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「なっ! なんで、ですか?」
ヒメキのその表情、その言葉にウェヌスはあまりに動揺した。
暗い、辛い顔、それでなくても、無言で何かを我慢するぐらいは予想していたが、納得したように笑うのはどういうことだ?
この事実はこの人には辛いものだとウィヌスは考えていた。
一人で生きていける。他人など信じない。そんな人間は確かに存在し、そんな人間がこのような境遇であってもただの事実として受け入れるだろう。そこになにも重いなんて存在しない。
だが、この少年は違うはずだ。そうだと思っていた。
出会って二日、ちゃんと見て半日程度でしかないが、この少年は異常と言ってもいいほど他の人を思やる人間だと思った。自分を殺そうとした人間を助けるお人よしだ。
他人が好きだという人間は他人と関わりたいはずだ。
なのに、その多くが自分を嫌う事実を、そこまであっさり受け入れるものなのか?
「自分を嫌っているのに、なんで平気なんですか? おかしいですよ……」
「平気じゃないよ。だって、みんな好きだからね」
「好き? 自分を嫌う人でもですか?」
「人を好きになるのに、相手の気持なんて関係ないんだよ。嫌われるから、好きにならないわけじゃないんだ。惹かれるとこがあって、どうしようもないから、たとえ嫌われていても、誰かを好きになるんだよ。それを、確信を持って言えるようになった」
そう言いながら、ヒメキは部屋の奥にある窓へと足を運んだ。
窓からは青空の下で昼食を済ませた生徒たちがサッカーで遊んでいたり、木陰で談笑していたりする姿が見えた。
「いままで不安だった。人から嫌われることが当たり前すぎて、それを簡単に受け入れていた自分は誰も本当に好きじゃないかってな。でも、改めて自分自身に原因にあって知って、すっごく哀しくって、それと同じくらい、やっぱり好きなんだってわかったよ」
ヒメキがなにより不安に思っていたのは、自分が他人に思うこの気持ちが偽善や陶酔によるものではないかと思っていた。自分は嫌われているが、自分は好きでいよう。その姿はあまりにも健気ではないか。なんと素晴らしい精神ではないか。そんな自己満足で生み出した感情ではないかと何度か疑問に思っていた。
しかし、改めて嫌われる理由がどうしようもないものだと知ったとき、自分の心はとても痛く、同時に自分が思う気持ちは偽善や陶酔ではなく、純粋に自分がそう思うからだと気づけた。
ヒメキは窓の光景を眺めながら、見知った顔を何回か見つける。
「あの子は毎日花壇に水を上げている子なんだ。あそこでボールを蹴っている人はいつもみんなを明るくしているんだ。みんな、いいところだってあるよ。それを自分が嫌われているからって、見ようとしないのは、それこそ悲しいことだ」
ずっと見てきた。たとえ避けられても、遠くから、迷惑にならないように、ヒメキは色んな人を眺めていた。
「俺は、こんなんだから、色んなみんなと遊んだり、普通に声もかけれないけど、寂しいけど、そこは我慢。無理関わって、嫌な思いなんてさせたくない。みんな、目の前の光景を大事にして欲しいな」
たとえ自分がその場にいなくても、奏日ヒメキという人間は他の幸せを願っていた。
あまりにも馬鹿馬鹿しい。聖人君子にでもなったつもりか、けして報われないその思いはなんとも愚かしく、さびしさを押し隠すように笑うその様はとても滑稽で――。
ウィヌスは窓を見つめるヒメキを見つめる。
黎も幼馴染も予想外、けれど彼らしい言葉を聞きながら、ヒメキを見つめていた。
それは温かなものだと、二人の少女は一人の少年を見つめながら想った。
「ああ、なんか、二人ともしんみりしないでくれよ」
押し黙る二人の様子を見てその真意もわからずヒメキがうろたえると、黎は大きな溜息をした。
「別にしんみりしてないわよ。ただ、相変わらず能天気だなって思っただけ」
「それに関しては私も同意見ですね」
「アンタと意見が同じでも嬉しくもないけど……」
「残念です。また同意見ですよ」
「ふ、二人とも喧嘩しないっ!」
仲裁しながら、ヒメキは一つ少し疑問に思ったことを口に出した。
「そう言えば、俺が人から嫌われることは解ったけど、二人とも普通に俺と接してくれているよね。これはなんで?」
「殺そうとしたのが普通に接してる、ねぇ」
「貴女もしつこいですね……。説明するとそれには様々な理由があるのですが、貴方が人に嫌われるのは《特異技術》でいうところの魅了のようなものです。効果は逆ですがね。それゆえに簡単に対処できるものでもないのですが、ある種の抵抗力があれば影響を受けません。私の場合は訓練によって抵抗力を身につけており、ホシノさんの場合は《再臨者()》の恩恵だと思います」
「そっか.! つまり、少しだけ特別な人たちとなら俺も普通に接してくれるんだ」
それはヒメキにとって単純に喜ばしいものだった。そういう境遇の人間がこの先、どれほど出会えるかわからないが、普通に接する存在が僅かでもいる事実は嬉しかった。
ただ、黎はそんな?季の様子を複雑な顔で眺めていた。
「けど、それと君が俺を観察していたことになんの関係があるのかな?」
「それを話す前にあることを説明します。昨晩も話した通り、私の本来の目的はこの地で起きている問題の解決です」
「うん。確かに言っていた」
「ニュースでご覧になっているかもしれませんが、この近辺で失踪事件が多発しています。それが今回の件そのものと言っていいでしょう」
ウェヌスの言うとおり、最近、この辺りでは失踪事件が多いとは?季たちも知っていた。
「つまり、最近起こっている失踪事件が《特異技術》関係だということ?」
「厳密に言うなら、失踪ではなく殺人事件(、、、、)です」
一瞬、何を言っているのか?季は理解しなかった。
そして、ウェヌスの言葉を頭の中で再度繰り返すと、徐々に血の気が引いてくような気がした。
「警察は余計な混乱を避けるためか、それとも確証がないのかそれを隠蔽しています。我々が独自に調べた結果、現場と思しき場所には致死量を超えた血痕と魔術を行使した痕跡が残されていました。我々は《特異技術》関連の事件と断定。即座に私がこの学校に派遣されました」
ヒメキは重たい内容を黙って聞いていたが、そこで違和感を覚えた。そして、嫌や予感は的中する。
「数日前、失踪した被害者がこの学校校内で目撃したという情報がありました。詳しく調べて見ると魔術を使用した痕跡が多々発見。つまり、犯人はこの高校に潜伏、あるいは関係者と思われます」
「で、更に調べるとヒメキ――、《極罪》の《再臨者()》がいたから犯人だと決めつけたわけね」
「ええ、そうです」
黎の皮肉をウェヌスは涼しい顔で受け流した。別にそのことで負い目がないわけではないが、何度も指摘されるたびに謝罪しては話が進まない。
「そこで、私は改めて犯人の断定するためにカナカさんを観察しました。言っておきますが、それはまだカナカさんを疑っているというわけではありませんから……」
ウェヌスのその言葉はどちらかと言うと、とうの?季よりも黎に対して言ったものだった。それが解ったのか黎は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「先ほど説明したとおり、カナカさんと普通に接することができる人間はある種、特別な存在です。つまり、それが今回の犯人だということです」
ヒメキは聞いていてとても胸が痛んだ。自分が通う学校に常識外れの《特異技術》使う殺人犯がいるかもしれないこともショックだが、それよりも自分と普通に接してくれる僅かな存在が、そのようなモノかもしれないほうが嫌だった。
「……それで、犯人は特定できたのかな?」
「ええ」
ウェヌスは静かな声で肯定した。
「聞いても、いいのかな?」
ウェヌスは少し考えた後、口を開いた。
「貴方の前の席、タカツカヤサシです」
高司夜差、それはよく授業中に寝ているクラスメートだった。
言われてみれば、彼はヒメキに対して周りの人間よりも距離を置いていない。親しいというわけでもないのだが、普通に挨拶を交わすだけでもヒメキにとっては珍しかった人間だ。
そして、強面ではあるが、悪いような人間にヒメキは見えなかった。それが最近起きている失踪事件、否、《特異技術》が関わる殺人事件の犯人だとは正直、信じたくない。
「お気持ちは察します。ですが、貴方に接する態度以外にも怪しい点を見つけました」
「え? それは、なに?」
「日本人なのに、髪が金髪です。ありえません」
……。
…………。
……………………。
「…………。それがどうした?」
「悪の証しです!」
ウェヌスは揺るぎない瞳で断言した。
常人離れした身体能力に、《特異技術》の知識、そしてどこかの組織に所属しているこの少女は、少々残念な部分があるとヒメキは思い出した。
「一言言っておくけど、彼の頭は地毛よ」
呆然としていたヒメキをよそに呆れた声でそう言ったのは黎だった。
「え? いま、なんとおっしゃいました?」
「だから、地毛よ、地毛。彼の母親はどこか外国の人。ハーフなのよ。前にそのことが問題になって調べたことがあるのよね」
「で、ですが、授業中に寝ていたり、話に聞けばよく夜の街に出没するそうではありませんか?」
「そう言えば、彼って家庭に問題があって、家のために学校から許可を貰って夜遅くまでバイトをしてるわね。授業中に寝るのは正直、褒められたものではないけど、普段の態度に問題はないわ。むしろ、良いほうね」
高司夜差は不良どころか親孝行の善良な生徒だった。もっとも、仮に不良だとしても、それで殺人犯と呼ぶのはかなりの横暴である。
「ちなみに、ヒメキへの態度で犯人と断定するのは軽率ね。私みたいに、普段、そっち側に関わってることを表に出さない人間だっているし、どちらかと言えばアンタもそうじゃない。もしかしたら、高司君もそうかもしれない。あと彼はさっきも言った通り夜遅くまでバイト、直ぐに帰宅して次の日は学校。とても街で余計なことをする時間なんてないはずよ。自宅やバイト先に聞けばアリバイだって実証される」
「……」
そこまで黙って聞いていたウェヌスは少しの間をおいてからフラフラと出口まで歩いて行った。
ガラガラ タッタッ ガラガラ
「勝った」
「なに勝ち誇ったような顔をしてるの? なんか出ていちゃったぞ!」
「よほど自分の考えが外れたのがショックだったのね」
「解説はいいから、追いかけるべきだろ?」
「なんでよ? あの子がどこでどうしようが、私たちには関係ないじゃない」
「そんなことない! 一人で殺人犯に立ち向かうのだって危ないし、それにその犯人はこの学校にいるかもしれないんだろ? 早く何とかしないと!」
「……、その言い方、もしかしてヒメキはあの子の手伝いでもしたいの?」
黎にそう指摘されて、ヒメキは改めて考えみると否定する要素がなかった。
「なんで?」
そんなヒメキの様子に気づいた黎は、怒ったような顔で不満そうに尋ねる。
「なんでヒメキがあの子の手伝いなんてするの? 第一、あの子はヒメキを殺そうとしたじゃない」
「それは誤解だったし……」
ヒメキがそう答えると、黎は嫌なものでも聞いたかのような顔になる。
「……誤解で許すなんて、どこまでお人よしなのよ・・・・・・」
黎はヒメキを見ながら呆れたように溜息をする。
「私はヒメキが危ないことを自分で進むのは賛成しないわ。ちょっとでも怪我でもしたら絶対泣く。それ以上なんて考えたくもない。そして、仮にヒメキが自分から首をつっこんで、危ない目にあったら私はアイツを許さない。というか、いまでもヒメキを襲ったことは許せない。これは幾らヒメキが許しても私は許せない
私はどんなことであろうと、ヒメキが傷つくのは嫌。ヒメキの意志なんてお構いなしにね。その原因は絶対に許さない。消し去りたい」
そう言って、黎は椅子に腰をかけた。
「そうか・・・・・・黎は相変わらずだな」
ヒメキはそう言って、自分も黎の反対側の椅子に腰をかける。
「幻滅?」
「まさか。黎は俺を想って怒ってくれるんだろ? とっても嬉しい」
「重いとか、嫌気がさす~とか、しない?」
「まったくない。俺は黎が自分が思っている以上に良い子だと思ってるぞ」
黎は上半身を机に預けて、両腕を組んだ所に自分の頭を左に傾かせながら置き、上目遣いで近くにあるヒメキの顔を見る。
「うん。だから、ヒメキには敵わない・・・・・・」
小さな声で、嬉しそうに、少し頬を染めてながら呟いた。
そんな彼女を見て、ヒメキは、今まで何度かしたことを、問いかけた。
「黎は・・・・・・まだ人が嫌いか?」
何度かされた問いかけに、黎は顔を両腕の中に伏せて、曇った声で、いつものように答えた。
「うん、嫌い・・・・・・」
昼のチャイムが鳴る。昼食は喰い逃したが、そのことを今の二人は気にも止めていなかった。




