温度
今回の事をイオに話して見ようかと思ったが、どうやら忙しいらしい。邪魔をしたくはないから、黙って自室に戻った。
ちょうど掃除を終えたようで、ムートは掃除道具を片付けていた。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま、ムート」
「何か困ったことはありませんでしたか? 」
少し悩んだ風にして、それから答えた。
「私の困ったことと言えば、帰ったらイオが凄く忙しかったことかな」
苦笑混じりに返事が返ってきた。
「それは仕方がない。初めての祭りがあってから、人間界で言うところの半年が経ちました。しかしそれはヴァンパイアにとっては一瞬の出来事。1日くらいで満足できるはずがありません。またやって欲しいと、いろんな人達から言われているみたいですよ。国の偉い方とかも…」
「あら」
それには笑うしかなかった。イオはその偉い人達に挨拶をしに行ったが、きっとその偉い方たちも浮き足立って居たに違いない。本来はイオが挨拶される側の筈なのに、イオから行ったのだから。
「やるにはお金が足りないと何度も言っているみたいなのですが、祭りを楽しんだ者達がお金を出すと言い張るそうで」
その話は私も聞いた。それ以外にもやる事がある筈なのに、界民たちに丁寧に対応しているらしい。それがきっと、イオが皆から好かれている理由だろう。国に使うお金は税からのみで、界民が私的な理由で出したお金は使わない決まりになっているそうだ。
「これからしばらくは忙しくしていると思うので、聖恋様は少し我慢しなくてはなりませんね」
「そうね」
「そんなに寂しいのなら、私からもお願いしましょう」
「いいわ、そんな……急ぎの理由でもないし」
「イオ様は聖恋様に1番甘い。このことを伝えれば、必ず時間を作って会いに来てくれますよ」
確かにイオに会いたくはあるが、無理させてまでではない。邪魔にならない程度にわがままを言うので満足している。
「待っててくださいね! 」
ムートはそう言い残して足早にここから去っていった。
「え、ちょ……」
止めるまもなかったから、仕方なく私はいつもの机に座って空を眺めた。
ムートが部屋に来たのは夕方。ちょうど空の色が代わる頃。君が悪いくらいにニヤニヤとしながら報告に来た。
「明日の夜に伺うですって」
「そ、そう……ありがとう、ムート」
困った風にしているが、実はイオに会えることが嬉しかったりする。でも、私はさっき、イオに森のことを訊きたかったのだ。
「明日か……」
ムートが去るのを見送って、呟く。
「どうしよっかなあ」
次の日になって起きたばかりの私は、起きる前から部屋にいたムートに、風邪をひいたから掃除をしないように頼んだ。用があっても、ドアの前で済ますように、皆に伝えて貰って。
そうして人払いされた部屋で、私は動きやすい服に着替えた。そして窓を開ける。
人間からヴァンパイアになった私は、飛べはしない。しかし、飛び降りることはできる。ここは2階。1階の高さがどんなに高くても、大丈夫。高いからいい事だってある。火事が起きた時などに使う、緊急の時の折りたためる滑り台だ。
しかし、この機械には魔法がかけられている。使う時にはカメラか何かが起動して、私が逃げられたかどうかを確認するらしい。そして同時にイオに知らされるようになっている。妃というのも大変だ。
私はこれを使って外に出るつもりだが、勿論、何も災害は起こっていない。イオが知ったら不審に思うだろう。だから私はカメラを壊すことにした。どうやらカメラがイオに伝える役目を果たすらしく、それさえ壊れればイオに知られることは無い。
私は適当に、形振り構わずそこら辺に転がっていた棒を振り回す。
しっかり壊れたのを確認して、私は城下へと滑り降りた。
バレずに抜け出せたことを確認できて、私は急いで森に向かう。リリーもムートもいないから少し寂しかったが、イオと出会う前に戻ったみたいで、この感覚が懐かしくもあった。
森は人気がなく、宿と民家がぽつぽつと建っているだけ。何にそんなに恐れているのかはわからないが、確かに森の入口の雰囲気から不気味だと思えた。
ぽっかりと口を開けた入口へと足を踏み入れる。瞬間、ひんやりとした氷の上を歩くような寒気と、喉が焼けてしまうかのような暑さを感じた。前に入った時には、こんなことは感じなかった。それは、精神がおかしくなっていたせいだろうか? なんとなく、今は森が怖い気がした。
今ならまだ戻れる。そう思ったが、そうするとヴァルと百合が見つかるかもしれない希望は無くなる。そうしたら、イオがきっと悲しむ。
私は同時に流れ込んできた2つの物を体に受け止めて、保を進めた。
こんにちは、桜騎です!突然ですが、好きなことをやり始めると、途中で止められなくなりませんか?私は話を書くと、止まらなくなります。今は夜中に書いているのでとても眠いです。しかし書きたい…!あと1話書こうと思います。