4年目の帝都
ここからが本編?みたいな。
『おとん、おかん、元気にしてますか?俺はめちゃくちゃ元気です。ただ、最近は忙しすぎて手紙を書く暇がありませんでした。何で忙しかったって?よく聞いてくれました!実はですね、来週から帝都の高等教育機関【帝都中央学院】に進学することが決まりまして、その手続き等に忙しかったんです。いやぁ、ついに帝都4年目が始まろうとしているのですが、帝都の暮らしにも慣れ、最近では北部訛りな言葉遣いもなくなりつつあります。個人的にはもう一人前の帝都民と言いたいところですね。さて、短い手紙で申し訳ありませんが、長い話はまた学院での生活に慣れた頃、改めて送ろうと思います。あ、ちなみにリッカー家の方々も元気にしていらっしゃるでしょうか?ご恩を受けた身としましても、何かあれば教えていただけると幸いです。アッカリア市の秀才スノリ・ブラウンより』
「こんなところかな」
俺は筆を机に置いて、自分の書いた手紙を読み返す。そして誤字脱字がないことを確認し終えると、背後に人の気配を感じて振り返った。
「アッカリア市の秀才て…」
「何勝手に読んでんだよ。盗み見は感心しないぞナグル」
そこに立っていたのはナグル・ダップラー。俺が住む北帝都学生寮の同室者だった。彼もまた、帝国西部出身の奨学生らしい。
「いやいや、よくもまぁそんな恥ずかしい文章を書けたもんだなと思ってよ」
ナグルは軽薄な色男といえば簡単に説明ができる。正直、俺が苦手とする部類の人間だが、適当に会話を重ねるうちに、妙に懐かれてしまった。
「元気だと伝えられれば何でもいいさ」
「俺なんか1度も手紙書いたことないのによ」
そんなことを自慢されても困る。
俺は手紙を封筒に入れて立ち上がり、自室の小さな窓の外を見た。
「ちょっと郵便局行ってくるわ」
もう外は茜色に染まった夕暮れ時となっている。それでも急げばまだ受付に間に合うはずだ。
「お、じゃあ帰りに売店で何か飯買ってきてくれよ。ローストチキンとか」
「ばーか、誰が買ってくるか。それに晩飯は先客があるから、1人で食堂に行ってろ」
「ちょ…1人はキツいぜ」
俺はナグルを無視して部屋を出る。この男は軽薄なせいか、色男のせいか…はたまたそのどっちもなのか、同級生の男子に酷く嫌われている。噂ではこの寮のリーダー格的な男が付き合っていた女子に手を出したとか。ザックの時は目的があったから助けたが、さすがにナグルを助けたいとは思わない。
「あれスノリ?今から外出か?」
「おーアレン。ちょっと郵便局にな」
「スノリ、外出なら門限気をつけろ」
「ミザール先輩には言われたくないっすよ。俺、ちゃんと外出許可貰いますし」
「あんなんバレなきゃいいだけなのに…優等生め」
「スノリー!借りてた本だけど…」
「悪いな。部屋にナグルがいるから渡しといて」
「えぇ?じゃあスノリの帰り待つよ」
「ハハッ、賢い選択だ」
…我ながら人付き合いは上手いんじゃないか?
北帝都学生寮は4階建80部屋160人が暮らす男子寮である。俺の部屋は3階中央部にある312号室で、部屋を出てすぐにある中央階段を1階まで下りる道中、誰かとすれ違う度に何かしら声をかけられた。
そうして1階に辿り着くと、エントランスにある寮母室の窓口を覗く。
「あら?どうしたの?」
「どうもマルメさん」
寮母マルメ・シューは見た目が20代後半から30代半ばの…年頃の男子を誘惑するが如き美貌を持った女性だった。ただ近所の噂では寮母歴が30年以上とも言われていて、実際の年齢は不明である。なお、別に誘惑しているとかいうことはなく、普通に仕事ができるいい人だ。
「外出許可貰えますか?」
「目的と帰ってくる時間は?」
「郵便局に手紙を出して、ここの寮生ではない友人と食事をしたいなと。時間は読めないですが、夜遅くなりそうです」
「女の子?」
「…まぁはい」
「ふーん、青春だぁ」
マルメさんは何か感心したように笑いながらメモを取り、1枚の「北帝都学生寮」と書かれた小さな木札を俺に渡した。
「21時には帰ってくるように。申請しても最長は21時だからね」
外出許可に厳格な審査はない。あくまでも学生の行動把握のため、基本的な門限は18時とし、外出許可を申請した場合のみ21時まで延長できる。門限を破った場合は反省文と社会奉仕活動と称する罰が科せられる。この寮ではミザール先輩が21時以降の外出を繰り返し、ほぼ毎日のようにマルメさんに怒られている。
「わかりました。行ってきます」
俺はシャツの胸ポケットに木札を入れ、決して煙ることのない帝都に繰り出した。