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色々ありすぎ

「あかん…めっさ頭痛いわ…」

「大丈夫か?リーエ先輩は格闘戦において帝都中央学院で最強だからな」

「舌噛まんでよかったわホンマに…」

 俺の左頰は見事に腫れていた。なぜ腫れたかは…まぁいいか。これもまた運命ということだ。


「なぁ…リーエ先輩らとどんな関係なんや?」

「私の同室者がお世話になってる先輩だな。私もこの背丈で覚えられていただけかもしれん。あと訛ってるぞ」

「そうかぁ…ほなアルナ先輩らの失踪はその同室者から聞いたんか?」

「ああ。スノリに送り届けてもらってすぐにな。あと、標準語…」

「なんで取り乱したりせえへんの?あぁ、悪い意味ではないで」

「知ってるよ。しかしそうだな。行方不明になったと聞いた時点で私はある程度覚悟していたからだろうな。治安が悪いところで育った影響かもしれない。あといい加減に…」

「アッカリアも西はスラム街やき、おとんに絶対行くなって言われとったなぁ。遠いし、よう行かんかったけど。俺、東住みやし」

「羨ましいよ。私の周りは人が消えるのは日常茶飯事だった。なぁ…わざとか?」

「わざとやなアダダダダダッ!ごめんて!腫れたところ突くんは卑怯やんか!…卑怯です!」


 俺とイレイラは中央地区の公園のベンチで朝食をとることにした。屋台のサンドウィッチが美味いんだこれが。


「逆に聞くが、食欲はあるのか?思い出したらすまん」

「いやまぁ…肉とかトマトとかは抵抗あるけど…この目玉焼きサンドに罪はない」

「ならいいんだが…平気か?」

「ん?ああ、結構衝撃的ではあったけど、俺より悲しむ人や、俺を心配してくれる人もいるからな。第一発見者というだけの俺が凹んでばかりはいられんよ」

「…そうか」

「照れたな?」

「…うるさい」

「照れたろ?」

「やめろ」

「俺は本当にいい友達を持っダダダダダッ!痛い!」


 俺達のやり取りを通行人のおばあちゃんがニコニコしながら見てきた。イレイラは耳を赤くして、勢いよくサンドウィッチにかぶりつく。彼女も俺に気を利かせたのか、俺と同じ目玉焼きサンドにしていて…やっぱり優しいじゃないか。


「イレイラ」

「…」

「イーレーイーラー」

「なんだ」

「ありがとな」

「困ったらいつでも呼べ」


 あら、いつも通りに戻ったか。

「おう。頼りにしてんぜ相ぼ…う?」

 違うな。これは…


「やぁイレイラ君、おはよう」


 イレイラの横顔に気を取られていたら、正面に立つ人の気配に気づくのに遅れた。しかしイレイラはその人物をいつもの鋭い眼差しで見上げる。

「ロディ先輩…」

 その人物はフワッとした金髪に、小顔に似合わぬ大きな丸眼鏡をかけ、レンズ越しに見る垂れ目や華奢な体つきが何とも…イレイラとは正反対の存在だった。まさかそれがロディ・ムスファだったとは。

 ロディ先輩はイレイラの隣に座る俺を見下ろし、めちゃくちゃ守ってあげたくなるような笑顔を見せる。

「初めましてだね。君は確か…スノリ・ブラウン君だったかな?」

「えっと…どうも。よく俺みたいな平民の名前を…」

「そりゃイレイラ君に告白するために色々調べたさ。伯爵家の肩書きだけで頷いてはくれなさそうだったからね」


 あぁ、フラれた相手に声をかけても平気なタイプっているんだな。諦めてないのか?


「僕がフラれた理由は…小さかったからかな?」

 諦めてないのかも。

「俺に言われましても…」


 イレイラが困ってたし、諦めてほしい。そうすると「そうじゃないですか?残念ですね」と言ってやりたい。しかしそれこそ彼女の迷惑になるかもしれない。

 俺はチラリとイレイラの顔を見る。彼女は俺の目を見て頷いたが…どういう意味だし。


「あ、でも俺なら付き合いますよ。水魔法の論文も拝読させてもらいましたが、そりゃもう…尊敬してもしきれないほどで。特にあの『火魔法という無駄なプロセスの排除』は非常に興味深かったです」


 フラれた理由、イレイラの頷き、単純に考えれば「そういうことみたいです」となるが、よくよく考えたら…先輩にそれを言えるのか?俺が?無理無理。だったら話の流れを変えるわ。

「君は僕の論文を読んでくれたのかい?研究者に向けて書いたものなんだけど」

「はい。俺自身…戦闘系魔法が苦手ということもありますが、生活系魔法の研究論文は色々読んでます。最近だと…ゲイリー博士の『魔道具の消耗抑制』とか」

「あれも読んだのかい?しかしゲイリー博士は頻繁に通説批判するから読めたものじゃないだろう?」

「でも、ゲイリー博士は純粋に知りたいことを研究している感じがして、他の学者の論文より熱が入ってる?っていうか…読んでて気持ちいいものはあると思いませんか?論文に読みやすさ求めるのも変な話ですけど」


 今も昔も勉強はしている。魔法実技は天才達に追い抜かれていく一方だが、こと座学においては学年トップクラスを維持している。そして帝都中央学院の学生でも滅多に読むことがない学者の論文等も閲覧できるものは国内最大規模の帝都図書館で読み漁っていた。


「なるほど。君も僕みたいに研究者志望なのかい?」

「いえ、研究者は貴族がなるものですし、お金が…」

「そうか。惜しいな…っと、時間だ」

 時間稼ぎに成功。ロディ先輩が時計を気にし始めたので、俺は手にしていた目玉焼きサンドをベンチに置き、その場に立ち上がる。イレイラより小さな彼に頭を下げた。

「ロディ先輩、応援してます」

「ああ、君もその気があったら、僕はいつでも中央学院第7研究室で君を歓迎しよう」

「ありがとうございます」

「それじゃあイレイラも。また学院で」

 地面に見えたロディ先輩の影が遠く離れていく。


「スノリ…お前、第7研究室に行くのか?」

 しばらくするとイレイラが声をかけてきたので、俺は頭を上げ、ロディ先輩がいないことを確認する。

「まさか。魔法の研究は金と時間を使う。確かに異世界ならではの研究はできそうだが…」

「は?」

 俺は立ったまま、目玉焼きサンドの残りを手にして強引に口の中に放り込む。そして何度となく咀嚼し、ゴクリと飲み込んで完食する。その間、イレイラは不思議そうに俺を見上げていたので、俺は冗談混じりに彼女の頭に右手を乗せて笑ってみた。


「それに俺のイレイラに手を出そうとした男の下で働けるかよ。なんてなァイタッ!」


 すぐに脛を蹴られた。しかも強烈に痛いやつ。

 俺があまりもの痛さにその場にしゃがむと、イレイラは俺の額を人差し指で軽く突いた。

「私はいつからお前のものになった?」

 それはまるでマグマを凍らせてしまうほどの目だった。長い脚を組み、俺を見下ろした彼女に俺は一瞬…ほんの一瞬だけ快感を覚える。


 まさか…俺にマゾとしての素質があるというのか。


「冗談に決まってるじゃない…ですか」

 いかんいかん。きっと俺にマゾの素質があったのではなく、イレイラに女王様の素質があったのだ。

「お前はどうしてそう…」

 イレイラは何か言おうとするが…どういうわけか言葉が続かない。

「帰る」

 イレイラがベンチを立ち、早歩きでその場を去ろうとするので、俺は痛い頰と脛を気にしながら後を追いかける。

「送る」

「いらん」

「送らせて」

「だから…」

「待てイレイラ」


 死体を見たが、食欲はあった。しかし、ふと頭によぎる血に染まった帝都中央学院の制服に俺は少なからず思うところがある。


「送らせてくれ。その…なんだ…察しろ」


 もし、あの死体がイレイラだったら。


「これではまるで生殺しじゃないか…」

「へ?」

「何でもない」


 足を止めたイレイラは背中越しにどこか諦めた顔を俺に見せると、溜息をついて前を向く。

「察してやる。仕方がない」

 俺がイレイラの隣に並ぶと、彼女はもう一度溜息をついた。


「2回も。幸せが逃げるぞ?」

「は?」

「え?言わない?」

「私は聞かんな」

「マジかぁ。はぁ…」

「逃げたな」

「ん?」

「幸せ」

「あ、マジだ…」


 今日はもう…寮に帰って寝よう。まだ朝だけど…なんか色々ありすぎた。これ以上、幸せを逃がさないためにも。

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