俺は主人公じゃなかった。
「スノリ・ブラウン!ドコダァ!」
どこだと言われて「ここだ」と答えるほど素直な育ち方はしてない。俺は常に明るい将来を夢見て勉学に励み、時には人を利用してここまで来たんだ。喰われるなんて冗談じゃない。
俺は夜の闇に包まれた森の中を飛行魔法で低空飛行して移動する。音を立てないようにゆっくりと。幸いなことに悪魔は俺の居場所を感知することができないらしい。レーダーみたいなのを搭載していたら、今頃殺されてる。
「スノリ・ブラウン!スノリ・ブラウン!」
まぁこっちも正確な位置までは掴めていないが、相当頭にきてるらしく、発せられる大声から大体の位置は掴める。後方、そこそこに離れた場所にいるはずだ。
「ドコダ!ドコダ!ドコダァ!」
あれ、このまま撒けるのでは?
俺は木の陰に一旦隠れて呼吸を整える。
優先度1位は箒の城壁到達。あれには自動ブレーキもついているから、城壁にぶつかることはないし、帝都は城壁警備も厳重だから誰かが気づく。
優先度2位は俺の生命。悪魔に喰われるわけにはいかない。
「何分足止めすりゃいい?…2分くらいか?」
あの箒、時速何キロで飛んでた?ここから城壁までの距離は?悪魔の速さは?
「わからん」
3分だ。3分、粘る。そして俺も…
「ミィツケタ」
「は?」
腹に何かが何重にも巻きついた。しかも隠れていた木ごと。暗くて見えないが…おそらく尻尾だ。
「クヒッ、匂イデワカル」
幸い両腕は自由だ。
「くそったれ!【掘削】!」
木に巻きついている尻尾に触れて、手や足首を飛ばしたように尻尾も木もろとも破壊する。
「クギョォォォァアアアアアアア!」
拘束が解ける。俺はすぐにその場を動こうとした。
が、急に天地がひっくり返る。
ーーバキッーー
「あ…」
なぜか逆さ吊りになった俺。どういうわけだと自分の左脚を見上げると…見覚えしかない手が俺の左脚を掴み上げていた。そしてそれを見た瞬間、激痛が全身を走った。
「ぐぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」
左脚の骨が折れたんだ。力が入らない。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
「クヒッ、同じ痛みを味わって欲しかったけど…全身を新鮮なまま食べたいからね」
地面が離れる。悪魔が俺の顔を覗き込んできた。
「な…なぜ手が…」
視線を地面に落とすと、悪魔は地面に両足ついて立っていた。
「クヒヒヒッ、下級悪魔でも自己再生するんだよ?知らなかったのかい?でも…ああそうだな。痛かったよ?だから…」
ーーミシッ…ガクッーー
「ぐぁぁぁああああああああああああああああ!」
両肩を無理矢理外された。【掘削】を封じる狙いか。
「ああああああああああああああああああああ!」
「クヒヒヒックヒックヒヒヒッ!」
悪魔は元通りになった尻尾を軽快に振り、下品に笑い続ける。
悪魔め。やっぱり悪魔じゃないか。
「女2人は逃したか。そうだ。スノリ・ブラウンを喰って、スノリ・ブラウンに化けよう」
あぁ、なんで気絶とかしないんだ。この激痛から逃れられる手段はもう…気絶するか死ぬかしかないというのに。
「冗談…きついぞ…おい…!」
「クヒヒヒヒッ、誰も僕の変身に気がつかない。そして僕は魔王になる」
どうする?死にたくない。でも抵抗手段もない。くそっ、なんで転生してチート能力の1つや2つ持ってないんだ。神がいるなら、なんと理不尽なことか。
っていうか、転生するのって物語の主人公クラスだろう?そうだとも。つまり…主人公補正で死なないはずじゃないのか?俺は死なない。ああ、きっと誰かが助けてくれ
「もう失敗しないよ?」
悪魔は軽々と俺の何もできない身体を真上に放り投げ、ありえないほど大きな口を開ける。
「は?嘘だろ…」
落下する俺の身体。頭から悪魔の口の中に…
ーーグチャッーー
1章終わりでございます。




