12
生徒会室に到着したときに呟いたウェヌスの言葉に黎は溜息交じりで答えた。
「生徒会室……、部外者が勝手に入ってもいいのですか?」
「厳密では駄目なんでしょうけど、うちの会長とかそんなの気にしないし、そもそも副会長である私が招いたんだから問題ないわよ。それよりも! さっきはなんでアンタがヒメキと一緒にいたのよ!」
黎は胸倉でも掴みそうな形相でウェヌスに怒鳴った。
「何度も言いましたが、なにもありません。あれは偶然です」
「そんな言い訳通用すると思っているのっ! 証拠にもなく、またヒメキを襲うつもり?」
「昨日、今はそれをしないと言ったばかりではないですか……」
「今は、がかなり引っかかるわね」
「心配症ですね」
「そりゃあ、昨日襲った相手が襲いかかった相手と一緒にいると心配になるわよ」
「貴女に信用を得ようとは期待していません。ですが、仮に襲うにしても、こんな他の人間が多い真っ昼間に実行する愚行を私がすると思われるのは心外です」
「刃物を振り回す人間が言っても説得力がないわね」
「それを言うならば昨晩、貴女は私を容赦なく殺そうとしました。そんな貴方こそ、いつ私に襲いかかってきてもおかしくはないと私は思っています。それこそ周りのことなど気にせずにね」
「お望みなら今すぐに実行してあげてもいいのよ」
先ほどとは比べものにならないくらいの険悪な雰囲気が部屋の中へ一気に広がった。
まさに爆弾が破裂しそうな危うさをヒメキは感じ、咄嗟に二人の間に割って出た。
「あ、あのさ! そういえば俺、昨日のこと、銭湯でのリュミエールさんに謝りたいんだ!」
ヒメキが大きな声で言うと、なんのことか察したウェヌスの顔が赤くなり、黎はさっきとは違った種類の顰めた顔になった。
「そうよ! 聞いたわよ。なんで、あんたが男湯にいたのよ! もしかして、本当は男なわけ?」
「ちょっと黎、それは失礼だぞ! リュミエールさんはちゃんと女の子だって昨日見たし―」
そこまで言ってから、ヒメキは自分が失言したことに気づく。
「見た? ふぅ~ん、見たんだ。女の子だって解るくらい見たんだ」
黎がどす黒い視線をヒメキに向けてきた。
「いや、その見たんだけど、幸運なことに湯気で本当にやばい部分は見えなくて、うん本当だ! そう、見えたのは一部分だけさ!」
なんとも言えない恐怖がヒメキの体を蝕み、しどろもどろになりながらも必死に言葉を出した。
「一部分? どこよ?」
「えっと、胸のほう」
黎の顔が引きつった。ウィヌスも顔も更に赤くなる。
「ヒメキのスケベ! 変態! エッチ! 鬼畜! ちゃんとしっかり見てるじゃない?」
「う、上のほうだけだって、水着で見えるぐらいのものだって―」
「それで十分よ! ヒメキの部屋に行くたびに家捜して、その類のものはないから少し心配しつつも、超草食系男子なんだって信じていたのに、やっぱり男の子は大きい子が好きなんだ! どうせ私はビキニも着てもほとんど胸が隠れるわよ!」
「誰もそんなこと言ってないじゃん! あと、俺の家に来るたびにそんなことしてたの?」
「いいヒメキ? あれはただの脂肪よ! 歳をとれば垂れるのよ! 昔子供の頃、一度ぐらい御婆ちゃんの胸を見たでしょう? ああ、なるのよ! それに比べて今は胸がそこまでなくも充用があるのよ! 歳をとっても見苦しくない! でも、羨ましいの!」
「あの、とりあえず落ち着いたらいかがですか?」
見るに見かねたウィヌスが口を挿むと、黎がギラリと睨んできた。
ウィヌスは黎に昨日から散々睨まれたりしてもいたが、この視線が一番怖いと思った。
「そもそも、アンタが男湯に入ったのが原因でしょう! 私だって我慢してるのに、ヒメキの体をじっと鑑賞していたんでしょう!」
「え?」
なにやら話がおかしな方向になって来た。いや既におかしかったのだろう。
「鑑賞なんてしません」
「なら、見なかったの?」
「いえ、物理的に無理でしょう」
「やっぱり見たのね! むしろ見せつけた? そんなに巨乳が偉いかぁ!」
黎は長机を酔っ払いのようにガンガンと腕で叩きだす。
この姿を見れば、黎の本当の姿を知らなかった人間もきっと夢から覚めてしまうだろう。
「ああ、黎ってこんな子だけ?」
幼馴染もこればかりは呆れてしまった。
「どうします?」
「もういいよ。そっとしておこう」
お人よしのヒメキもこればかり放置せねばならないと判断した。
もっとも、黎があそこまで唸っている本当の理由をヒメキが知っていれば、彼も行動できたことだろうが現状の奏日ヒメキにそれを求めるのは高望みであろう。
「なんか話が拗れちゃったけど、ごめんね。昨日は」
「いえ、そもそもの原因は私が男湯にいたのが問題です。それなのに殴ってしまって申し訳ない」
ウィヌスが頭を下げるとヒメキは困ったように笑った。
「でも、きっと女の子が男に見られるのは凄く恥ずかしかっただろうし、直ぐに目を逸らさなかった俺もいけなかったんだ。だから、不満かもしれないけど、殴られたからそれでもおしまいじゃ駄目かな?」
「貴方がそれでいいのなら、この話はなかったことにしましょう」
「うん。あと、終わったのに聞くのも悪い気がするけど、結局リュミエールさんはなんで男湯にいたの?」
尋ねられたウィヌスはとても言いにくそうな顔になる。
「そ、それは私が普通に入るのを間違ったのです。つ、御婆さんがなにも言わなかったので、そのまま何も気づかずに入りました」
どうやら、ウィヌスが来たときに番台にいたのは御婆さんであったらしい。
「リュミエールさんって、結構、御茶目なんだね」
「なっ? そのようなことはけしてありません!」
「照れてる」
「て、照れていません!」
「ちょっと、いつのまにか微笑ましい雰囲気になってるのよ」
復活した黎が面白くなさそうに二人を見ていた。
「そ、そんなことありません」
「なに、最近流行っている『ツンデレ』のつもり?」
「違います! そもそも、『ツンデレ』というのは『ツンツンデレデレ』の略であり、本来は初めツンツン、何かのきっかけでデレデレ状態に変化することを指します。天邪鬼な子をそのカテゴリーに収めることを私は認めていませんし、前者後者とも今の私は違います。第一、最近流行っているのは『男の娘』でしょう。日本人なのになんでわからないのですか!」
なにやら激怒しているようだが、ヒメキには理解できなかった一方、黎は「なんでそんなに詳しいのよ・・・・・・」と呟いた。
また喧嘩が始まる前に、ヒメキはもう一つ聞きたいことをウィヌスに尋ねることにする。
「あの、リュミエールさん。もう一つ聞きたいんだけどいいかな?」
「ん? なんですか?」
ヒメキは雰囲気を変えるように一拍間をおいてから尋ねる。
「なんで今日ずっと俺の様子を見ていたのかを教えてくれるかな?」
『!?』
ヒメキがウェヌスに問いかけると、二人の顔が驚いた顔になった。
この話を流してもよかったのだが、解決ができるか否かはおいとき、知っておいたほうが良いだろうとヒメキは判断した。
ヒメキ自身、なぜウェヌスが自分を観察していたのか気になる。彼女が銭湯の件と《再臨者()》の件以外で自分を観察、もしくは監視していたのならその理由を知りたい。
「貴方を観察していたのを気づいていたのですか?」
「う、うん。まぁ……」
驚いたように尋ねられて、ヒメキは歯切れの悪い返事をした。
もっとも、ヒメキからして、ウェヌスの行動はハッキリとわかるものだったのだが、本人はどうやら隠していたらしい。
やはり、かなりのおっちょこちょい? と考えるが口にはしなかった。
本当に正義の組織というものに属しているのかと、ヒメキの内心で徐々に疑わしくなっていったがそれも口にはしない。
「どういうことよ?」
先ほどのように怒鳴り散らしはせず、黎も静かな声で尋ねた。
だが、顔は相変わらず鋭い形相であった。言葉次第では、今からでも襲いかかるかもしれない。
そんな幼馴染の様子を、昨日のことをふまえて、ここまで暴力的、否、もはや殺人的な性格だっただろうかと少しだけうろたえていた。
事が事だけに今だけ物騒な事を考えているだけかもしれないが、長年の付き合いでもお互いに知らないことは多いのだと改めてヒメキは思う。
ウェヌスは暫く考えているかのように黙った後、なにかを諦めたかのように息を吐いた。
「本来ならここまで話すつもりはなかったのですが、仕方ありません。拗れて、任務に支障が出ても困りますし、話させていただきます」
「うん。ありがとう」
ヒメキが礼を言うと、ウェヌスは苦い顔になった。
「礼はいりません。逆にこの事実を知ったため、私を怨むかもしれません。知らなければよかった。そのようなことを貴方は私に聞こうとしているのを理解してください」
「それは俺が《極罪》ていう《再臨者》だったことよりも重いこと?」
「簡略的に話せば、最初に話すことはそのことなのです。貴方にはまだ《再臨者》が、どんなものか詳しく話してはいません」
「詳しく話していない、ということは、もしかして昨日全部話してしまったら俺が混乱してしまうかもしれないから気遣ってくれたのかな?」
「……」
ウェヌスが何も答えず黙っているのを見て、ヒメキは柔らかい笑みを浮かべた。
「やっぱり、リュミエールさんはすごく優しいんだな」
突然、そんなことを言われてウェヌスは顔をきょとんとさせた。
「ヒメキぃ…………」
「あぅ?」
黎はウェヌスに向けたものとは違う険しい顔、どこか拗ねたような顔で?季の右頬を手で抓った。
「なに、いきなり口説いてるのかな?」
「へぇ? くほぉひてぇはひぃよ!」
黎が抓った手を離すと、ヒメキは少し赤くなった頬を手で擦りながら説明する。
「だって、本当ならたぶん話しちゃあいけないような事を話してくれてるし」
「それは問われたから答えたまでで・・・・・・」
「黙ってることもできたはずさ。あと、聞いた感じ、戦う時も周りのことを気にしていたりしてさ。なんといっても、正真正銘の正義の味方だ! 平和を守るために遠いところからわざわざ来るなんて、優しい人じゃないとできないと俺は思うんだ。それに――、あれ? 黎、どうした?」
ヒメキは段々と黎が暗い顔になっていくのに気づいたので言葉を中断させた。
「なんでもないわよ……」
「ああ、ごめん脱線したな。とにかく、俺は君のことをすごい優しい人だなぁ、って思ったんだ。それだけ」
その言葉の最中、黎が小さな声で何かの二言を呟いたのをヒメキは聞こえなかったりする。
「優しいですか……。そう、思われていただけるのは正直嬉しいですが、いまから話すことは貴方にとって残酷なことです。それを話す私は優しい人間には思えません」
「俺が聞きたいから聞くんだ。無理やり聞かせるわけじゃないから、全然関係ない」
「……。本当に、変な人ですね」
そう呟きながらウェヌスはほんの少し頬を和らげた。ヒメキはそこで初めてウェヌスが笑ったのを目にしたことに気づくが、彼女はすぐにその顔を引き締める。
「では、《再臨者》は前世のあらゆるものを受け継ぐのは話しましたはずです」
「うん」
「それは大きく三つに分けて力、知識、性質です。力は文字通り力。受け継いだ魔力なり霊力なり、あとは前世所持していた武装などの所有資格など。
次に知識です。これは先ほどの力の使い方や前世の記憶です。これらの二つは年月によって衰え、忘れられる場合がありますが、最後の性質だけは違います。それは魂の在り方そのもの。幾ら年月を重ねようが揺るぎないものです。性質とは具体的に言うなら性格でしょうか」
「性格?」
「ええ。たとえば前世が悪人であれば現世では悪人、前世が善人であれば現世でも悪人です。もっとも、性格にいたっては環境で左右されます。現にカナカさんは《大罪》の《再臨者()》でありながら善良な人間なご様子です。おそらく、さぞ立派な家族に育てられたのでしょう」
「ありがとう。うん、母さん、父さんにはすごくお世話になった」
「……」
照れ笑いする?季を黎は黙って見つめている。
「しかし、性質というものは厄介なものです。カナカさんの場合は杞憂かもしれませんが、前世が悪人であれば、今までが善良な人間でも些細なきっかけで悪人に落ちてしまう可能性が大きいのです。そして、性格以外にも影響があります。それは自身がそう思われなくても、本当にそうでなくとも、周りからそう見られてしまうのです」
「どういうこと?」
「先の例で言うなら前世で善人だった人間は、現世でも善人に見られるわけです。つまり―」
「生まれる前が悪い人だったら、今生きてる自分も悪い人間に見られちゃうわけなんだ」
ウェヌスが言い終わる前に、?季は自分で自分自身に当てはまる結論を下した。
「――――そうです。特にカナカさんの場合は、《極罪》と呼ばれる存在。もっとも忌み嫌われ、恐れられる存在。未熟な《再臨者()》でもその性質によって人から避けられます」
思い当たる節は幾らでもあった。
何をしても無視されて、昔は酷い虐めを受けた時期もあった。
話しかけて、たまに返事が返ってくるのは冷ややかのものばかりだった。
なにが悪いのだろう?
なにか悪いことをしたのだろうか?
なにもしていない。する前から周りに人はいなかった。
行動を起こしても結果は変わらない。
いつしか、自分の存在そのものが悪いのだと思った。
そして、それは、この瞬間を持って事実となる。
だから――
「そう、よかった」
――笑ったのだった。




