頼もしき騎士
「【掘削】!」
私はその声で意識を取り戻した。目を開けると、目の前にはリーエ先輩が私と同じように腹部から血を流して倒れていた。しかし私が見るべきは彼女ではない。
「ス…ノリ…」
うつ伏せのまま首を動かし、声のした方を見る。するとそこには信じられない光景が広がっていた。
「クギョォォォァアアアアアアア!」
断末魔の叫びが大聖堂内に響き渡ると、下級悪魔の両手が弾け飛んだ。そして床に着地したスノリは下級悪魔の両足首を掴み、
「【掘削】!」
下級悪魔の足首が吹き飛んだ。
「ォォォァアアアアアア!」
しかしなるほど、あれは私達の故郷アッカリアで最も使われる魔法だ。ただ人に向けて使用することは固く禁止されている。その理由を考えれば…
「イレイラ!生きてるか!」
ああ、なんと頼もしい騎士であろうか。
「動けんのか。ならええっと…【身体強化】!えぇい、逃げるぞ!」
崩れた下級悪魔と入れ替わるように私達の元に走ってきたスノリはその剛腕をもって私とリーエ先輩を両肩に担ぎ上げる。それから空間魔法でお馴染みに箒を取り出した。
「アアアアァァ…ニガスカ!スノリ・ブラウン!」
スノリが箒に跨ると同時に、下級悪魔は苦悶の表情をして唯一自由に動かせる尻尾を伸ばしてきた。
「逃げる…逃げる…あ、どこに?」
スノリは跨りながら下級悪魔の様子を見ていたため、尻尾を避けようと箒を急発進させる。
「グヒヒッ…ニガサン、ニガサン…ドコヘモ」
私の頭はスノリの背にあるので、迫り来る尻尾が見えた。さすがに女2人を乗せた状態での飛行魔法では速度が遅くなっている。伸びきる様子を見せない尻尾の方がわずかに速い。私達と尻尾との距離、およそ2m。
「スノリ…私…降ろせ…」
このままでは3人とも死ぬ。せめてスノリだけでも。
「馬鹿野郎。姫を捨てる騎士がいるかよ」
どういうわけか、スノリはただ真っ直ぐ、祭壇に向かって飛んでいた。
「ステンドグラスにツタが生えるっておかしな話だよなってことで…」
あと1m。
「ニガサァァァァン!スノ…!スノリ・ブラウンンンン!」
ダメだ。貫かれ…
ーーパリンザザザザッ!ーー
私は迫り来る尻尾しか見ていなかった。だから何が起こったのかすぐに理解はできなかったが、ガラスが砕ける音を聞き、ツタのカーテンを抜けると…私達は外に出ていた。
「急速旋回!」
そして箒は大聖堂に沿って螺旋を描きながら上昇をすると、下級悪魔の尻尾が追ってくることはなかった。おそらく、ツタが邪魔をして私達を視認できなくなったようだ。スノリは下級悪魔が感知系の魔法を持っていないことを知っていたのだろうか。
「このまま帝都に帰るぞ!最悪、騎士団の駐屯地に凸る」
助かった…のか?
「…なぁんて、ご都合主義的展開はここまでかよ」
スノリは旧ムムルカンド大聖堂よりも高い位置を飛んでいたが、急に高度を落とす。
「どう…した…」
「あ?なんて?今、まだ追いかけられてる途中だから気ぃ抜くなよ!」
私は慌てて脱出した大聖堂を見ると、私達が抜け出したところから下級悪魔が飛び出した。手と足先はなくなっているが、下級悪魔は大きく広げた羽をもって私達への追撃を開始する。まだ、助かったわけではない。
「こっから何も考えてないぞ…森に潜伏?無理だ。じゃあ逃げ切れるか?無理。イレイラ達を降ろそうにも…なんか動けそうにないし」
「スノリ・ブラウン!スノリ・ブラウン!アァッ!」
「ヤベヤベヤベ…!」
「スノ…リ…」
「イレイラはあんまし喋んな。どこかは知らんが怪我しとんやろ?」
スノリは感情が昂ぶると普通に北部訛りが出てくる。それだけで彼が焦っていることは十分に伝わった。
「スノリ・ブラウン!スノリ・ブラウン!スノリ・ブラウン!スノリ・ブラウン!スノリ・ブラウン!」
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」
距離にして200m。だけど下級悪魔の方が断然速い。旧ムムルカンド大聖堂から帝都城壁までの距離は2km…やっぱり無理だ。せめて私の身体が動けば。
「逃げ切れないやんな。どないしよか…といっても、多分これしかないわな」
スノリが左肩に乗せたリーエ先輩を自分の前に降ろすと、右肩に乗っている私も自分の後ろに降ろす。
「なぁなぁ、この箒を使った飛行魔法はな、ちょいと秘密があるねん。それはな、箒と座ってる人の相対位置を固定することによって、箒から転げ落ちる心配はない」
スノリは後ろに降ろした私を見て得意げに語り出す。
何か嫌な予感がする。
「ほんでな、もう1つ、これはとっておきなんやけど、イレイラには教えちゃるわ」
「スノリ…」
「それはな、箒の掃く部分、これに魔力が蓄積されるようになってんねん。すごいやろ。要は勝手に箒だけで飛べんねん。エンジンとガソリンをイメージして作ったんやけど…まぁその辺はわからんか」
勝手に箒だけで飛べる。まさか…!
「スノリ…!」
「ほな、それで城壁まで送り届けるから、俺はもう少し足止めしてくるわ」
こいつ、馬鹿だ。
私は痺れる体に鞭を打ち、スノリのコートを右手で掴んだ。しかしスノリはその手を簡単に外してしまう。それから私の頭を撫でて笑うと、
「無事戻ったら、付き合ってくれよ」
夜の森に飛び降りていった。




