが、そう即答されて、黎は胸が苦しいのにやすらいだような気持ちになった。


「それじゃあ、何も心配ないわね。いきましょう」


 黎はヒメキの手を引っ張るようにして、手を重ねた。手を繋ぐ行為は、何度も自分からしているが、まだ、するたびに胸がドキドキとする。


「あと、逆にヒメキが危ない目にあったら、私が守ってあげるわね」

「それは情けないなぁ……」

「そんなの今更じゃない」

「ひ、酷いぞ、それ……」


 肩を落とすヒメキを見て、黎はクスクスと笑う。


「冗談よ。ヒメキは全然、情けなくないんだから……」


 しかし、守る、という部分は冗談ではない。

 黎はヒメキに危害を加えるものは絶対に許しはしない。これからも、ずっと……。


 ◆


「しかし、何でまたゲームセンターなんだ?」


 ゲームの光と騒音が入り乱れる店内に足を踏み入れた途端、ヒメキが今更ながらに黎に訊ねた。


「到着した途端改まって文句を言うのはなしじゃない?」

「いや、そもそも黎がそういうのやってるの見たことなかったし。そういうのが好きになったのか?」

「別に。ただ、ちょっとだけヒメキとしたいのがあったのよ」

「俺と?」


 ヒメキ自身、ゲーム自体はそこそこしてるし、それは黎も知っていた。ただ、ヒメキがやるゲームはこういった店にあるものではなく、家庭用か、携帯ゲームを少々だ。ここでヒメキと黎ができるものなんてそれこそ、よく宿泊施設にあるエアホッケーの類だろうが、態々赴いてやりたい代物でもないような気がする。


「プリクラ」


 眉を寄せてるヒメキに対し、ぽつりと黎が言った。


「え?」

「だから、ヒメキと一緒にプリクラを撮ったことないでしょ? だから、その、物は試しってやつよ」


 若干歯切れ悪く答える黎を不思議に思いながらも、それ以上追及しなかった。そんな彼にクラスメートたち互いに友人、あるいは恋人とのプリクラを見せびらかせているやり取りを見かけては羨ましいと思っていた彼女の気持など解るはずもなかった。


「あ、…………ごめん。ちょっとここで待って」

「?」


 唐突に待つように言われたヒメキだが、今回はそれなりに長い付き合いなのでその理由を察することができた。その理由を言うのは野暮な話だが、あえて包み答えるならば花を摘みに行くのだろう。


「ああ。わかった」


 にやりと笑うヒメキを少し面白くなさそうにしながら黎は店内の端にある男子禁制の場所まで向かった。まぁ、ぶっちゃけトイレだ。

 暇を持て余したヒメキは何気に店内を見渡す。中にはさすがに時間が時間だけに自分たちより若い年代はいない。ヒメキたちも時間がくれば早々に追い出されてしまう年齢なので、早めに目的を果たした方がいいだろう。

 ある程度、店内を見渡したあと、ある色に目が惹かれた。


 金。流れるような白金の髪が瞳に映った。

 それは今日、ヒメキのクラスにやってきたウィヌス・リュミエールだった。彼女は制服のまま、ゲームセンターの外にある道路を挟んだ向こう側の道を歩いていた。

 見栄える容姿はこんなに離れても人を惹きつけるものなのだと感想を懐いたとき、彼女の様子が可笑しいことに気づく。いや、正確には彼女のまわりだ。

 妙な感覚が起こったので、内心気のせいと感じながらも、彼女の様子をよく観察するとウィヌスの後をつけるように数人のあからさまに威圧的な空気を撒き散らせる男たちがいた。通行人も、彼らを避けて通っているが、なんとなく、なんとなくだが、ヒメキは彼らがただの不良には見えなかった。

 そして、なにを思ったのか、ウィヌスはビルとビルの隙間にある薄暗いくて人気がない路地にその姿を消した。当然のように彼女の後を男たちが追う。


 まずい。


 次の瞬間には、ヒメキは片手で携帯を操作し、黎に「少し外に出るから待っていてくれ」とだけのメールを送った。

 横断歩道を半ば信号無視で渡り、ウィヌスたちのが消えた場所に自分も向かった。



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