奨学生制度
アッカリア市には13歳以上の学問を学ぶ場が存在しない。アッカリア市民がいう【学校】では最低限の学問と魔法の初歩…いわゆる初等教育が受けられる(義務じゃない)だけだ。
簡単な話、市民の多くが肉体労働者であり、大それた魔法を必要とする職業は少なく、学校卒業後は親の仕事を手伝うのが一般的なので、13歳以上の教育は不必要とされた。
教育者オリスにはさぞ頭の痛い話だったことだろう。
帝都では高等教育が義務化されている。すごくない?18歳まで義務教育期間だぜ?だから帝都民は他の地方民より優れているとされた。
識字率の向上が帝国の繁栄に繋がるとオリスも言っていた。そこに俺は期待した結果…
「子供の才能を考えなしに摘むことはあってはならない。故に私はアッカリア市の奨学生制度を復活させる」
市議に着任早々、オリスはアッカリア市が放置していた奨学生制度を整備し直してくれたのだ。
アッカリア市が優秀な子供を帝都に送り込み、学費や生活費を支援する。
それが奨学生制度。掘っ建て小屋暮らしの炭鉱夫の息子がこのままアッカリアの地で炭鉱夫になり、掘っ建て小屋暮らしを続けないための一発逆転の力を秘めた架け橋。
だから俺は勉強に励んでいる。さらには奨学生制度復活の提唱者にして、奨学生の選考を一任されているオリス・リッカーをはじめとするリッカー家の人間に近づいた。
そして学校卒業まで残りわずかとなったところで、ついに俺はオリスの屋敷に呼び出された。
「スノリ君、君を奨学生とすることが決まった」
待ちに待った言葉だ。
そもそも、親の仕事を手伝うのが当たり前とされるアッカリア市の中で、わざわざ奨学生になって帝都に行こうと考える若者なんてそうはいない。学業成績さえ落とさず、無駄な問題を起こさなければ、この結果が当然というもの…まぁ、決まったから言える話だな。
「ホンマですか!しゃぁぁああ!」
俺はオリスの書斎で弾けんばかりに喜んだ。しかし、目の前に立つオリスは少し首を傾げた。
「しかし…両親から承諾は得ているのかい?」
オリスの考えていることが何となくわかる。おそらく、教育に消極的なアッカリア市において、なぜ掘っ建て小屋暮らしの俺が奨学生制度を希望できたのか気になっているのだろう。俺もそこが懸念事項だったのだが…
「おかんは反対してました。けど、おとんが行けって一緒に説得してくれまして」
父ダレレ曰く「スノリには何かあるんや。行かせたれ」とのことだった。一体俺に何があるというのかはよくわからなかったが、両親の説得は嬉しい誤算によって成功した。
「そうなのか。スノリ君の父は良き理解者らしい。私はそういう親が増えることを願っているんだがね」
パフマフ男爵がオリスをこの地に呼んだ理由。それに応えようとするオリスもこれから苦労するのだろう。
「ところで俺以外に奨学生はおるんですか?」
「ああ、君ともう1人…イレイラ・ブルシェイプ君が行くことになっている」
ついでに聞いておくか。
「ザックは帝都に?」
我が野望のために利用ばかりされたザックだが、なんだかんだでいい友達だった。元帝都民でもある彼が一緒に来てくれるのなら、心強いことこの上ない。
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「残念だが、息子はルスバードに行かせる」
「ルスバード…」
確か、帝国の経済を支える南方の交易都市だ。
「息子には魔法の才がない。ならば、帝都より実務的な経済を学べるルスバードの方が良かろう」
え、俺もそっちがいい。
「そう…なんや」
奨学生制度は帝都行きのチケット。こればっかりは親を恨むしかあるまい。
「安心したまえ。帝都には君のような奨学生が大勢いる。すぐに慣れるはずだ」
オリスは俺の右肩にぽんと手を乗せて笑う。
「頑張らさせていただきます」
とりあえずここまでは順当だ。将来、何になりたいかはまだ決めていないが、これで6年間を帝都で暮らせることは確定した。
「でもまぁ…あれですわ。中央の言葉遣いは勉強せんといかんですね」
アッカリアでの目的は達成できたと言っていい。俺はこれからが輝かしき進路に向かって本番ということになるのだから。
俺はオリスの顔を見て、可能な限り最高な笑顔を見せて、深々と頭を下げる。
「ホンマおっちゃんには感謝してます。おっちゃんおらへんかったら…奨学生になれんかった。ホンマ…ホンマありがとうございます」
オリス、メイ夫人、ザック、アメリア…リッカー家の人々には感謝しかない。今後、俺はアッカリア市を離れ、彼らとの関わりは浅くなっていくだろうが、必ずやこの恩は返そうと思う。返さなければなるまい。
「うむ…励めスノリ君」
こうして俺はアッカリア市での12年間を胸に、帝都へ旅立ったわけだが…この時すでに俺は決定的な間違いを1つ犯していた。それに気づくこともなく、上京に胸を膨らませていた俺は結局12歳の子供になっていた。もう45歳にもなるというのに。
本編はこれからかな、と。
登場人物の名前…どうも思いつかんと悩みます。