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 二年B組がヒメキの教室である。その自分の教室に入っても、世界は変わらない。

 登校してきた奏日ヒメキの存在を気付いた人間は嫌そうな目を向けてから、すぐに視線を元に戻す。毎度のことなので、もはやヒメキは気にしないように努めた。

 ヒメキ席は一番後ろの窓際だ。隣に机があるが、そこは誰も座っていない。つまり、一番後ろは彼一人だけなのだ。日当たりはいい席なので、日陰者に相応しいか相応しくないかは微妙である。


 自分の椅子に座り、忘れ物がないか再チェックした後、今日の予習を軽くしていたら、チャイムが鳴った。次の瞬間には彼らのクラス担任である皐月鐘さつきがねなぎさが入ってきた。


 三十代前半だというのに、見た目はそれよりも若く見え、他の女教師と比べるとあまり化粧気がない。本人いわく、必要ないらしい。背は平均女性よりも高く、着ている女性用スーツはきっちりと着こなしている。

 生徒たちには慕われており、彼女自身面倒見がよい。ヒメキに対しても、他の教師とは違い、ヒメキにとっては有難いごとに他の生徒と平等に接する。

 彼女が現われた途端、教室の生徒たちは、ついさっきまでバラバラの場所にいたのにも関わらず、すぐに自分の指定地に戻るのは、学園生活を一年以上慣れしたしんだものによるものだろう。


 そこで、ヒメキは、前の席の男子生徒が机にうつ伏せで寝ていることに気付いた。


高司たかつかさ、チャイムがなったぞ」

「うむ。ああ、感謝する」


 その一声で起きたのは、高司夜差やさしである。

 短髪の金髪ヘアーで、がっちりとした体は背丈の高く、目つきが鋭いので、いかにもそっち系の人間に見える。彼は毎朝、授業が開始するまでギリギリまで寝ているのだ。それもまた、彼の日常であった。

 この高司夜差も、ヒメキと普通に接せれる数少ない人間だ。もっとも、それは周りと比べてであり、黎ほど親しいわけでもなく、何度か言葉を交わしたことがあるだけの関係だ。

 友人よりも知人という分類が相応しいだろう。だが、ヒメキにとっては彼も希少な存在だ。誰にでも同じような態度なので、自分だけ特別というわけでもないだろうが、話しかけても嫌な顔はせず、礼もちゃんとしてくれるのは嬉しい。

 

 その高司夜差が眼を細めているのにヒメキは気付いた。鋭い眼が、更に鋭くなる。それだけで中々の迫力で、小心者なら有り金を出してしまいそうなほどだ。

 寝起きで不機嫌なのかと思ったが、視線の先を追うと、その理由に気付いた。

 

 黒板の前には皐月鐘教諭の他にも、見慣れない人間が一人いた。

 

 制服を着ていることから女子生徒であろうが、服装よりも目に付いたのは、宝石のような碧い瞳に、白金の長い髪のポニーテール、雪のように白い肌に、スタイルがかなり良い。

 ヒメキの幼馴染である星明黎もスタイルは良いのだが、彼女よりも圧倒的に豊満な胸がそこにあった。

 まるで今でも制服がはじきれそうな胸部を、一部の男生徒は生唾を飲み、女子生徒は嫉妬の眼差しを向ける。しかし、彼女出す全体の雰囲気はその胸によって生み出される妖艶さではなく、その逆に清涼なイメージを感じる。西洋の人形のように整っている美貌は、緩やかな表情は一切ない。緊張しているわけでもなく、元々あまり笑わないのだろうと誰もが感じた。


 だが、氷結のような冷たさではなく、あくまで清涼で清々しい静かな印象を視る人間のほとんどに与えた。星明黎とは違ったタイプの美少女である。そして、明らかに異国の人間だ。

 

 黒板にはアルファベットの筆記体で何か書いてあった。

 周りの生徒も現れた外国美少女に驚きの色を隠せないようだ。


「ええ、いきなりだが転校生を紹介する。まずは自分から自己紹介を頼む」


 皐月鐘教諭が促すと、彼女は一歩前に出た。


「こんにちは、みなさん。本日からこの学校に通うことになる、ウィヌス・リュミエールといいます。

 両親の仕事の都合でフランスから日本に来ました。なれないことも多いでしょが、精一杯頑張りますので、どうかよろしくお願いします」


 流暢な日本語、鈴のような声で丁寧に異国の少女は教壇の前で挨拶をした。

 黒板に書かれたのは彼女の名前で間違いないだろう。


「見てのとおり、彼女は日本語が達者だ。だが、先ほど彼女が説明したとおり、まだ日本になれていないとこもある。そこらへんは各自がフォローしてくれ。では、なにか質問はあるか?」


 皐月鐘教諭は補足するように説明して、クラスに質問を促す。

 そこで、止められたものが爆発した。


『は――――――――――――――――――――――――――――――いっ?』


「いままでどこに住んでいましたか!?」

「てめぇは馬鹿か! さっきフランスだと言っただろうが!」

「おめぇこそ、アホか? フランスのどこにいたのかを聞いたんだよ!」

「外人巨乳っ子、キタッ―――――――――!」

「趣味はなんですか? 俺は、今から貴女に変わりました!」

「いまはどこに住んでいるのですか? 良かったら近場で遊べる場所を教えますよ!」


 再度説明するが、ここ私立光園高校は評判がいい学校である。学力は県内でも上位に位置し、素行も悪くなく、目立った陰湿な虐めなどはない。

 補足説明をするなら、なぜかテンションが高い人間や少々変わった人間が何故か集まる場所だ。それも外側の人間が見たら賑やかな学校と捉える。あくまでも外側から見てだが……。


 一気に賑やかになった教室をヒメキは手で口元を隠しながら、笑った。

 騒がしくて、でも楽しそうな風景。自分の居場所はそこにはないが、ヒメキはこの雰囲気が好きだった。


「彼氏います!?」

「同性愛って興味ありますか?」

「付き合ってください!」

「そうだ、野球をしよう」

「一緒に宇宙の真理を突き止めましょう」


 もはや、これは質問ではないだろうが。


「日本の皆さんはみんな元気がいいのですね」

「いや、この連中らは別格だと思ってくれ」


 突然の活気に対して動揺するなく涼やかな反応する外国人留学生に、教師の定めとして担任の皐月鐘教諭は溜息交じりで素早く正しい知識を教える。その迅速な指摘はさすが慣れたものだ。


「しかし、これでは収拾がつかないな。質問はホームルームの後に各自がしてくれ。で、リュミエールの席は―」


 教室を見渡して、空いている席を見つけた。


「奏日の隣が空いているな。あそこに座ってくれ」


 皐月鐘教諭が言ったのはヒメキの隣の席だった。

 その言葉を聞いて、さっきまで賑やかだった教室内の少し微妙な空気に変わった。

 

 自分が話題に上るたびに何度もあることだが、ヒメキは内心、嫌な気持ちになる。

 

 だが、それは周囲の人間がそんな反応を自分にしたことではなく、そうしてしまった自分に苛立ちを感じた。

 それが奏日ヒメキという人間だ。

 そして、ウィヌスが言われた席を目にし、近くにいたヒメキを視線が重なった。


 一瞬の間。ほんのなんでもない、気づかないかもしれない些細な間。だが、確かにその間があった。

 

 当人たち以外にその間を気付く前に、ウィヌスだ自分の場所だと言われた席まで静かに歩き、席に着いた。


「えっと、リュミエールさん教科書ある? ないなら一緒に見ようか?」

「いえ。すでに持参しておりますのでご遠慮なく。気遣い感謝します」


 ウィヌスに声をかけたのはヒメキ、ではなく、彼とは反対の隣席座る男子生徒だ。青春の一ページを彩るために、決死の思いで美少女にかけた言葉は、すぐさま泡に消えた。哀れ。その男子生徒は機会を模索するが今後、彼は転校生と必要最低限の交流しかとることをできないだろう。塵一つの可能性もない。

 周りに座る他の生徒たちはウィヌスをチラチラと覗きしながらと他愛のない話を始める。


 そして、同じく隣椅のヒメキは彼女が座った途端、いや、あるいは最初から彼女から意味ありげな視線をヒメキは感じていたのだ。

 それは勘違いではなく、確信。絶対不変の真実。


「ああ、静粛に。とりあえず、その他の連絡事項を聞け」


 教室のざわめきを余所に皐月鐘教諭は淡々と自分の仕事をする。そこでようやくざわつきが落ち着き、全員が前を向く。いや、数名はあいかわず転校生を見たままだが、それを咎める人間はいない。当の見られている本人は見られているのは慣れているのか、涼しい顔で皐月鐘の話を聞いていた。

 同じく、ヒメキも前を向いていたが、相変わらず、隣にから、慣れしたしんだ感覚を感じる。


 分かりやすくいうなら、敵意の一言。

 嫌われ続けていたヒメキは他人の悪意や敵意に敏感だった。自分に向けられたものなら、それがどんなに些細なことだって、他の誰もが解らなくとも、ヒメキには解った。


 その敵意を、ウィヌス・リュミエールから感じる。


 正直、彼女とは会ったこともない。事実、ヒメキはウィヌスはこれで初対面だ。

 初対面でも人から嫌われるたちだが、それはなんとなく嫌い、というレベルであり、最初から露骨に敵意むき出し態度をいままでされたことがなかった。


 しかも、敵意の度が違う。他の敵意は強くても肌に針が刺されるような気分だが、これはまるで鋭い剣の先を向けられるような、今にも殺されそうな感覚だ。

 ここまで来ると、それは殺意だろう。

 

 それが先ほどからこっちを見ていなくとも、外国からの留学生から明らかに敵意を感じるのだ。


 我ながらにと、ヒメキは内心苦笑するしかない。


 どやら外国の感性なら、日本人以上に奏日ヒメキとお気に召さないようだ。

 まぁ、理由を聞いても、いつもどおり曖昧な返答になると諦め気味で、これも内心で溜息をつく。

 周囲からも痛い視線、大抵のことには慣れているつもりだが、今朝は一味違ったようだ。


 その程度の認識でしかなかった。

 それが始まり、否、すでに始まっていた。

 


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