本部
螺旋階段下の扉を開けると、そこは廊下になっていて、等間隔で両側にドアが3つずつあった。
「ここが日本支部よ。どの部屋に何があるかはまた説明するわ。」
相良先生は左側の真ん中のドアの前で止まった。
「開けるわよ。」
相良先生が言うと
「はい。」
と3人が震える声で言った。川崎先輩なんて泣きそうになっている。さっきまで気がつかなかったが、相良先生も尋常じゃない汗をかいていた。いったいここに何があるのか。僕まで不安になって来た。
「行くわよ。」
僕は4人の後ろで身構えた。
ガチャッ
「ごめんなさい!!」
「すみませんでしたァ!!」
(は?)
ドアを開けた瞬間、4人は目にも留まらぬ速さで中に入り、土下座の体勢になった。何が起こったのか困惑していると、
「やめろお前ら!」
と4人の土下座の先に立っていた男が言った。軍人のような体格の持ち主で、強面の男だ。
「許してください。許してください。許してください……」
4人は変わらず土下座の体勢で許しを乞うている。
「4人とも分かったから、もう立ちなさいよ。確かに異能研の3人は能力の確認も行なわないうちに自分たちが異能力者だってことバラしちゃったし、あなたも職員室で寝てて部活すっぽかして止められなかった責任があるけど、ほら、京ちゃん。これじゃあ何も始められないじゃない。」
男の隣に立っている、メガネをかけ、手に白手袋をしたクールビューティな女が相良先生達を起こす。
「七海……。」
相良先生たちが起き上がると、男が言った。
「お前ら先にやることあんだろ!客人を紹介しろ!」
「はい……。こちらが清水 海斗君。例の少年です。」
相良先生がそう言ったので、自分でも自己紹介した。
「清水 海斗です。初めまして。」
「初めまして海斗くん。私は日本支部長の佐久間 義則だ。よろしく。そしてこっちが……」
「補佐の白川 七海です。京ちゃんとは同期なの。」
支部長と白川さんは、温かく僕を迎えてくれた。
「さて本題に入るにあたって、君に聞きたいことがある。いいかね?」
支部長が言った。
「なんでしょうか?」
「別に疑ってるわけじゃないんだが、君は本当に掲示板貼ってあった紙を見て、図書室に来たんだよな?」
「そうです。見えることが入部資格の、あの紙ですよね?」
「そうだ。では君は本当に異能力は持ってないのかね?」
「持ってません。」
「ありがとう。どうだ、白川。」
「問題ありません。」
それだけ言って2人は昨日の図書室での3人のように黙り込んでしまった。
「あの、何が問題ないんですか?」
「すまない。君が嘘をついていないかどうか、白川に見てもらっていたんだ。白川は嘘を見抜くスペシャリストだからな。」
なるほど。疑っているわけではないと言ったのはブラフか。正しい情報を引き出すため信用させた訳か。まあ存在が国家機密レベルなのだから、それくらいはするだろう。
「じゃあこれで僕の言うことは信じてもらえたわけですね。僕も証明できてよかったです。」
「そう言ってくれるとありがたい。しかし謎は深まるばかりだな。」
「清水くんと言ったかしら。清水清水清水……」
白川さんが考え込んでいると、
「まさか!」
ハッとした表情を浮かべ支部長が僕に近寄り、顔を覗き込んできた。
「まさか君の両親の名前は、海里と若菜ではないか?」
僕は身体中を電撃が走るような感覚に襲われた。
なぜ支部長は僕の両親を知っているんだ?
「なぜ知っているんですか?」
僕はたまらず聞いた。
「知っているも何も、彼等は私の数少ない友人達だ。命の恩人でもある。」
支部長はそう言った。
「どういうことですか?」
僕が聞くと、支部長は言った。
「彼等は私達の同僚で、共に働いていた。ところで君は今どこに住んでいる?中華料理店海海亭か?」
「そうです。」
「そうか。そうか。海心は元気か?」
「まあまあ元気ですね。」
「それは良かった。」
まさか海海亭に海心のことまで知っているなんて。何者なんだこの人は。そして僕の両親は。
聞きたいことは山ほどあったが、
「まあ昔の話は追い追い話すとして。今の話をすべきだな。」
と支部長が言ったので、確かにそうだと思い質問は控えた。
「まず、この社会の説明からしなければならないな。白川頼む。」
僕らの会話に入れずぽかんとしていた白川さんは、パッと姿勢を正し、僕にわかるように丁寧に説明してくれた。
「この社会とはね、私達異能力者が認知されている世界のことよ。つまり表の、異能力に触れられていない社会ではなく、裏の社会ということね。裏の社会では、異能力を使い、様々な犯罪が起きているわ。我々ARO(The Ability Regulation Organization)は、その名の通りそう言った能力者を規制し、犯罪から人々を守ることを生業としているの。つまりは異能力者専門の警察ね。」
白川さんが言い終わると、支部長が言った。
「海斗くん、君には、あのバカどものせいでこんなことまで話さなくてはならなくなってしまった。許してくれ。しかし!私達は、治安維持のため、日々誇りを胸に、職務を全うしている。これは日本、延いては世界の安定したバランスを保つためである。海斗くん、勝手ながら、君にはそれを手伝ってもらいたいと思っている。手を貸してはもらえないだろうか。」
答えは決まっていた。しかもここまで見せられて引くわけにも行かないだろう。何故だか、不謹慎にもワクワクしている自分がいる。
「喜んで手伝わせていただきます。」
「そう言ってくれると思っていたよ。これからよろしく頼む。」
支部長が右手を差し出してきた。
力強く握り返す。
支部長の右手から伝わる力は、僕に勇気をくれた。
僕は、これからの生活における唯一にして最大の不安を言った。
「能力が無い僕は、あなた方についていけるのでしょうか?」
そんな僕をみて、支部長は笑って言った。
「大丈夫、君には異能力があるし、もう目覚め始めているだろう。私が保証するよ。あとは自覚するだけだ。」