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「――《神に似た者》の《再臨者(さいりんしゃ)》、ですか?」


 黎は否定も肯定もしなかった。

 《再臨者(さいりんしゃ)》、それは自分の生きてきた世界でも特異な存在だ。

 もっとも《再臨者(さいりんしゃ)》だから負けるのではなかった。それは驕りではなく、事実だ。《再臨者(さいりんしゃ)》は確かに珍しいが出会うは初めてではない。これまでに、彼女は《再臨者()》と何度か戦ったこともあり、勝利を納めている。

 だが、よりにもよって、あの《神に似た者》の《再臨者》だと確信したからこそ、敵わないと自覚し、何度も何度も感じた疑問が、より深く、強い疑問となった。

 それほど、《神に似た者》とは重大な存在なのだ。


「《神に似た者》の《再臨者》で、それほどの力を出せるのなら、すでに貴女は記憶と特性、感性を身につけているのだと思います。最初に言った貴女の言葉も本当でしょう……」


 彼女は全部知っていると答えた。ならば、《神に似た者》》の《再臨者》である彼女が、むしろ、彼女はなぜあれを野放しにしている? あれを助けた?


「なら、なぜ貴女は全てを知っていて、《極罪》の味方をするのですか?」


 そう叫んだとき、黎の怒気が高まったのがわかった。

 鋭く睨みつけ、歯を食いしばり、どこか悔しそうな顔だ。


「貴女こそ、なにを知ってるのよ……」

「?」

「全部を知りもしないで、一つの見方でしか判断できない! いつも、いつも!」


 バッ! と、黎が右手をウェヌスに向けた。その掌が眩しく輝いた。

 ウェヌスは彼女が自分を亡き者にしようとしていたことは初めからわかっていた。

 そもそも、事前に防衛魔術で自身の耐久を上げてなければ、あの火柱でウェヌスの体は灰になっていただろう。

 自分が殺される。その事実よりも、なおもウェヌスは疑問を抱いた。

 彼女はあの偉大な存在の力と記憶を持っているとはいえ、普通の少女のはずだ。いままで戦いとは無縁の生き方をしているはずだ。だが、あの闘いぶりは知識や能力だけではなかった。そこには殺意が、いや、そんな暗いものではない。確かに殺意はあったが、根本は違う。別の何かがあった。必死だったのだ。そう、なにかに必死だったのだ。それをウェヌスは戦いに慣れてないため必死だと思った。

 だが、違う。違うと解った。だが、なぜ違うのか、それが解る前に、彼女の意識は別のことにいった。

 

 目の前に、背中があった。自分と彼女の間に立ちふさがるように……。


 ◇


 ヒメキはなにがなんなのか理解ができなかった。だが、黎がなにをしようとしていたのかは解った。

 だからこそ、ヒメキは迷わず、黎の前に手を広げて、大の字のように立ちふさがった。


「っ!?」


 ヒメキの突然の登場に黎は動揺した。どこか後ろめたいような、見られたくないものを見られたような、そう、先程、ヒメキに翼を見せたときと同じ顔をしていた。

 だが、次の瞬間には険しい顔になる。


「・・・・・、ヒメキ、どいて・・・・・」

「嫌だ」


 搾り出すように出した黎の言葉に、ヒメキは簡潔に、確固なる拒絶をした。


「っ・・・・・! その子はヒメキを殺そうとした?」

「ああ・・・・・・」

「だから、私は――」

「だからって、黎がこの子を傷つけていい理由になるのか?」


 その言葉を耳にして、黎は信じられないものを見る顔になった。

 ウィヌスも目も前に立つのが誰なのかが解り、黎とは別の意味で動揺した。


「黎は、俺を守ってくれたんだよな?」


 その声は諭すように、静かで、落ち着いていた。


「だから、俺は無事だ。ありがとう。だから、もういい」


 ヒメキは笑って、感謝の気持を伝えた。普段の黎なら、それだけで胸が踊るくらい嬉しい気持になるが、いま、彼女の心はぐちゃぐちゃだった。

 ヒメキの瞳は自分を咎めている。


「なんで? なんで、その子を庇うの? その子はヒメキを殺そうとしたのよ? その理由を知りたいのなら、私、知っているから、後で全部話すから、いまは、どいてよ?」


 黎は今にも泣きそうな顔で訴えた。先程までウェヌスに見せた威勢は消え去っている。倒れているウェヌスも、それが先程まで戦っていた同じ相手とは思えない豹変振りに呆然とした。まるで駄々を捏ねる幼子のようだ。

 今の黎はヒメキにそんな目で見られたくなかった。早く終わらしたい。それで頭がいっぱいだった。しかし、彼女の思い通りに事は運ばない。


「嫌だ」


 再び、ヒメキは拒んだ。


「また、ヒメキを襲うかもしれないのよ? 今度は助けられないかもしれない! だから――!」


 冷静に考えれば、彼女のその行動事態は間違いではないとウェヌスは思う。

 むしろ、異常なのはヒメキのほうだとウェヌスは思った。庇ってもらっている身だが、自分は彼を間違いなく殺そうとし、自分と戦った彼女はそれを妨害し、再び自分が彼に襲う可能性を今後とも断とうとしているのだ。

 それが例え、冷徹な判断だとしても、我が身を考えれば、自分の命を守ろうとする人間の行動を阻むのは正常だとはいいがたい。

 自分を何かに利用するために生かすのか? だが、そのような打算を考えているようにはウェヌスには見えなかった。

 なぜだろう? ウェヌスは今日、何度も疑問を持った。

 だが、これがもっとも強い疑問だろう。

 ピリピリ と、自分を守っている背中が疎ましかった。いま、剣を振るうことができれば迷わず斬りかかれただろう。

 全ては大儀のために、全ては平和のために……。いや、そんな大義名分なぞ関係なく、彼女は嫌悪の念をその背中にぶつけていた。

 だが、自分の中に、もう一つの感情が生まれた。それは先程のものとは相反し、矛盾し、ゆえに疑問になる。


「黎、俺は確かに死にたくない。出る杭は打ったほうが身のためだって解る。邪魔な草は刈り取ったほうがいい、危ないことはなくしたほうがいい。でも、わかっていても、俺は我侭で、馬鹿だから、誰かが傷つくのも、傷つけるのも嫌なんだ」


 ヒメキは静かに自分の気持ちを言った。


「うっ―――」


 そこで、黎の限界が超えた。


「っぅ、ひっく、うぅううぅ」


 恥も体裁も殴り捨てて、顔を歪めながら黎はぽろぽろと泣き出した。

 その様子にウィヌスは唖然とする。あそこまで冷徹に自分と渡り合った相手が、ほんの僅かの間で陥落し、子供のように泣いているではないか。

 ヒメキは広げた手を戻し、黎に近づくと、ドン と、ヒメキの胸に黎がのしかかった。


「馬鹿ぁあ・・・我侭・・・・・・自分勝手・・・お人よし過ぎる・・・なんでいつもそうなの?」

「泣かせて、ごめん」

「そう思うなら、こんなことしないでよ」


 いつの間にか黎の背中にあった翼は消えうせ、ただ、泣きしゃくりながら両手の拳で何度もヒメキの胸を力なく叩き続ける。


「ほんとごめん、後で幾らでも文句は聞く。でも、いまは―」


 黎の両肩を持って、ヒメキは自分からゆっくりと引き離し、振り向いてウェヌスを見た。


「この子の手当てをしないとな・・・・・・」

「?」


 その言葉に、ウィヌスは何度目か解らないほどの驚愕した。


「いいよな、黎?」

「ひぃく、どうせ、駄目って言ってもするんでしょう。だったら、聞かないでよ」


 目をこすりながら黎はぶっきらぼうに言って、そっぽを向いた。

 どうやら、自分は助かったのだと、ようやくここでウェヌスは悟った。

 だが、まさか自分が命を奪おうとした人間に助けられるなんて思いもよらなかった。


「えっと、救急車をよんだほうがいいかな?」

「……、そのような気遣いは無用です。あとで説明も面倒ですから……」

「だったら、ほっときましょう」

「黎、それは駄目だよ」


 ヒメキが叱咤すると、黎は拗ねたような顔になる。先程のやり取りをふまえ、その辺りが疎いウェヌスにも、二人の仲がわかった。

 ウェヌスは力を入れて立ち上がると、ヒメキが慌てて制した。


「まだ動いたら危ない!」

「構いません。いつまでも地面で寝るのも嫌ですし、話し合う前に軽い手当てくらいはしないと・・・・・・。跡が残ったら困ります」

「話し合う? ああ、俺を襲った理由を話してくれるのか?」


 ヒメキは眼を輝かせながらウェヌスに尋ねた。自分の命に関わる内容なのに、この態度はなんなのだろう。


「そのために私を生かしたのではないのですか?」

「え? いや、違うぞ」


 何でそんな事を言うのか本気で解らなさそうな顔だった。むしろ、ウェヌスにとっては、助けた理由がほとんど良心によるものだとしても、それをまったく考えてなかったほうが信じられなかった。後ろのほうでも黎が項垂れている。


「けど、軽く手当てするにも、救急箱なんてないし……」

「……。私の鞄の中にある程度の医療器具があります。応急措置ぐらいはそれで可能ですから、いまから取ってきます。逃げるのが、心配でしたらついて来ても構いません」

「そんなの――」


 ――当然ついていくわよ。と、黎が言い終える前に、ヒメキが大きく声を出した。


「ああ、なら俺が取ってくる! 君はそこで安静していて。その、鞄って最初に出会った場所にだよな? なんかそれっぽいのがあったのを覚えている。それじゃっ!」


 ヒメキは自分の意見を言いたいだけ言うと、相手の反応も伺わず、そのまま立ち去って行った。

 残された二人は呆然とそれを見送った。先程まで、戦っていた二人を残すとは、それを止めた者として、どういう了見なのだろう。

 なんとなく、残された二人は、自分ともう一人のほうを見合うと、黎が鼻を鳴らして顔をそらした。ウェヌスもどんな顔をしたらわからなかった。お互いに気まずい。


「い、言っておくけど、ヒメキがいない内に、とか考えてないからね」

「それはわかっています」

「あと、ヒメキが来た途端、斬りかかったら承知しないから!」

「騙まし討ちなどという卑怯なことはしません」

「どうだか……、話もせずいきなり襲い掛かったのは誰だったかしらね」

「それは貴女も言えたぎりではないでしょう」

 ウェヌスは一度、溜息をしてから、再びヒメキが去った方角を見つめた。

「あの人は、いったいなんなのですか?」

「それは自分の眼で確かめなさいよ」


 自分の眼で確かめる、確かにその必要があるようだ。

 先入観や事前情報だけに捕らわれず、現状で得た情報と自分の思想、それら全てを照らし合わせて自分なりの答えを見つける。

 ただ、わかったことは、彼はどこかぬけている、だった。


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