過去
朝。
体がだるい。どうやら昨日の疲れが残っているようだ。
「おはよう海心。」
眠い目をこすりながら階段を降りると
「おう海斗。おはよう。」
「やあ海斗くん。おはよう。」
朝食を準備している海心の前の、僕の席に支部長がいた。
「なんでいるんですか!?」
「海心に用があってね。」
「はあ……。」
支部長が海心に?そういえば知り合いだと言っていたが。どんな用なのだろう。
「まあ君にも関係することなんだがな。とりあえず朝ごはんにしようじゃないか。」
僕は何か嫌な予感がして海心を見る。海心もあまり元気そうじゃない。ジッと一点を見つめて、中華鍋を振っている。
「ごちそうさまでした。」
朝食が終わると、僕と支部長は家を出た。
「海心に用があったんじゃなかったんですか?」
「海心の用は君が寝ている間に終わらせてしまったよ。次は君に用があるんだ。」
僕は海心の顔を見た。
「行ってこい。」
海心はいつになく真剣な眼差しで僕を見つめ、送り出した。
「行ってきます。」
僕達はしばらく街を歩いた。
「海心には、君にあることを話す許可をもらったんだ。」
「それが用事ですか?」
「そうだ。」
そう言って支部長はマンションの前で止まった。
なんの変哲も無い普通のマンションだったが、僕はなぜか懐かしく感じた。
「覚えているか?」
僕はここにきたことがあるのか?
「いえ、ただなぜか懐かしさを感じますね。」
「当たり前だよ。ここは君が昔両親と住んでいたマンションだからな。」
「え!?」
「そしてここがその部屋だ。」
支部長は二階の一番奥の部屋まで来ると、僕に鍵を渡した。
「今は私が管理している。ここで聞いてもらいたいことがあるんだ。」
ドアを開けると、そこには夢で僕が俯瞰で見ていた部屋そのままの光景があった。椅子やテーブル、ソファ、花はもう飾られていないが、窓際に飾ってあった花瓶も全てがそのままだった。
「ここで何を聞けばいいんですか?」
「君のこれからに必要不可欠なことだ。」
支部長は椅子に座り、僕も向かいの椅子に座った。
「君のご両親であり、私の良き友人であった2人は、13年前、ここで異能力者に殺された。」
「異能力者に……。」
「そうだ。しかもただの異能力者ではない。かつて誰も手を出せず、AROでさえも近づくことが出来なかった最強最悪の異能力者だ。やつに出会ったなら、戦ってはならず、その場から逃げ切ることを最優先に動かなければならない。でなければやつは、必ずその者の命を奪う。」
「そ、そんな奴が……。でも海心は犯人は逮捕されたって!」
「それは嘘だ。彼は嘘をつくことを大いに嫌ったが、君にだけは嘘をついた。全て君を守るためだ。わかってくれ。」
「じゃあ……。」
「私達はまだ犯人を捕まえることができていない。」
「そんな。」
鼓動が激しくなる。苦しい。吐き気がしてきた。
「君の両親は、やつの調査をしていた。そしてやつに近づきすぎた故に、命を奪われた。やつは神出鬼没なうえに、殺害方法も不明。ただ一つだけ分かっているのは、やつは殺した者の眼球を取り去っていくこと。君の両親は」
「もうやめてください!」
もう聞きたくない!と言いかけて僕は言葉を失った。
支部長はテーブルに置いた拳を震えるほど握りしめ、噛み締めすぎた唇は血が滲み、怒りに満ちた両目からは大粒の涙がボタボタとこぼれ落ちていた。
「本当にすまない!! 君の両親を奪ったのは、我々だ。どんなに責められても、何をされても、私はどんな報いでも受ける。だが! 犯人は必ず捕まえる。もう少しだけ待って欲しい。」
支部長の覚悟は、僕に固く決意させた。
「待てません。」
待つのなんてごめんだ。
「しかし!」
「しかしも何もありません。そいつは今日から、僕が逮捕することに決めました。」
僕はもう何も出来ないわけじゃない。
「今、なんと言った?」
「だから、そいつは僕が手錠をかけて、僕が島へ連れて行きます。父さんと母さんの任務は、俺が引き継ぎます。」
「危険だ。」
「支部長、報いなんて受けなくていいです。ただ僕にこの任務を命令してくれれば、僕はあなた達をゆるします。」
これは僕のすべきことだ。誰にも止めることなんてできない。
「君の目は、母親そっくりだな。その目は、何が起こっても道を見誤らない目だ。声は父親そっくりで、その一言一言は、人の心をいとも簡単に動かしてしまう。」
支部長は苦笑し、
「最強最悪の異能力者、通称"死煙"の逮捕を君に命ずる。絶対に遂行してみせろ!海斗くん!」
僕に任務を与えた。
僕は背筋を伸ばした。
「了解!」
帰り道、僕は一人で歩いていた。
シャッター街を点々と続く街灯の明かりに沿って歩いていく。
立ち止まって目を閉じる。
すると、まだ歩けるようになって間もないような子供が、両手を両親に引かれてヨタヨタと歩いているのが見えた。
ポケットに突っ込んでいるはずの両手から、二人の手のひらの感触が蘇る。
また歩き始める。
家に着くまで、涙は止まらなかった。