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 気づけばいつも一人だった。


 それを寂しいと考えたことがなかった。


 思考すれば、その先にある虚無感を受け入れなければならないからだ。

 受け入れることは、わずわらしい。


 周りを見ると、誰もが皆笑っていた。


 他愛ない営みの中に笑っていた――弱者を踏み台にして、その相手を嘲笑する。

 自らは幸福であると感謝していた――不幸な存在を蔑ろにした。

 目の前にあるものだけを大切にした――誰かの嘆きなど道端の塵芥でしかない。


 あの場所に行きたいと思った――あの場所に行きたくないと思った。


 世界はこんなにも美しい――世界はこんなにも醜い。


 そんなことばかりを思っていた。

 相反こそ理だと受け入れていた。


 受け入れていた、のだ。


 それを受け入れきれなくなったのはいつだったのか解らない。


 だが、いつの間にか行動にしていた。

 後悔などない。

 決めたら進むだけだ。


 世界に足を踏み入れ、そして、世界の敵となった。


 ◆


「小学生が作った落とし穴に填まる高校生ってどう思う?」

「幼馴染でなかったら死ねばいいと思う」

 

 そうか、なら幼馴染でよかったと少年―奏日かなかヒメキは安心したが、いやいや、そもそも、確かに恥ずかしい出来事ではあるのだが、落とし穴に填まった恥辱だけで命を落とさないといけないという発想は、相変わらず物騒な幼馴染だとヒメキは再認識せずにはいられなかった。

 四月後半、桜がほとんど散り、青々しい木々が立ち並ぶ爽やかな朝の通学路で、平然とそんなことを言う彼女もさることながら、その情けない出来事を語る自分はとても切なく感じる。


 そんな幼馴染であり、ヒメキにとって唯一の友人の彼女、星明ほしあけれいはヒメキに「で?」と訊ねた。


「それだけじゃないのでしょ?」


 黎はそんなことになった幼馴染を気にかけた。


 星明黎の見た目はそのあたりのアイドルよりも良く、整った顔に腰まである長い髪、無駄な脂肪がないスラリとした体。まさに美少女と言っても過言ではない容姿なのだ。また容姿だけではなく、頭脳も学年トップ、運動神経も良く、たまに色んな部活の助っ人をするほど。さらには男女関係なく慕われており、それら全てを鼻にかけることもない。多くの人望、素晴らしき容姿、天才的能力を持った彼女は現在二年生で生徒会副会長にもなっている。

 来期の生徒会長は間違いなく彼女という声も多いことから、圧倒的なカリスマがあるのは説明するまでもないだろう。

 

 そんな物語の中にしかいそうにないスーパーハイスペックチート女子高生に心配されたら、男女問わず大抵の人間は大いに喜ぶ。

 

 もっとも、ヒメキは彼女とは生まれてからの付き合いなので、心配されてもそこまであからさまに喜んだりはしない。聞くものが聞けば罰あたりだと思われても当然だろう。

 だが、彼とて、やはり嬉しいことには変わりなかった。もっとも、そこに邪推はなく、幼馴染が心配をしてくれているという認識であった。


 だが、慣れってしまったこともあり、いつもそこまで表に出してはいないが、自分の身を按じてくれる彼女にヒメキは毎度感謝している。


「ああ。でな、落とし穴から脱出したら、落とし穴を作った小学生たちから泥団子の嵐、何とか逃げることが思った途端、公園の出口で、ああ、落とし穴にあったのは俺の近くに公園あっただろ? あそこ。

で、出口で足を犬にかまれて、時間もないからそのまま噛まれたまま公園の出口にあるゴミ捨て場に向かうと、今度は大量のカラスに突かれて、そうこうしていたら結局ゴミを回収業者に持って行ってもらえず、カラスと犬を何とか追い払った後で汚れてボロボロになった制服の替えを家までとりに戻ったんだ」


 嘘かのような散々な出来事だ。大抵の人間は疑うだろうが、しかし、星明黎はその枠に入らない。


「それが待ち合わせに遅れた理由ね。怪我とかは大丈夫なの?」


 話を聞いた黎は、心配した顔のまま隣に歩くヒメキに目につく外傷はないか全身見渡しだした。

 他の人間だった場合、おそらく違う反応をするところだろう。


 ヒメキと黎は一緒に登校する約束をしていた。それは今日限ってではなくほとんど毎日である。

 しかし、待ち合わせの時間にヒメキは来ず、彼は数分遅刻した。

 

 その遅刻した理由が先ほどヒメキが語った内容である。

 先も述べた通り、他の別の人間がそんな言い訳をしたら、大半の人間が嘘だと思うだろう。

 だが、彼は例外である。

 もっとも、ヒメキの話した内容は真実であるのだが、彼自身がその例外ゆえに他の別の人間にこのことを話しても別の理由で信じてはくれないだろう。

 けれども、黎はヒメキの話を信じる。


 もっとも、それは彼女にとって至極当たり前なことだ。


 そして、信じる信じない以前に、彼がそんな朝から悲惨な目に遭い、怪我はないか? 疲れてはいないか? など、彼のことが心配で心配でしょうがなかった。


「大丈夫だって、俺、知っての通り頑丈だし、|珍しいことでもないし(、、、、、、、、、、)」

「頑丈なのは知っているし、|毎度のことかもしれないけど(、、、、、、、、、、、、、)、それでも毎度心配なものは心配なのよ。大丈夫? 無理してない?」

「無理知ってないって、信じろよ」

「・・・・・・、わかった。あまり気にかけても鬱陶しいだろうし、これ以上言わないわ。けれど、無理していたって解ったら怒るわよ」

「なら、怒られることはないな。あと、黎にいくら気にかけて貰っても鬱陶しいとは思わないぞ。ただ、心配する必要はない、それを言いたかっただけだから変な勘違いはするなよ。気にしてもらえるのは正直嬉しい」


 ヒメキ自身、その言葉にそれ以上の他意はないのだが、彼がそう言うと、黎は眼を丸くし、視線を逸らして、「どうして態々そんなことを言うのよ……」と微かに頬を染めながらヒメキに聞こえないような小さな声で呟いた。


「ん、どうした?」

「なんでもない」

「そうか? んじゃあ、最後に遅れてごめん」

「最初に謝ったのだから、もう一回謝らなくてもいいわよ。それよりも、今日もそこら中から嫌われているわね」


 黎の言葉通り、彼、奏日ヒメキはよく色んなものから嫌われている。


 冗談抜きで、嫌われ方が異常にほど嫌われるのだ。


 それは人間にしろ、動物にしろ、時にはいきなり天気が悪くなったり、思わぬ足止めを食らったり、生物以外のそういったものからも嫌われているとのではないかと思うくらいだ。

 もっとも、天気とかは、単に間が悪いだけかもしれないが、それでも生物に対しては本当によく嫌われている。


 たとえば、彼がすれ違い様に近くに住んでいる誰かと出会うとしよう。

 そしてヒメキは相手に清々しい笑顔で丁寧に挨拶する。

 普通なら挨拶されたほうは多少の差はあれ、挨拶し返してくれるものだ。

 だが、その時の大抵の場合、相手の反応はあからさまに嫌そうな顔、もしくは怪訝な顔をして、軽く首を縦に下ろしただけで去るという結果だ。

 日本人のモラルの低下などが囁かれている昨今だからか、またはその相手が特別に失礼だというわけでもないのだ。


 奏日ヒメキにとってそれが日常なのだ。


 どんなに人が良さそうな人に同じことをしても大抵はそのように対応をされる。

 奏日ヒメキは初対面、知り合い関わらず、なぜか嫌われる。避けられる。


 それは人間以外もそうなのだ。今日の朝の出来事のように動物からもよく敵意を向けられる。

 奏日ヒメキの外見は細身の中性的な童顔で、顔だけ見れば初対面の人間少女と勘違いすることは少なくない。しかし、そんな外見が嫌われる要因になるわけではなかった。


 そして、内面的な部分に置いても彼はとりわけ素行が悪いわけでもない。真面目に学校も行くし、たまに頼りない時もままにはあるが、他人を気使い、前向きで、結論を言うなら良心的な少年である。


 だが、しかし、ほとんどの他人が彼をなぜか、被害妄想などではなく、それこそ、なんとなく、特に理由もなしに嫌うのだった。あえて言うのであれば嫌いだから嫌いという陳腐な理由。

 だが、そんな陳腐な理由で、ヒメキは十六年以上、生まれてからずっと嫌われ続けたいた。

 それがヒメキの日常だった。


「ほんと毎日毎日、いったいヒメキがなにしたっていうのよ」


 だが例外も存在する。


 解るとおり、星明黎がその例外だ。


 彼女の他にも彼女の両親に彼自身の両親もいた。他にも数名ほど彼に嫌悪感抱かず接する人間もいる。

 それならいい別にいいのではないか、こんな可愛い幼馴染がいてむしろ羨ましいと考える存在もいるだろう。むしろ勝ち組ではないだろうか?


 だが、この世にいる多くの勝ち組の存在は、果たしてヒメキのように自分のことも知らない人間から、すれ違っただけでも嫌悪感を抱かれる存在はどれだけいるのだろう?

 よって、ヒメキは希な存在であり、同時に彼に普通以上に接することができる存在もまた希なのだ。


「それにしても、小学生? ヒメキを穴に落としたの。なんか計画的な犯行ぽいわね。前にも同じことがあったような・・・・・・」

「ああ、そうそう。この前スライムをぶつけてきた同じ子たち」

 ちなみにスライムはスライムでも、当然ドラ○エに出てくるあのスライムではなく、人工的に作られ、教材や玩具として使われているスライムのことである。

「スライムて・・・・・・泥団子より悲惨ね。でも、同じ人間、しかも小学生が迷惑かけるのはちょっとだけ珍しいわね。なんか、ヒメキのほうから何かしたの?」


「恨まれるようなことは何もしてないはずだぞ? ただ―」


「ただ?」

「前にその子たちの友達の女の子を助けたことがあって・・・」

「女の子を助けた?」

「なんか木から降りられなくなった猫を助けようとしたら、自分も降りれなくなって、それを助けてあげたんだ。そうしたら、その子自身はなにもなかったんだけど、その子の友達がなぜかわからないけが怒ってきて『赦さん、赦さんぞ! 貴様は我等の仇敵なり! 怨敵なり! 蒙昧に迎えさてやる末期の刹那すら安息はないッ!』って言ったのが始まりかな?」


 それを聞いた黎の綺麗な顔に少し眉間が寄る。


「………小学生よね、それ?」

「まったくわけが解らないなぁ……」

「もしかして、助けた女の子自身に余計なことをしたんじゃないわよね?」

「いや、してないけど?」

「ヒメキがそう思うだけで、なにかしたのかもしれないでしょ?」


 いつのまにか訝しむようにこちらを見ていた黎にヒメキは戸惑った。


「いやいや、なにもしてないって! そりゃ、助け途端逃げられたけど余計なことはしてない」

「そう。なら、未成年誘拐容疑で警察に行きましょう」

「なんでそうなるんだ!?」

「ロリコン疑惑があるからよ。女の子も危険を察知したから逃げたのね」

「わけがわからない!」

「大丈夫。毎日、面会には行くわ」

「そんな心配はしてねぇよ!」


 そんなヒメキの反応を面白がるように黎は笑う。からかわれたと理解し、ヒメキは憮然としたが、先ほど漂った陰鬱な影はなくなっていた。


 そんなやり取りをしている内に、二人は学校の近くまで来た。

 二人が通う、私立光園高校は率直に言うと評判がいい学校である。

 学力は県内でも高い位置にあり、当たり前かもしれないが白を基調とした校舎には落書き一つもなく、窓ガラス一枚も割れていないことで素行も悪くないのがわかるだろう。


 それが外から見ても、内から見ても同じだったのは唯一の救いだろうか……。


 奏日ヒメキは人から嫌われている。この学園内においてもそれは例外ではない。


 しかし、嫌われているが、虐めを受けているわけではない。正確には、暴力や盗難など眼に見える実害ない。


 だが、周囲からは避けられていた。

 学園内の奏日ヒメキも行動に問題などない。真面目に授業を受けるし、提出物だってしっかり出している。他の生徒や教員たちにとる態度だって悪くない。

 だが、他の生徒、教員たちが彼にする態度は正直、褒められたものではない。

 必要最低限のやり取りはせず、皆、彼から距離をとる。

 

 一方、彼の隣に歩く星明黎は間逆だ。

 先ほども説明したように彼女にはカリスマがあり、人望がある。

 その二人が一緒にいたら周りの反応は決まって―


「ヒソヒソ・・・・・・(またあの二人、一緒にいる)」

「ヒソヒソ・・・・・・(副会長も大変だよな。日蔭者の世話なんて)」

「ヒソヒソ・・・・・・(そこが良いところでもあるのだけど、奏日のやつはそれに甘え過ぎだ)」


 といったものだ。


 人気者と不人気者。近くにいる登校中の生徒たちは、ほぼみな、奇妙な組み合わせを見るような眼で陰口を叩く。

 当然、会話の内容は耳には入ってないが、その周囲の様子を二人は気づいていた。


「ああ!? そう言えば俺、昨日宿題やり忘れた!」


 唐突にヒメキが慌てたように叫んだ。


「ちょっと、ヒメキ、また――」

「んじゃあ、俺先に行って宿題やらないといけないからお先にッ!」


 なにかを感づいた黎が反応し終える前に、ヒメキは我先に校門へと走っていった。

 ヒメキは心の中で黎に詫びながら、周囲の陰口を走りながら耳にする。


「ヒソヒソ・・・・・・(星明さんを置いていくなんて何様だ?)」

「ヒソヒソ・・・・・・(幼馴染のお情けで話しかけられているのに、最低……)」

「ヒソヒソ・・・・・・(宿題を忘れたのは自分の責任なのによ)」

 

 突然置き去れた黎を見て、ヒメキに非難の眼を向ける。

 

 勿論、ヒメキもそれは本当に悪いと思う。わかっていての行動だった。

 そもそも、ヒメキは宿題など忘れてない。彼が黎と別れて先に行った理由は周囲の視線があったからである。

 

 だが、それはヒメキが周囲の視線と陰口で居心地が悪く、黎を一緒にいて比べられるのが嫌だった、訳ではけしてない。

 なによりも、あの状況に一番憤慨しているのは、ヒメキよりも黎だったりする。

 

 こんなことがあった。

 今のように、ヒメキと黎が一緒にいるとこを周りが見て、同じような反応をした。

 

 真っ先に怒ったのは黎だった。

 

 その時の周りの反応は、反省したように暗かった。

 そして、結果、奏日ヒメキのために怒った星明黎の評判は上がり、その原因となった奏日ヒメキの評判は下がった。

 本当の原因は二人を比べた周囲なのだが、それを気づかない解らないのが、そういった考えに至る人間たちである。

 

 黎が何度繰り返そうが、自分の評判ばかりあがり、庇護され、逆にヒメキが非難される。

 そう、彼女自身が自身を慕うほとんどの人間に嫌悪しているのにも関係なく、ヒメキがなにをやっても周囲から嫌われる人間なら、黎は逆に何をやっても好かれる人間だった。

 

 いつしか、よほどのことがない限り、黎は周囲の反応に対する気持ちを隠した。

 

 抑えたのではなく、諦めたのではなく、必死に隠した。溢れだす怒りをひた隠しにした。

 それを露わにするとヒメキがまた悪い目で見られてしまうから、必死に我慢した。

 

 そんな自分のために無理をする黎をヒメキは知っていた。

 そして、そんな彼女に対してできることは極力人前では一緒にいないことだった。

 本当に極力、完全に一緒にいないとなると、それこそ彼女が哀しむので、本当に極力人前では接しないようにしていた。

 例えば、さっきのように黎が周囲に対して、怒りを感じ、それを無理して抑えようとしたらそれとなくヒメキは彼女から離れる。


 当然、その行動の意図に黎は不満を感じて、文句を度々するが、ヒメキはやめない。

 相手も自分を思ってくれて、それをやめる気がないのなら、自分も止めない。

 奏日ヒメキは他の人間よりも、多くのものから忌み嫌われ、避けられる。

 だが、そんな自分を思ってくれる存在がいることは、とても幸せなことではないかと嫌われ者は思っていた。

 それが今までの彼の日常だった。



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