現実
もし子供に戻れるのであれば、絶対に勉強する。
これは大学を何とか卒業してよくわからない中小企業の事務の仕事に就いた俺や、小学生当時から見て未来に立った大人の多くが口にする言葉だ。現在の知識をもってすれば、きっと子供の中では神童扱いを受け、もう一度勉学に励めば、今より輝かしい進路を切り開けるであろうという希望的観測でもある。
尤も、そんなこと不可能だと思っていた。不可能だからこそ思わざるを得なかった。現実逃避と後悔の捌け口として。
しかし俺は今…どういうわけか子供になっている。
「スノリ!どこにいるの!」
しかも驚くべきは日本人の佐藤拓郎の幼少期ではなく…ムムール人のスノリ・ブラウンという地毛が茶色の…本当によくわからない外国人の子供になっていたのだ。これはおそらくあれだ。
転生というやつだな。
「おー、ここやで」
転生したとなると、俺が気になったのは3つ。
まず最初に、33歳独身サラリーマンこと佐藤拓郎はどのように死んだのか?これに関しては確認する手段がない。ただ、転生したからには佐藤拓郎は昏睡状態にあるか、死亡したか(何となく死んでる可能性の方が高そう)、少なくとも自我が存じない状態にあるのだろう。だったら…どうしてそうなったのかは気になる。覚えていないだけに。
次に、ムムール帝国は俺がいた日本と同じ世界に存在するのか?これは簡単に答えが知れた。というのも、スマホなどの電子機器がなかったり、あれがない、これがない、と現代日本に比べて文明的にないものが多かった。それだけなら近代や近世、中世に飛ばされた可能性もあったが、それらを決定的に否定する材料があった。
魔法と魔物の世界。
イリュージョニストが町中に溢れてるなどということは多分ない。それに俺でもスカートめくりができる程度の風を操れたし。そして、スライムとかゴブリンとか…やたらと人間を襲う生き物が多かった。
つまるところ、ここは異世界と考えていい。
最後に、異世界転生したなら…何かしらの目的や特典があるのか?
「いた!スノリ!」
「おー、ザック。どないしたんや?」
こいつも簡単に答えが出た。
「ブーリュが僕の鞄を隠したんだ!」
誰もが羨むチート能力くらいあってもいいじゃないか。例えばめちゃくそ強い攻撃系魔法を撃ち放題とか、身体能力が馬鹿みたいに高いとか…
「何!ブーリュの阿呆、またお前にちょっかいかけとんのか!もう許さへんで!」
「スノリ、どうするの?」
目的だって魔王を倒せだとか、なんかしら正義の味方たれみたいな立派なものが…
「…先生にチクる。それだけや!」
答えは否である。
では俺自身、武道の達人や凄腕コンサルタントだったかと言われても…パソコンのタイピングにちょっと自信があるだけの会社員だ。合コンなんかで趣味を聞かれても、大して好きでもない「読書、映画鑑賞、スポーツ観戦」をループで言うだけで、特殊技能があるわけでもない。
「チクっても大丈夫かな?報復されない?」
「ブーリュの家は花屋やんか。ザックの家はアッカリア市議会の議員。この辺の有力者やんか。大事にすればするほど、お前が有利なんは目に見えとる」
あるのは身体年齢に見合わない精神だけだ。そこで最初に戻る。
「でも…パパ達の力使うのは…」
「あんな?背の順で並ぶ時、俺はいっちゃん後ろや。これは俺が努力して得たわけやあらへん。それと一緒でな、大半のええとこのボンボンは努力して得た地位とちゃうねん。だったら、背が高いことを自慢するように、ボンボンやぞっちゅうことを前面に出してええねん」
ーーもし子供に戻れるのであれば、絶対に勉強する。
「…スノリ…」
「ボンボンだからイジメられる。そんなら、儲かっとらん花屋の息子だからってイジメりゃええ」
「でもブーリュと喧嘩したら勝てない…僕貧弱だし」
「同じリングで戦わんでもええやろ。あいつが殴るんやったら、お前は泥水をぶっかけてやればいい」
俺は別に特別な能力があるわけではない。だからこそ、唯一にして最大の利点となった大人の精神力を使い、前世ではなし得なかった輝かしい進路というやつに乗ってやろうではないか。
「僕にできるかな…」
「ええか?イジメっちゅうのはそのリング内で強いもんと弱いもんが一緒のリングにおるから起きる。イジメは総合格闘技やないで。ありゃボクシングみたいなもんや。そのボクサーは弱いボクサー相手にボクシングがしたいだけや。弱いプロレスラーとはボクシングせぇへんのや」
「ソーゴーカクトーギ?プロレスラー?」
「あー…ちゃうちゃう。要は相手にせぇへんかったらええんや。それともブーリュと遊びたいんか?」
「やだよ!僕、スノリと遊んでた方が楽しい」
「なら、なぁんも問題ないやんか」
まずは友達作りだが、ガキ大将とは連まず、家が裕福で、勉強が好きな友達を持つべし。俺は天才じゃないから、多分…子供時代から本気で勉強せねば、輝かしい進路に辿り着けはしない。そのための環境整備だ。
「ほな職員室に行こか」
「うん。あ、あと…今日もウチ来る?」
「ええんか?」
ザック・リッカー、市議会議員オリス・リッカーの息子。家は大きな屋敷で、オリスの書斎には…俺では到底手が届かない貴重な文献が沢山ある。アッカリア市には図書館がないため、知識を得るためにもザックとは仲良くせねば。
「もちろんだよ!アメリアも楽しみにしてるし」
あと、ザックの妹アメリアが可愛い。多分…ザックと仲良くする理由なんてそれだけでも十分な気がする。