入部
「能力…ですか?」
「そう。君も持っているのだろう?能力。」
「いや、持ってないです。」
「え?」
「だから、持ってないですよ。能力なんて。」
能力?なんだそれは?そんなものは見たことは愚か聞いたこともない。
「そんなはずはない。だって紙が見えたんだろ?あの紙は能力者しか見えないんだぞ?」
部長が焦りながら言った。
「紙って…。ただの紙じゃないんですか?ただの紙にしか見えなかったのですが。」
本当にそうとしか見えなかった。特別感は特になく、よくあるコピーに使うような紙だったはずだ。
「紙はただの紙だが、あれには能力が付加されていて能力者じゃなきゃ見えなくしてあるんだよ。」
少し困り顔で厚木先輩が言った。
どういうことだろう。僕は本当に能力なんてものを備えている自覚はないのだが。
「まさか川崎、しくじった?」
部長が疑わしい視線で川崎先輩を見る。
「何言ってるんですか!みんなで確認したじゃん!」
「そうなんだよなあ。」
3人が首を傾げている。なんてことだ。僕自身が一番わからない。なんなんだ能力って、まるでわからない。とりあえず全部聞いて見ることにした。
「すみません。色々聞いていいですか?」
一番冷静になっている厚木先輩が答えてくれた。
「なんなりと。」
「ありがとうございました。」
「だいたいわかってもらえたかな?」
「今の状況は、なんとなく分かりました。」
今の状況とはつまりこういうことだった。
異能研とは、異能力を習得している人間が集まって、異能力について理解を深めようという集団で
今日はその勧誘の一環で掲示板に能力者しか見ることができない張り紙をし、新入部員をここで待っていた。だがそこに現れたのが能力を持たないとはっきり言う少年(僕)で、なぜ能力を持たない人間が張り紙を観れたのかという疑問が3人を悩ませているということだ。
しかし、今の状況がわかったところで謎は深まるばかりだ。
「異能力がそもそもどのようなものであるのか分からないんですけど。」
「みたいかい?」
部長が挑戦的な笑みを浮かべて聞いてきた。そんな簡単に見せられるものなのか。だが、
「みたいです。」
見せてもらえるのならば、見ないわけにはいかないと思った。
「分かった。では見せよう。」
部長は2人に視線を送った。2人は立ち上がり、テーブルの上に厚木先輩が読んでいた本を置いてこちらを見た。
「まず私から見せてあげる!」
川崎先輩が僕にウインクして、そっと本の上に手を置いた。
僕は目の前の現象が信じられなかった。川崎先輩の手が置かれた本は、溶けるように無くなった。いや、川崎先輩の手は本の上だった位置から動いていないから、見えなくなったのか。
「どんな手品ですか?」
今までマジックはよく見ていたが、タネがわからなかったものは初めてだった。
「失礼な後輩ね。タネも仕掛けもないわよ。」
言葉とは裏腹に、川崎先輩は嬉しそうだった。川崎先輩は本を元に戻し、厚木先輩に渡した。
「次は僕の番だね。」
そういうと厚木先輩は僕に本を渡し、後ろを向いて座った。
「指先で本を何回か叩いてみて。叩いた回数を当てる。どこに隠れて叩いても当ててみせるよ。」
そう言われたので、僕は図書室の中で厚木先輩から完全に死角で一番遠いところまで行って指3回トントントンと叩いた。
すると
「3回。」
柔らかいがよく通る爽やかな声で、厚木先輩が答えた。
僕は頭がクラクラした。面食らうとはこういうことかと、変に納得した。
「どうだったかな?」
部長が僕にドヤ顔で聞いてきた。もう認めざるを得なかった。
「参りました。」
この言葉だけで精一杯だった。自分の感情の全ては、この感情に収まっていた。
「そうか。それは良かった。」
部長が言った。それから、一枚の紙を渡してきた。
「改めてようこそ。我が異能研へ。」
入部届だった。