同郷人との食事
帝都の中地区にある郵便局に手紙を出した頃には19時を回っており、俺はその足で東地区の大衆食堂【バルメット】を目指した。大通りに面したその騒々しい店が彼女のお気に入りだったからである。
「イレイラ!」
店の前で待ち合わせすることとなっており、到着した19時16分の段階で…16分の遅刻となった。
「遅い。女を待たせるとは感心しないな」
16分の遅刻に対し彼女…イレイラ・ブルシェイプは少し不機嫌な表情をしていた。
「本当にすまん。この時間帯に出歩くことがなかったもんだから…ほら」
「この人通りの多さは想定外だったと?」
「…すまん」
「反省しているなら構わん。それより早く飯にしよう。お互い門限は21時だろう?」
イレイラは最終的に呆れたように笑い、店の中に入っていく。俺はイレイラの背中に改めて頭を下げて、彼女を追った。
「いらっしゃいませ!」
店の中に入ると、たまたま俺達の前を通りがかった店の女給が俺達を見上げて歓迎してくれる。俺は父ダレレの遺伝か、15歳で180cmとかなり大柄な男になっていたが、イレイラも同い年で170cm以上は軽くある。俺はともかく、頭小さく身体も細い彼女はよく目立った。
イレイラはそれを意識してかは不明だが、客が多い中心は避け、広い食堂の隅の席に座ったので、俺も向かいに腰を下ろす。
「イレイラは焼き魚定食か?」
「ん?よくわかったな」
「何となくだよ」
俺達は同じアッカリア市出身の奨学生だった。アッカリア市に住んでいた時はお互いの存在すら知らなかったが、一緒に帝都行きの馬車に揺られ、3年間の中等教育を受ける中で仲良くなった。イレイラも俺と同じで親の仕事を手伝いたくない口だったため、お互い妙な親近感があったのだ。
「すんません!注文いいですか」
「はーい」
「焼き魚定食を2つ。あとムム茶も」
「わかりました」
ちなみにイレイラのことが異性としてどうなのかと聞かれたら…正直、気になってしょうがない。
「俺も焼き魚な気分だったんだ」
長い茶髪を適当に一つ結びにし、少し吊り上がった鋭い目や彼女のさばさばとした口調、そして落ち着いた雰囲気が俺には程よい冷たさに感じる。どうやら俺の前世…佐藤拓郎的には中性的で頼れる女性が好みだったらしい。
「なるほど、奇遇だな」
おそらくイレイラは俺のことを単純に学友としか捉えていないことだろう。気にしたら負けだな。
「なぁスノリ、質問いいか?」
食事に誘ってくるのは基本的にイレイラの方だ。そのことに多少の脈を感じたいところではあるものの、それも俺が変に意識するせいで誘えないことが原因だったりする。
「何なりと」
イレイラの表情に真剣味が増す。
「中央学院を卒業したらどうするつもりだ?」
その問いはいつか誰かに聞かれるだろうとは思っていた。奨学生の誰もが意識することだからだ。
「どうするって…」
故郷に帰り、故郷の発展に尽力する。
奨学金の返済をしつつ、故郷以外で職を見つける。
アッカリア市の奨学生が選べる選択肢は以上の2つからだった。要はアッカリア市で働くなら6年間給付した奨学金は全額免除となるが、帝都などで就職するならアッカリア市が払った奨学金は利子付きで全額返済しろということだ。教養を積んだ人材をアッカリア市に連れ戻すための仕組みなのだろう。とはいえ答えは簡単だ。
「俺は帝都で職を見つけるぞ。アッカリアに帰っても、炭鉱夫になるか…高等教育受けるから運が良ければ役人の仲間入りか…正直、そこまで魅力的じゃない。それだったら帝都で割りのいい仕事を探す」
帝都はアッカリア市と比べて物価が高い。その分、同じ職業でも帝都で働いた方が稼げる。返済も怖くはなかろう。
「なるほど。アテはあるのか?」
これはイレイラも同じことを考えているな?
「いやいや、3年間で探すさ。一応、新聞配達も続けるつもりだし。イレイラはどうなんだ?」
俺がおどけた様子を見せれば、イレイラも力を抜いて笑う。
「似たようなもんだな。少なくとも、あの霧の街に帰るつもりはないよ」
このタイミングで先に飲み物が運ばれてきた。
「ま、とりあえず…」
「ああ」
本当は酒の入ったグラスを鳴らしたいところ。でも実際はお茶が入った木製のコップを音も立たせず軽く突き合わせるだけだった。
しかしちょうどその時、イレイラは不意に俺の後ろを睨んだ。
「ん?」
俺はコップに口をつけたままイレイラの視線を追って振り返ると、そこは店の出入り口で様々な客が出入りしていた。
「どうしたんだ?」
イレイラの方に顔を戻すと、彼女は溜息をついて額に手をついた。
「すまない。最近疲れているのかもしれないな」
「ほぉ?なら…」
「大丈夫だ。大したことじゃない」
イレイラは問題を自分だけで解決しようと動くタイプだ。佐藤拓郎的には年長者として無理をするなよと言いたくなる。
そこで俺はもう一度チラリと後ろを確認し、改めてイレイラを見る。
「ホンマに?」
わざとらしく北部訛りな言葉遣いで聞いてみた。するとイレイラは堪えきれなかったかのように小さく吹き出し、目尻を細めた。
「卑怯者め」
「まぁまぁそういいなや」
「フフッ、スノリ…標準語を話してくれ。私も話すから」
「なんや…やっぱり何かあるのか」
俺はお茶で喉を潤し、完全に聞く姿勢を整える。
「相変わらず優しい奴だな」
「誰にでもというわけではないからな。でも、イレイラが困っているのなら、気になってしゃあな…しょうがないねん」
あ、やっと封印したと思った北部訛りが蘇ってくる。
「スノリ…」
「ちゃう。ンンッ!ンッ!あー、あー…ふぅ、これは事故だ。聞こうじゃあないか」
封印完了。すると、イレイラは苦笑して、横を指差した。
「焼き魚定食2人前でーす」
ハーブの香りが鼻腔をくすぐった。
「食べながらにしよう」
「お…おう」
せっかくキメ顔が決まったと思ったのに…この香りでは…緩むこと致し方なし。
「フフフッ…ああすまない。気にしないでくれ」
挙句笑われるとは…無念。