顎への一撃
死んでいたのは帝都中央学院の2年アルナ・ピアとキリア・ルームシアの2人だという。俺は第一発見者として警察に事情聴取を受けることとなったが、イレイラと食事した事実と「箒に乗った大男」の目撃者多数によって、帝都警察から信頼を得た。とはいえ夜を警察署で過ごすこととなり、翌朝になって警察署を出た俺は素直に帰路へつく。
「箒…目立つんだ」
帝都の治安はかなりいい。なぜなら帝都はムムール帝国皇帝が治める地であり、帝都警察はどんな悪も逃しはしないからである。危険の迅速な排除こそが帝都警察の役割といってもいい。
人が2人も、それもあんな酷い殺され方を…
「ウッ…思い出したくないな」
よくできたホラーゲームすら比べ物にならない。もし帝都に猟奇殺人者がいるのだとしたら、帝都警察も職務に基づいた適切な対応を取るはずだ。
改めていうが、俺はチート能力も、類稀な技能もない。こういう場面に遭遇しても…ただの第一発見者として事件からフェードアウトするだけとなる。
「イレイラとか大丈夫かな」
迅速な排除、そのためにも捜査は昼夜を問わない。イレイラにも夜中に「スノリ・ブラウンと食事を?」と尋ねていることだろう。変な心配をされなければいいが。
「あの…少しよろしいですか?」
とりあえず昨日のことを頭の隅に追いやろうとする俺は帝都中央学院の制服を着た女子学生に呼び止められた。呼び止めた彼女の後ろにはさらに3人の女子学生がいた。
「警察署から出てきたということは…アルナ達の事件の関係者ですか?」
「えっと…関係者というか…」
死んだ2人の友人方だろうか。しかし、俺の口から語れるのは…死体の状態だけだ。
アルナ・ピアさんは右腕を失った状態で発見。
キリア・ルームシアさんは本人だと見ただけでは確認できないほどに身体をバラされ、昨晩から行方不明であることと近くに所持品が見つかったことで本人だと推定。
俺が知っていることはこれくらいだ。これを話したくはない。だって、彼女達は悲しむことになり、俺は思い出すことになる。
「一応、あの…」
どうしたものか。
「スノリ!」
そこへ俺を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、誰かが太陽を背に駆け寄ってきた。しかしその服装にも声にも覚えがある。
「い、イレイラ…」
俺を呼び止めた女子学生との間に割って入ってきたのはイレイラだった。彼女は昨日会った時の服装のままで、息を切らせて俺の両肩を掴んでくる。その顔は彼女にしてはめちゃくちゃ慌てた表情をしていた。
「無事か…!」
「お…おう」
「怪我は!」
「なぃ」
「何をした!」
「なん…にも」
「そうか!」
「はぃ」
「…そうかぁ…」
イレイラは溜息をついてしゃがみ込む。
「昨晩、帝都警察が来たから驚いたんだ。奴ら、スノリに何があったのかも答えず帰るから…」
俺もいい友人を持ったものだ。そう思って俺はイレイラに手を差し伸ばす。
「すまん。ちょっと色々あってな」
イレイラを立たせると、俺は女子学生達の方に視線を向ける。するとイレイラも、自分が割って入ったことに気がついたのか、それとも来週には俺達の先輩になる方々だと気づいてか、俺の隣で直立不動の姿勢をとる。尤も、俺達の方が断然長身で、私服だから…女子学生側は後輩になることなど気づきようも…
「あら?イレイラ?」
気づいた。後ろにいた3人のうちの1人、赤髪ツインテールの女子学生がイレイラの名前を口にする。
「あ、リーエ先輩…」
イレイラも驚いた顔をする。基本的にクールなイレイラしか見ないため、今日はかなり貴重な日だな。
リーエ先輩なる女子学生が前に出てくると、彼女は俺を睨むように見上げた。
「あなた、イレイラのお友達?」
「はい。同郷で同期なので…」
「どうして警察署から?」
こりゃ答えないわけにはいかない。
「アルナ先輩達の件で…」
「見つかったのですか!」
リーエ先輩の語気が強くなるが…見つかった?
俺は何となくイレイラの方を見る。イレイラも俺を見上げ、一瞬表情が明るくなった。
「スノリ、アルナ先輩って…行方不明になっていたあの…!」
なるほど、まだ2人は行方不明扱いなのか。彼女達がいう事件とは殺人事件ではなく失踪事件…なのか。もしかして、「昨晩から行方不明」ということを警察に証言したのがリーエ先輩達か?
そうだとしても、帝都警察は捜査を進める上で必要以上の情報開示は行わない。つまりまだ世間一般には2人の死が公表されていないことになる。
「えっと…」
ああ、これこそ厄介な。だけど、言わねば。
「見つかりました。というか、僕が見つけました」
「どこに…!」
「あー、でもその…大変言いにくいのですが…」
「何よ!2人はどこ!」
よし、言うぞ。
「アルナ先輩、キリア先輩…共に死んでいました」
「「「「「え?」」」」」
先輩方とイレイラの声が重なる。そして次の瞬間、俺は生まれて初めて異性に本気で殴られた。しかも身長差があるせいか、思いっきり顎を…
「嘘つかないで…!」




