天才という壁
佐藤拓郎は特別熱心な勉強家ではなかった。もちろん、大学を卒業する程度には教養ある人間ではあったが。しかし、今更ながら…その教養にも限度がある。例えば、分子や原子の話、第二次世界大戦の話…これらはムム暦をとるこの世界が辿り着いていない知識、そもそも世界が違う結果だ。数学は古代ギリシャ・古代ローマなどの時代に発展しているためか、この世界でも似たようなものが存在している。人間というのは世界が違ったとしても、たどり着く知識は同じなのか。
決定的に違うのは魔法が存在すること。
つまり、不可能だった錬金術を基礎に化学が発展したあの世界とは違う。もしかすると、魔法でなら卑金属を金に精錬できるかもしれない。そうなったら分子や原子という存在はどうなる?
何が言いたいかというと、俺はこと魔法においては初学者なわけだ。アドバンテージも何にもない。だからこそ、俺の輝かしい進路のためにもリッカー家にある魔法に関する文献を読み漁らなければならないのだが…
「見て見て!水の球!」
俺は決して天才じゃないと改めて思い知った。
「おいおいおい…どないなってんザック」
「え…えぇ?」
アメリアに引っ張られた先は彼女の部屋で、俺とザックは6歳の幼女が何をするのか見守った。すると、アメリアは俺達の前で水魔法【水球】を披露した。
「ねぇすごい?すごい?」
おそらく、俺はこの世界に来て初めて天才を目にしているのだろう。
水魔法【水球】はそれ自体に実用性がある魔法ではない。単に水で作った手毬みたいな球を浮かせるだけの魔法だった。しかし魔法を使うのに必要な魔力を上手にイメージ、コントロールする訓練として「10歳前後から」覚える魔法だ。俺もザックも…同級生達も習得までに1年を要している。
「すごいどころやあらへん…もう、言葉が出ぇへん」
魔力は年齢と共に増加、晩年減少するらしく、10歳前後でようやく【水球】の練習が可能になる。アメリアは6歳にして【水球】を完璧に習得したというのか。
「いつから練習したんや?」
俺がアメリアの頭を撫でながら問うと、アメリアは満面の笑みを浮かべた。
「昨日!」
「オリスのおっちゃんに教えてもろたんか?」
「違うよ?ガルファがこれで遊んでたから、私もやりたかったの。それでね、1人でポワポワぁって」
「ポワポワぁ…」
魔力量と感覚が驚異的なのだろう。6歳の女の子が独学1日で【水球】を覚えるなんて…聞いたことがない。
「ザック…この子は天才かもしれん」
「う、うん。とりあえずパパにはそう報告するよ」
俺は水の球を引っ込めたアメリアを左腕で抱き上げる。その小さな体に一体どれほどの魔力が蓄えられているというのか。
「身体はだるぅないか?」
「え?平気だよ?」
「ホンマに?」
「うん!」
やだ可愛い。
「なるほどなぁ…」
やっぱり魔法に関しては初学者だから、たとえ努力したとしても、越えられない壁ってものがあるのか。学校とかにもいたよな。ガリ勉君がテストで負けるみたいな?
「ほな、そのうちアメリア先生って呼ばなあかんくなるかもやな」
「あかんくなる?」
「そ、アメリア先生や」
この世界では魔法の存在価値があまりに大きい。どれだけ計算力や読解力が高くとも、魔法が苦手では就職に響く。父ダレレが働く炭鉱の現場ですら魔法が使用されているのだから。そうなると、俺が望む輝かしい進路実現にはアメリアのような才覚の持ち主と争うことになるのだ。
俺は天才に勝てるのか?
いや、勝つために今まで頑張っているのだ。やるしかあるまい。俺にはまだ、あの手段が残されている。それこそが俺、炭鉱夫の息子スノリ・ブラウンの希望へと繋がる。そう…奨学生制度によって。
「んふふ、スノリと一緒に勉強していい?」
「そら無理や。抜かれるの怖いし」
「えー!やだやだ、やだぁー!」
「ちょ…泣かんでもええやんか!」
そのためにリッカー家に近づいたのだから…あぁでも、アメリア可愛いなぁ。




