幸せとは何か
―――微かにパタンと音が聞こえた。
「ん……」
目を開けると、私は自室の窓辺で体育座りから少し崩れた格好でいた。その上には豪華なマントが首から下にかけられていた。かけた覚えはないが、これだけは私がここまで崩れているのに対して全く崩れていないから、さっきかけられたものだとわかった。
……もしかして、さっきのパタンはドアを開けた音なのでは??
慌てて部屋を出ると、ドアの前にイオがいた。
「イオ、お帰り。これ、かけてくれたのってイオ? 」
「ただいま。……まあ、誰でもいいだろう。誰でもいいが……俺以外の奴にかけさせる前には俺が気付いて止めるだろうな」
苦笑を交えながら言われた。
私は今は、妃だ。ここは人間界に比べると比較的に王や妃に敬意をはらわない世界ではあるが、無断で私の部屋に出入りをするのは王か、私達に恨みを持っていて襲いに来る人たち以外にはいない。そして恨みを持たれるのは、この世界の住民全員から慕われているイオにはありえないことなのだ。聞いた話によると、純血であるだけでヴァンパイアは格が違うが、その中でも歴代の王は人々から慕われてきたらしい。でももしもその侵入者が来たら、イオがどこにいても気づいてすぐに駆けつけてくれる。実際、ここで働き始めた新人さんがそのことを知らずに入って来た時もあった。その時イオは新人さんが部屋に入る前にその前に立って教えてくれたんだけど、本当に一瞬だったんだ。どうやったのか聞いたら、これは魔法らしい。イオのお義母さんは魔女だから、その下で沢山修行してきたからできるんだって。
そんなことができるイオだから、私が無傷でいると言う事はつまりそういうことだ。イオしかいない。
で、私がそこまでわかっていて聞いてきたから、イオは苦笑したのだ。
「ありがとう、イオ」
「風邪をひくから、気をつけてくれ。もしそうなったら俺が看病したいが、最近は忙しい」
「うん」
私は、イオが好きだ。一年前は、友達として。今は、異性として。こうして話すだけでも愛おしい。イオの優しさに触れられて。
「っ聖恋……」
イオの動揺した声を間近で聞いて、我に返った。いつの間にか、イオを抱きしめていたのだ。そして、泣いていた。
イオは私の頬に伝わる一筋を指で拭ってくれる。
「どうした? うなされていたな」
「……うなされていた? 」
「嫌な夢を見ていたのだろう? 魔法を使って覗こうかとも思ったが、何となく、覗きたくなかったんだ。聖恋が話したくないのなら話さなくてもいいが……」
イオの気遣わしげな目に、不安の色が見てとれた。ここで話してもらえなかったら、それは信頼されてないと思うのだろう。
「大丈夫だよ。過去の夢を見てたの。……お父さんが、大けがをした時の」
イオの真っ赤な目から、光が消えた。
「父親が大けがするというのは」
イオが一語ずつ、区切ってゆっくりと訊いた。自分で確かめるように。
「お父さんが事故に巻き込まれて、自殺した夢」
あれは、私の過去の話。家族の事を懐かしんでいたから、見てしまったのだろう。
「そうか……」
そう言って無言で抱きしめてくれた。イオは暖かかった。そして、肩のあたりにくるイオの少しくせ毛な髪がくすぐったい。
「……何を笑っている」
「だって」
イオは少し離れた。
「……どうせ、俺の背がまだ低いことを笑っているのだろう? 」
イオが少しむくれて言う。バレていたか。
「心の声が聞こえた。あと、かわいいなあ、とも」
「まあいいじゃん! どんなイオでも好きだよ」
イオは少し俯きながらうなずいた。
イオは特に話すこともなさそうだから、私から口を開いた。
「ここに来たってことは、何か用があったんでしょう? どうしたの」
「聖恋は魔法が使えないのに、まるで心を読んだみたいなことを言うんだな」
どうやら、私が聞かなかったらそのまま言わないつまりでいたらしい。
「聖恋と、もっと祭りを楽しみたかった……」
小さい子供みたいなことを言われて、少し噴出してしまった。
「そんなことか。だったら、いいよ。もう時間も遅いし、空いてるんじゃないかな? 」
「いや……」
「ん? 」
「な、なんでもない」
何かを言いかけた気がするのは、気のせいではないだろう。聞くまで動かないと思っていたら、ものすごい力でイオに手を引かれて動くしかなくなった。
引かれている手を見て、お母さんがあの時、私の手を引いて病室を出たのを思い出した。それでも、今は状況が違う。今は幸せだ。お祭りに向かうんだから。
私の記憶に、幸せな場面が出来て、嬉しく思う。そう、幸せだ。私は、幸せだ。
「聖恋! 」
お城を出ると、外はまだヴァンパイアたちで溢れかえっていた。
「うそお!? なんで!?」
「ヴァンパイアは、人間界の祭りは遠くから眺めているしかなかったからな。長年あこがれていたものを楽しめて、嬉しいのだろう」
さっきまでは優しかったのに、今ではがっちりと掴まれている手首を見る。
「イオ……」
イオはぷいとそっぽを向く。
「このこと、知ってて言わなかったのね!? 」
さっき言いかけたのはこの事だったのだ。外から戻って来たイオは知っていたのだ。
戻ろうとしたが、動けない。仕方がないから、イオに持ち上げられるのだけは抵抗しようと近くの街灯につかまった。
「聖恋」
イオに呼ばれて振り返った。
こんにちは、桜騎です!夢の事でした!気付いていた人はいたのでしょうか。次回は予想外の話になるかもです!?




